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どうせ初夜はないだろうと思って厨房でポテチ揚げてたら

作者: 小寺湖絵



 私の名前はクリスティア・セシリィ。


 ついさっき長年愛用していた名字とおさらばしたばかりの、新婚ほやほや、よくいる"愛されない妻"です。


 え?別によくはいないって?それが結構よくいるらしいのよ。


 たとえばお隣の侯爵領のエリアナさん。新婚にも関わらず旦那さんが不倫してたんですって。それでエリアナさんたらバチギレしちゃって。ほら普段おとなしい人がキレると怖いってじゃない?エリアナさん、2人の不倫に気づかないふりをして着々と領民の支持を集めて、領主の座を乗っ取った上で旦那さんのことを捨てちゃったんですって。もちろん不倫相手は往復ビンタの刑よ。この噂、あっというまに広まっちゃったものだから彼女社交界からも実質追放されちゃって。なかなか見つからないみたいね、嫁ぎ先。あとはマルガリータさんの妹さんのフェルナさん。結婚直前にみんなの前で婚約破棄されちゃって、さらにやってもいない罪を糾弾されちゃったんですって。でも彼女、女の勘とやらがやけに鋭くて元から婚約者さんの挙動を不審に思っていたみたいで。事前に嘘発見を得意とする魔導士と魔法無効化を得意とする魔導士を呼んで、結局婚約者さんは平民の女魔導士に魅了(チャーム)で操られていたことが発覚したそうよ。結局婚約者さんと平民さんは、フェルナさんに片想いしていたどこかの権力者さんに国外追放されてしまったみたいね。ちなみにフェルナさんはその権力者さんとゴールインしたそうよ。御伽話みたいで素敵ね。


 ああ、話が逸れたわね。とにかく私、多分巷によくいる愛されない妻なのよねぇ。夫とは政略結婚も政略結婚。夫はほかに好きな人がいるみたいだし、夫と見合いした時は理不尽に睨まれたものよ。もう怖いったら!そんなに嫌ならどんな手を使ってでも断ればいいのにね、この意気地なし。


 だからね私、生理前も相まってなんだかいろいろむしゃくしゃしちゃって


 ジュー

 パリパリ


 初夜だけど小腹が空いたので厨房でポテチを揚げています。


「あーーーー揚げものしてる時のパチパチした音最高!」


 皮付きのままスライサーで薄くカットしたジャガイモを熱した油で揚げて、ひとつまみの塩をかけてたまらずパクリ。熱い。塩っぱい。調理しながらのつまみ食いってなんでこんなにおいしいのかしら。


 とっくに料理人たちも寝静まった薄暗い厨房で、もくもくとポテチを揚げてはパリパリつまんでいく。体に悪いってわかってるけど、たまにはこんなこともしないとやってられないのよねぇ、貴族。


 それに結婚式の披露宴に出てくる食事ってほとんど食べれないじゃない?正直物足りなかったのよー。


 え?なんで元伯爵家の令嬢がポテチの揚げ方知ってるのかって?やぁねお嬢様に夢見すぎよ。お嬢様だってポテチくらい食べるし夜食くらいつくるわ。うちの兄なんて部屋にこっそりケトルとカップ麺持ち込んで夜中に食べてたんだから。


「今頃旦那様は恋人さんにでも会ってるのかしらねー」


 夫とは披露宴の会場で別れたきり会っていない。職場の人たちに囲まれていたからそっちに巻き込まれている可能性もあるけど、そもそも帰ってくるのかしら?


 というか塩味そろそろ飽きてきたわね。そうだ、青のり入れてみようかしら。コンソメもいいわねぇ。………え?まさか私、粉チーズ入れちゃう?いやいやいやいくらなんでも夜中にそんな馬鹿な……


「ここにいたか」


「え?」


 業務用冷蔵庫の中をゴソゴソしていたその時、突然背後からバリトンボイスがした。


 デスソースを持ったままくるりと振り返ると、何故かついさっき結婚した、私の夫ことアルブレヒト・セシリィがいた。


 結婚式の夜、たくさんの人に揉まれて疲れただろうに相変わらずすかした顔をした私の旦那は、完全に自慢だが顔が良い。


 いつか何かの拍子に妊娠した時産まれてくる子供の顔が楽しみである。


「結婚初夜に、こんなところで、何をしている」


 どうやらシャワーを浴びてきたらしい。彼のこんなラフな姿は初めて見た。まさか私と同じように小腹が空いてきたのかしら。


 私は先程揚げて味変用に残していたポテチを指さして、首を傾げた。


「ポテチ、食べます?」


「……は?」





「いやーちょうど迷ってたとこだったんですよ。旦那様ポテチ何味が好きです?私はうすしおと青のりが好きで。というかこれ考えた人天才ですよね?でも揚げ物って手間なんですよねー。ポテチを一瞬でつくれる魔道具とかあればいいんですけど。あ、市販のポテチ買ってくれば良いのか。でもやっぱり揚げ物が好きなんですよ。あ、それで旦那さま何味が好きです?」


「…………君は、本当によく喋るな」


 せっかく夫がきたので追加でじゃがいもをスライスしながら話していると、呆れた顔で突っ込まれた。


 答えないということは何でもいいってことかしら?よし、コンソメ味にしよう。みんな好きでしょコンソメ味。


「よく言われますー。お茶会も長引かせちゃうものだからたまに友達にも呆れられちゃって。でもすぐに仲直りするんですよ?私お友達は結構多いんです。あ、明後日お友達とお忍びで城下町に行ってもいいですか?大好きなカフェに新作のドリンクが出たんです」


「そうか」


「よし水気とれた。あ、油はねるので気をつけてくださいねー。あたると痛いしシミの原因になるので」


「君はいいのか」


「あ、私実は聖属性の魔力があって、自己再生のスキルがあるからシミとかあっというまに無くなるんですー。だからほら、傷知らずの超絶美少女でしょ?」


「そうだな」


「やだ旦那様、そこは『自分で言うな!』って突っ込むところでしょ?」


「本当のことだからな」


「まあお上手。貴方のような方にそんなふうに誉めていただけたら照れてしまいますわ」


「…………君は本当に手強い」


 天ぷら鍋の中にじゅーじゅー揺れるジャガイモを菜箸でつんつんしながら夫と会話するのは変な気分だ。


 夫……アルブレヒト様はこの国で最年少の騎士団長で、とても忙しい方だ。それ故に彼とはお見合いの時以来ほとんどまともに会話したことがない。だからかしら、いつもよりうまく言葉が出てこないわ。


「そういえば随分お早いおかえりでしたけど、大丈夫でしたの?公私問わずご友人とのお付き合いは応援しますと言いましたのに」


「新婚初夜なのだから帰るに決まっているだろう。部下たちもむしろ早く帰れとせかしてくれた」


「あら、お優しい方々ですのね。今度お会いした時紹介してくださいな」


 そんな他愛ない会話をしているうちに、油の中のジャガイモがこんがりときつね色に火が通ってきた。


 そろそろ頃合いだろう。


 私は油の上にぷかぷか浮かんできたポテチをさっさっと軽く油を切り、バットの上に乗せた。次に半分に塩をふり、もう半分にはコンソメを振る。


 そしてうち1枚をつまんだ私は、横にぼけっと突っ立っていた旦那様の口に揚げたてのポテチを差し込んだ。


「っ!」


「はい、完成」


 間抜けな夫の顔を下から見上げたままにっこりと笑うと、何故か夫の顔が耳までほんのり赤く染まった。


 そのまま硬直して動かなくなってしまった夫に小首を傾げると、今度はびくりと肩を揺らしてたじろいでいる。


 この夫のことは正直あまり知らないが、明らかに挙動不審だ。


 もしかして彼、言わなかっただけで、


「好きじゃなかったですか?」


 ポテチ、あんまり好きじゃなかったのかしら……。


 眉を下げそう尋ねると、夫は紅い瞳を大きく見開いた。


 私たちの間にしばらく沈黙が続き、油の中のポテチを焦がしていく。


 何か困らせてしまったかしら。彼が何も答えないものだから、2言目を紡ごうとしたその時だった。

   




「好きだ」




 次の瞬間、私の体は、何かあたたかいものに包まれていた。もちろん油の中ではない。油の中だったら死んでいる。


 そう、私の体は見た目よりも逞しい腕にがっしりと抱きしめられていた。


「……え?………え?」


 衝撃のあまり、私としたことが全く言葉が出てこなかった。反射的に身じろぎをするが、動けば動くほどその腕は私に絡みつき、私の体を締め付けていく。

 



「ずっと言えなかったけど、好きだったんだ────」




 耳元で聞こえたその声は、ひどく切なげに掠れていた。






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― 新着の感想 ―
旦那様、そんなにうすしおポテチ好きだったか…!のり塩にしなくて成功でしたねー 私は海苔マシマシが好きです!
ヒュゥーッ! お幸せになっ!!
なぜポテチwww なんかも〜噴き出しましたwww おもしろかったwww
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