「松井君と珍しい貝」の巻
「ほーーら、見たこともないヤツがあった」
松井君は、潮が引いたら現われる洞窟に入って、ほくそ笑んだ。
「砂浜でアサリ採りなんて、つまんないよ」
そしてピンク色の珍しい貝を摘む松井君。
「おっ? この貝、取れないな。岩に貼り付いてんのか?」
「カサガイみたいなもんか?」
カサガイとは、ヨメガカサ科の、テトラポットや岩などに張り付いている傘型の一枚貝である。
いわゆる学者、にはまだ発見されていない「名も無き」貝であった。
分類も登録もされていないが、地元の人々には、「ガッツリハリツキガイ」と呼ばれていた。
「アサリ千個より、このピンク一個の方が、値打ちがあるに違いない」
貝類学会にでも知らせれば、命名権を得られるかも知れなかった。
松井君は、貝類学会の存在を知らなかったが。
「うっ、取れない。余計に欲しくなる!」
潮が満ちたら洞窟の入り口が水没する。
焦る松井君。
あきらめて手を離せば良いのだが、掻い摘んで言えば、彼は今、物欲に取り憑かれていたのだ。
「ああっ、このままでは洞窟で溺れ死ぬ!」
「なんのっ、この貝を採るまでは出るもんか!」
(だから、オレを離せっての!)
ピンクの貝は、しみじみ思った。
シジミの仲間ではなかったが。
「採るまで出るもんかーー!」
松井君は、騒がしかった。
(貝摘んでる出ん松井か)
かいつまんでる、でんまついか?!
お読みくださった方、ありがとうございます。
いえ、今回は苦しまぎれではありません。
明日も「続・のほほん」を投稿します。
「蛮行の雨」第四十九話「バルバトとラファーム」後編と、「続・のほほん」第二百三十一話(内容未定)は、明日に投稿します。
ではまた明日、蛮行の雨、と、のほほん、で。