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007 仮面舞踏会2

 ダニエル様が席を外した事に気付いたアミラ様は、即座に行動を開始した。その事に気付いた私達は、一気に緊張感を高め、警戒レベルをマックスまで引き上げた。とは言え、アミラ様は人目に付く所で大きな騒ぎを起こす程、愚かな人ではない。


 だから私達は、表向き仲良しな従姉妹同士を装い、これから密やかなる戦いを開始する。


 男性には理解できないであろう、女同士の戦いが今ここに――。


「リリアナ様、子鹿の仮面がこちらに」


 私はリリアナ様の横に立ち、扇子で口元を隠しつつ耳元で告げる。


「ふふ、楽しみね。今日はどんな話題で私を困らせるつもりかしら?」


 リリアナ様は余裕の表情で微笑む。彼女は先程までの乙女モードを完全解除し、臨戦態勢に突入したようだ。


 こちらの準備は万端というタイミングで、ついにアミラ様がリリアナ様の前に到着した。


「まぁ、可愛らしい子鹿さん、こんばんは」


 リリアナ様が挨拶すると、アミラ様も笑顔で口を開いた。


「お久しぶりです、うさぎ様。お会いできて嬉しいですわ」


 アミラ様は敵意なしと言った感じで、リリアナ様に優雅な淑女の礼を取る。


「私もですわ。あなたと会えないと何だか寂しくて」


 リリアナ様はいつも通り、輝く笑顔で答える。


「それにしても、蒼空(そうくう)騎士団が誇る強いお方に、うさぎの仮面だなんて……」


 アミラ様はさも「可哀想」と言いたげな雰囲気を醸し出す。


「うさぎは草食動物ですものね」


「それに臆病なイメージですし」


「怖がりで神経質なイメージもありますわ」


 アミラ様と侍女達が、ダニエル様にうさぎの仮面を選択した件について、遠回しに「センスがない」と、リリアナ様を馬鹿にする。


 因みにもっと詳しく彼女たちの言葉を直訳すると、「蒼空騎士団のエリート。近衛騎士を勤めるダニエル様に、弱虫なイメージのあるうさぎの仮面を選ぶなんて、本人の事を何もわかってないのね」ということだ。


 大体同じような解釈をしたであろう私達リリアナ侍女軍団三人衆は、揃って口元に笑みを浮かべ、内心腸が煮えくり返る状態だ。


 しかし先ずはリリアナ様の返答を待つのが礼儀というもの。よって私は手にした扇子の柄を強く握りしめ、何とか怒りを堪える。


「色々と背負う私のお相手は普通の人では務まりませんもの。それに彼はうさぎの仮面を受け取る時、「お揃いですね」と、とても喜んで下さったのよ」


 リリアナ様はふわりと微笑んだ。


 アミラ様からの口撃を受けたリリアナ様が言いたい事はこうだ。


『王女であるわたくしに、平均レベルの男性では到底似合いません。それにダニエル様はわたくしが仮面を選んだという事実に大変喜んでいました』


 とても良い返しだなと感心しつつ、私も頑張る主を援護せねばと、微笑みながら口を開く。


「そう言えば、うさぎは警戒心が強いといいますものね」


 翻訳すると「ダニエル様は簡単には靡かないですよ?」という意味だ。


「それにうさぎのオスは飼い主に対して甘えん坊でやさしい子が多いとも聞きますわ」


 ニナがすかさず応戦してくれる。


「うさぎは寂しいと死んでしまうと言いますし。だからカップルでお互いわかりやすくするために揃えたというわけですね?」


 アリスがニヤリと笑う。


 二人もまた、うさぎの利点を上手く利用し、「ダニエル様はリリアナ様が大好き」という印象をアミラ様御一行に与える。


 アミラ様と侍女は、私達の反撃に少々戸惑っているようだ。


「まぁ、皆様はとてもうさぎに詳しいのね。勉強になったわ。ありがとう」


 僅かでも怯んだ隙を逃さないリリアナ様は、私達とアミラ様。それから彼女の侍女達に女神のような微笑みを向けた。


「そ、そんなの、常識ですわ。お気になさらずに」


 悔し紛れの上から目線。それはもう敗北と同等。

 つまり試合終了。今回も私達が勝利してしまったようだ。


 私は密かに、口元を隠した扇子の影で勝ち誇った笑みを浮かべる。


 今宵、負けられない戦いが、今ここであっさりと幕を閉じたのであった――。


「こんばんは」


 突然、キツネの仮面を被った背の高い男性が現れた。


 きちんと整えられた髪は、まるで秋の森を覆う葉のような、温かい色合いの茶色。その顔はキツネの仮面で隠されているけれど、仮面の目元から透ける彼の橙色の眼差しは優雅で、知的な雰囲気を醸し出している。


 どうみても眼鏡はかけていないが、エヴァンス侯爵家のルイス様で間違いないようだ。


「腹黒眼鏡のライバルキャラの出番はもう終わったはずなのに」


 アリスが小声で漏らすので、私は思わず吹き出しそうになる。危うく淑女のベールが脱げるところだった。危ない。


「まぁ、素敵なキツネさん、こんばんは。もしかして今日はどなたかをお探しかしら?」


 私達を代表し、リリアナ様が尋ねる。


「えぇ、実はそうなんです。迷える子ひつじを探しておりまして」


 ルイス様は私を見て告げた。その瞬間、すっかり机の引き出しに入れたままだった、公休日を記してある母に宛てた手紙の存在を思い出す。


「まぁ、そうだったのね。偶然こちらに、迷える子ひつじが一匹いるみたい」


 リリアナ様が私を見て「うふふ」と漏らし、みんなの視線が私に集中する。そこへ、タイミング良くダニエル様も合流した。


「お待たせしました、リリ……うさぎ殿、友人への挨拶が……っと、私が席を外している間に、愛らしいうさぎ殿に、こんなにも沢山の人が吸い寄せられてしまったのですね」


 きっとお仲間の所で飲まされたのだろう。さっきより饒舌になったダニエル様は、さりげなくリリアナ様に甘い言葉をかけた。


「丁度私の友人である彼が、あなたを守るひつじ殿に用があるとのことで……」


 ダニエル様の隣に並ぶのは、黒髪に紫の瞳を持つ青年だ。顔に狼の仮面を被っているが、明らかにオーランドだと、口にこそ出さないけれどみんなで揃って気付く。


 なるほど、私の可愛い、いや可愛かった弟は狼を選んだのか……微妙だ。


 別に仮面が似合わない訳ではない。そもそも仮面なのだから似合うも何もない。

 正直、ツンケンした態度を取るオーランドは狼で正解だ。けれど私としては、狼よりは犬で、出来れば子犬がいい。そして願わくば仮面を外しても子ども時代の可愛いオーランドに戻ってもらいたいと切実に願う。


 その上で導き出したのが、「微妙」という感想だ。


 何となくリリアナ様の周囲に人が増え、沈黙に包まれる私達。


 各々の表情を見る限り、実に様々な感情が半径一メートル強の中で渦巻いているようだ。


 アリスとニーナはこの場にいる紫陽花色のドレスに身を包むアミラ様の事を念頭に置き、「大事な弟が狙われちゃう!」という気持ちを抱き。


 アミラ様と彼女の侍女達は「飛んで火に入る夏の虫!」の雰囲気。


 そしてリリアナ様に至っては、もはや「ダニエル様ったらす・て・き」と目がハート。


 ダニエル様とルイス様は状況を把握しようとしているのか、笑顔のまま静かに佇んでいる。


 オーランドはと言うと、さり気なく私の足元に視線を落としている。どうやら昼間に誤魔化した、私の捻挫疑惑について探りを入れているようだ。


 ダニエル様とルイス様を覗く面々は、微妙に違う方向に気持ちが向きつつ、それでも輪になり、何となく気まずい雰囲気に包まれている。


「もしかして、ひつじ殿には先約があるのだろうか?」


 どうやらダニエル様は、みんなの雰囲気、そして微妙な空気感から察してくれたようだ。


「えぇ、そうみたいですの。こちらのキツネさんが先に、迷えるひつじをお探しに」


 アミラ様が扇子で口元を隠しながら、余計な……いや本当の事を告げる。


「これは申し訳ない」


 ダニエル様は即座に謝罪の言葉を口にした。


「では、私は失礼しようかな」


 オーランドがその場を立ち去ろうとする。しかしそこへすかさず声を掛けたのは子鹿の仮面をつけたアミラ様。


「お待ち下さい、狼様」


 仮面越しにでもわかる程、「逃してなるかと」決意を秘めた強い瞳でオーランドを見つめる。その視線に圧倒されたのか、オーランドは一歩後ろに下がった。


 子鹿が狼に勝利した瞬間だ。


「どうかされましたか」


 警戒した様子でアミラ様にたずねるオーランド。


「次のダンスの曲は「春の嵐」ですわ。私のお気に入りの曲ですの」


 婚約者でもない人に、女性からダンスのお誘いをかける事はあまり推奨されていない。むしろはしたないと思われる可能性がある。その点をしっかりと踏まえたアミラ様は、遠回しにオーランドを誘う作戦に出たようだ。意中の男性に良く使われる古典的な作戦ではあるけれど、その分言葉の裏に隠された意味は誰もが知っているので、効果的ではある。


「……ご期待に添えず申し訳ないのですが、私は少し酔いが回ってしまったようです」


 オーランドは肩をすくめて答えると、ダニエル様にわざとらしくもたれかかる。


「春の嵐……ワルツですか。いいですね。私と是非踊って頂けませんか?」


 声を掛けたのはルイス様だ。ただし、声を掛けられた相手は私。


 あいにく現在私の足は負傷中。ダンスを完璧に踊れる自信がない。とは言え、こんなに大勢の前で誘ってもらったのに、断りを入れるのはルイス様に悪い。それにここで捻挫している旨をルイス様に伝えたら、オーランドにも知られる事となる。


 そうなった場合、「参加するなって言っただろう」と後でネチネチオーランドに絡まれる気がする。それは面倒だし、出来れば避けたい。


 それに、ルイス様には私との話がどこまで進んでいるのか探りを入れておきたい気もする。そして未婚の男女が二人きりになるチャンスはこういう時しかない。となれば迷う暇はないだろう。足の痛みは、気にしなければ怪我をしていないのと同じだし。


「私で良ければよろこんで。よろしくお願いします」


 私は多くの思惑付きで、ルイス様と踊る事を了承する。


「まぁ、素敵。私も大好きな曲だわ」


 リリアナ様がこのチャンスを逃すまいと、ダニエル様をチラ見する。


「では可愛いうさぎ殿、私と踊って頂けますか?」


「よろしくてよ」


 リリアナ様は笑顔でダニエル様の言葉に頷く。


「何だか酔いが冷めたようだ。アミラ様、まだ私と踊って頂けるだろうか」


 さっきは酔った振りまでして断ったはずのオーランドが、急に乗り気になりアミラ様を誘う。


 何だか独り占めしていたはずの可愛い弟が取られたみたいで、悲しい気持ちが込み上げてくる。


「えぇ、もちろんですわ」


 アミラ様は、もちろん二つ返事でオッケーする。


「お恥ずかしながら、私はダンスはあまり得意ではないので、お手柔らかにお願いしますね」


 ルイス様は私が手を重ねやすいようにと、手のひらを上向きにして差し出してくれる。そこへ私はそっと手を重ねる。手袋越しに感じるルイス様の手が意外に大きくて驚いた。


「こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね」


「またまた、ご謙遜を」


「ふふ、実はダンスは得意です」


「知っております」


 緊張がほぐれた私とルイスは、ダンスホールへ移動しようと足を進める。

 するとアミラ様とペアとなったオーランドが私の横に並び……。


「せいぜいルイス殿に恥をかかせないようにな、ねぇさん」


 私に生意気な言葉をかけてきた。


「あら弟よ、あなたこそアミラ様のか細い子鹿のような足を踏まないように注意しなさいよ」


 私は隣にルイス様がいるのも忘れ、売り言葉に買い言葉でつい、応戦してしまうのであった。

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