「スライムの災難」の巻
スライムは慄いていた。
別世界に転移してしまったのだ。
(強そうな魔物がいないのは良いけど、空気が汚いなあ)
ピコピコ跳びながら、日本の現代社会を行くスライム。
(馬車も馬糞もないけど、臭い息を吐きながら走る、あの荷車はなんだ?!)
道路沿いを跳びながら、自動車に閉口するスライム。
緑の茂みを見つけ、不用意に道路に跳びだして、果たして見事にトラックに撥ねられるスライム。
しかし無事に、行きたかった茂みに落ちた。
公園だった。
(いてててて。乱暴な荷車だな)
下草を掻き分けて進んでいて、虫取り網に捕まるスライム。
(うあ? なんだこりゃ!)
「なんか捕まえたっ! ぷるぷる動いてるっ」
(ひゃあ、子供だっ)
再び慄くスライム。
転移する前の世界では、子供は天敵だった。
切り刻もうとしたり、煮たり焼いたり、何体の仲間が面白半分に殺されてきた事か。
「チカちゃん、お父さん呼んで来て!」
帽子を被った少年は叫び、柄を強く地面に押し付け、スライムの入った虫取り網を見ている。
(あれ? 蹴ってこないな?)
(それどころか、ボクを見て震えているな? 弱い子供か?)
「がお!」
スライムは吠えてみた。
「うわっ」
と言いながらも、子供はさらに強く柄を押さえ込んだ。
(しまった。逆効果だったか)
(まあいいや)
スライムは全身のチカラを抜き、どろりと溶けて網目から逃げ出した。
網から抜け出し、合体してまたひとつになるスライム。
「うひゃあ!」
驚いて叫び声を上げる子供。
チカちゃんが、大人を連れて帰って来た時には、スライムの姿は見えなくなっていた。
「どうした、ジンちゃん」
と、大人。
「お父さん! スライム捕まえたんだよ、青い奴。ゲームでよく見る奴。逃げられちゃったけど」
「逃げられたのかい? その状態で?」
スライムはまだ近くに潜んでいた。
逃げるのが怖かったのだ。
身体の色を周りに合わせて、自分を隠蔽していた。
「うん。網の間から、すうーーっと抜けて出ちゃった」
「ああ。スライムだからな、一旦、溶けて逃げたんだ」
(あの大人、武器を持ってないな)
(そう言えば。武器らしい物を持った奴は、ほとんど見なかったな)
見た武器も、実は日傘だったりした。
(ヌルい異世界だ。なんとかなるかも)
スライムは、魔王になろうとか、賢者になろうとか、そんな事は考えていなかった。
ただ、生きていたかった。
(抜け抜けと、溶け抜けぬ)
ぬけぬけと、とけぬけぬ!!
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日は、「続・のほほん」か、「新・ビキラ外伝」か、あるいはその両方の投稿になるでしょう。
ではまた、明日。




