イチョウ並木」の巻
その公園は、イチョウの木が多かった。
イチョウは防火の役目を果たすと言うから、そういうことなのだろう。
そして季節は十月初旬。
イチョウの実のなる頃である。
いつも独特の悪臭を撒き散らしていた、通称「悪臭の小路」が、なんと甘い香りを漂わせているではないか。
「あっ、バニラのにおいだ。アイス屋さんが近くにいるよ」
若い母親に手をつながれた子供がはしゃいだ。
「おかあさん、アイス買って! アイス!アイス!」
「この公園、たこ焼き屋さんは出ても、アイス屋さんは見たことがないわよ」
その若いおかあさんは、首をひねりながら答えた。
「アイス! アイス!」
駄々をこね始めた子供は言い続けた。
仕方なく、公園の甘ったるい香りのする方向へ入って行くが、やはりアイス屋の姿はない。
たこ焼き屋の姿もない。
「あら、ギンナンの実が、バニラの香りを出しているのかしら」
用心深く、ティッシュでギンナンの実をひとつ摘んで、くんくん嗅いでみるおかあさん。
「うん。やっぱりコイツだ。まぎらわしいわね」
ギンナンの実を捨てると、おかあさんは、
「アイスアイス!」
と騒ぐ子供の手を引っ張って去って行った。
「バニラ駄目じゃん!」
イチョウのイチョ子さんが、不満そうに言った。
「誰よ。バニラなら拾ってもらえるとか言った奴」
チョチョ子さんも怒っていた。
「来年は、イチゴの香りで行ってみようぞ!」
諸悪の根源であるイチョウの古木が言った。
「ショートケーキと言えばイチゴ。人間は皆んな、大好きじゃ」
自身も閉口していた悪臭に、イチョ子さんたちは枝を振り上げ、
「来年はイチゴだーー!」
と叫んだ。
イチョウ並木の女性たちは、盛り上がった。
言い出しっぺの古木は責任が先延ばしになり、ホッとしていた。
(ん。難儀な銀杏)
ん。なんぎな、ぎんなん!
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日、水曜日は、「魔人ビキラ」本編を、お昼の12時前後に投稿予定です。とりあえずめざせ、100話!
回文ショートショート童話「続・のほほん」の次回投稿は、木曜日の、朝7時前後を予定しています。
ほなまた明日、「魔人ビキラ」本編で。