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侍女という名の宰相  作者: 黒野ひゅーるり
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第五話 三年後の話

リリーシアは、語り始める。三年後、自分の身に起こった悲劇について。

「三年後の十月二十二日、さしたる仕事もなかったので、わたしは普段通り退屈に過ごしていた。その夜のことだ。

二階の窓からたまたま外を眺めていると、屋敷の前に何やら灯りが見えたんだ。来客かと思ったが、その灯りは動く気配がないし、執事が出ていくのも見えない。そうしたらな」

リリーシアは、茶を飲んで一息つくと続けた。

「急にわたしのいる窓が音を立てて割れたんだ。わたしは思わずのけぞって尻餅をついてしまった。それで冷静になって辺りを見回してみると、窓ガラスの破片と一緒に一つの首飾りがあった」

「首飾り?」

「そうだ。青く澄んだ色をしたダイヤが埋め込まれた、高価そうな首飾りだった。わたしは、それが投げ込まれたに違いないと思った」

「まさかとは思いますが、それで出て行ったのでは……」

「そうだよ、悪いか!」

顔を引きつらせるサリスに対して、リリーシアは顔を赤らめて照れていた。

(まあ、無理もないか)

サリスは、とりあえず納得した。

この王国で男性が女性に首飾りを贈るということは、求婚を意味する。貴族同士の恋愛においては、ありがちな話である。

公に認められた恋愛ではなく、こと秘密裡に行われる恋愛ならば、夜分に男性が女性の屋敷を訪れて首飾りを渡す例は少なくない。リリーシアの場合は、仮にそれが秘密裡な恋愛だったとしてもあまりに乱暴なやり方であるが、リリーシアの性格を考えると十分引っかかりそうな手口ではある。

「失礼ですが、普段からあまりおモテにならないのでは」

「うるさい、余計なこと言うな!」

リリーシアはぷいとそっぽを向いてしまった。

しまった、今は怒らせている場合ではないと思ったサリスは、続きを促した。


「それで出て行ったらな、灯りがこっちに近づいてくるんだ。何しろ夜分だから相手のことはよく見えない。だが、ある程度の距離まで近づいできたところで、灯りは地面に落ちて割れた。わたしがそれに驚いていると、相手がわたしの体に迫ってきて、わたしの腹に剣を突き立てた」

「相手の顔は、見えなかったんですか?」

「刺された時に、相手の着ているものは見えた。黒いフードだ。顔を隠していたから、顔は見ていない」

「それで?」

「わたしは、後ろ向きに地面に倒れた。それと同時に、相手はザッザッと音を立てて去って行った。わたしの方はというと、しばらくは驚きが勝ってしまっていたが、そのうち死の予感がした。死にたくない、死にたくないと思っていると涙が溢れてきて……。うっ、うっ……」

現在のリリーシアの目からも涙が溢れていた。サリスはすぐさま近くにあった雑巾で涙を拭ってやった。

まあ、無理もない。強靭な肉体を持つ人間でも、年老いた人間でも死ぬのは怖いものだ。

まして、まだ歳いかない少女が死ぬ瞬間を体験したのだから、トラウマになっても仕方がないだろう。

「って……、臭っ!!」

リリーシアは、咄嗟に自分の涙を拭っていた雑巾を振り払った。

「何だこれ、雑巾じゃないか!汚いなぁ!」

「それが、どうかしましたか」

「どうかしましたか、じゃないだろ!こんな汚い雑巾で人の涙を拭うやつがあるか!普通、ハンカチだろ!」

「手元にこれしかなかったもので」

「お前はまったく、どういう性格してるんだ!」

(どういう性格って言われてもな……)

こういう性格なのだから仕方がない。サリスはそんな風に割り切って話の続きを促した。

「この話に続きはないよ。死ぬ予感がした瞬間から、三年前の十月二十二日に戻っていたんだ」

「それが、タイムリープですね」

「そうだ」

リリーシアは、またお茶をすすった。


サリスには、引っかかることがあった。先に出た、スペーランド家の秘蔵の剣についてだった。

貴族が秘蔵している剣というのは、王国に貢献した際に国王から直接拝領する名誉的なものか、国王や他の貴族との間での個人的な関係によるプレゼントとしてのものか、家に代々伝わる家宝か、のいずれかである。

しかも、四大臣家の一家、スペーランド家のものという。四大臣家の秘蔵の剣ともなれば、家の当主から子息、または王族か親しい上級貴族、最低でもよほど親しい中級貴族にしか渡されないだろう。

「王族や貴族から、個人的に恨みを買ったことは?」

「そうだな……」

リリーシアは、思い出そうとして首を捻っていたが、やがて閃いたように叫んだ。

「パンミット家のクローゼットに隠してあったチョコレートを勝手に食べたことか!」

「違うと思いますが」

「じゃあ、国王のご子息のニチェンヒュイ様に拝謁した時に、ベロベロに酔って絡んでしまったことか!」

「何やってんですか」

「じゃあ、それが原因なのか!もう酒はやめる、やめるぞ!」

(完璧に暗殺事件だな)

サリスは既に、そう結論づけていた。リリーシアに思い当たる節がないということは、怨恨ではない。

最高で王族、最低でも中級貴族。そのレベルに目をつけられるような、政治的な何かがあったに違いない。

だが、サリスには今一つ腑に落ちない点が残っていた。彼女は、禁酒宣言をして騒いでいるリリーシアに問いかけた。

「聞きたいことがあるんですけど」

「酒をやめる、これで解決だ!酒を飲まなければ、わたしは死なん!」

「いえ、違います。先ほど言ってた政争が原因で間違いありません」

「えぇ!?やっぱりそっち!?」

「百パーそっちです」

「そうかぁ……」

「ところで、何で私にタイムリープのことを話そうと思ったんですか?」

「ああ、それな!」

しょんぼりしていたリリーシアは、咄嗟に目を輝かせて両手でサリスの手を握った。

「お前には、わたしの宰相になってもらいたいのだ!」

「へ?」

家が傾く音が聞こえたような気がした。











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