「有馬氏の決断」の巻
アルマジロが渾名の有馬次郎氏は、引っ越し先の物件に満足していた。
南向きの大きな窓。
そして窓から見える海と、海に浮かぶ島々。
その家は高台にあった。
東西は、別の家に挟まれていたが、さして問題ではなかった。
眼下には、街が海岸まで広がっている。
飲食店やパチンコ屋や本屋は、眼下の街にあった。
高台は閑静な住宅地だったのだ。
そして何より、売り出し価格が安かった。
訳アリ丸出しの値段だった。
「気に入りました。この家を買いたい!」
一階、二階も見て回って、設備、部屋割りも満足のゆくものだった。
「有馬様、有難う御座います。価格の安さは、もうお気づきかと思いますが、一点、問題が御座いまして……」
「はい。この玄関土間にある模様ですね? 全然構いませんよ」
と、変わらぬ笑顔で玄関に立つ有馬氏。
「ええ、模様が描いてあるのは奥の方ですから、普通の生活には問題ないかと。スペースが空いているのに、自転車など置けない難点がありますが」
「別にこんな模様、気にしませんよ」
と、屈んで魔法陣の隅を撫でる有馬氏。
「ああっ、触ってはいけません有馬様っ!」
が、時すでに遅し、
「お呼びで御座いますか、無能なご主人様」
全身黒ずくめの衣服を着た、肌の色も漆黒という大男が、黒煙と共に現れた。
「おお、こんな仕掛けになってたんだ」
のけ反って大男を見上げる有馬氏。
「ああ、この世界は暑いな」
扇子を取り出し、広げて顔を扇ぐ漆黒の巨人。
「強炭酸水が飲みたい。持って参れ、ご主人様よ」
発達した八重歯を見せて言う巨人。
「レモンとか、味の付いているのは駄目だぞ」
「し、ししし従って下さい有馬様」
有馬氏の後ろに隠れ、震えながら言う不動産屋。
「だ、大丈夫で御座います。みっつの願いを叶えてあげれば、とりあえずこの魔神は消えますから」
「この魔神? 他にも居るの?」
「魔法陣に触れなければ、出て来ませんから」
魔神のみっつの願いを叶えながら、この格安物件で暮らすか、新たな物件で長大なローンを組むか?!
有馬氏は土間の魔神と格安物件の価格に惑わされながら、強炭酸水を買うべく、遠くのコンビニに走るのだった。
「このまま逃げちまうか?!」
とも考えながら。
(惑う土間は魔導土間)
まどうどまは、まどうどま?!
お読みくださった方、ありがとうございます。
全世界の有馬次郎さん、ごめんなさい。
ふと気がついて、書いてしまいました。
明日は「魔人ビキラ」を午後5時前後に投稿します。
ビキラは、残り4話。
悔いのないように最後まで突っ走りたい(意味不明)。
ではまた明日、魔人ビキラ、で!?




