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侍女という名の宰相  作者: 黒野ひゅーるり
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第三話 禁じ手

「おーい、まだかー?」

骨董品屋の入り口から呼びかける声がする。これで何度目の呼びかけになるだろう、リリーシアはせっかちに足を踏み鳴らしながら、入り口の壁を背もたれにしてサリスが出てくるのを待っていた。

リリーシアがせっかちになるのも無理はない。サリスは先に立って一階に下りたにも関わらず、「少し待ってて下さい」と言って奥に入ってから、もうかれこれ二十分は姿を現さないのだ。

「おい、大丈夫か?」

相変わらず応答はない。

さすがにリリーシアも心配になってきて、奥に行ってみることにした。雑然とした骨董品屋の中を縫うようにして歩き、奥の一部屋を覗いてみると、サリスが何やら作業をしているのが見えた。

「おい、何やってるんだ?」

リリーシアが問いかけると、サリスは作業を止めて振り向いた。手には縫い針を持っており、机の上には古びた衣装とアイロンが置かれていた。傍にはサングラスもある。

「何してるんだ?」

「何って、衣装作りですよ」

不審がるリリーシアに対して、サリスは平然と答える。

「何のために?」

「今から行こうとしてる薬師、同業なんで顔バレするんですよ。なので、変装しようと思います」

サリスの考えはもっともだ。なぜなら、サリスが今からやろうとしている商売はいわゆる「同業潰し」だからである。

ここ下町の商人の間には、暗黙の了解がある。それは、決して同業を潰さないことである。

下町で商売をやる限り、その行為は違法性こそあれ正当性はないに等しい。だから、誰かがその違法性を指摘して騒ぎ立ててしまえば必然的にその店の売上は下がる。それでも違法だからこそ仕入れられる商品があるし、値段も店主が勝手に決められるため、有力貴族に必要とされてギリギリのところで守られる場合は多い。だが、多くの貴族を巻き込んで世間に公表された挙句、裁判にでもかけられれば廃業に追い込まれる可能性もある。

そのため、同業者は互いの商売の違法性を指摘せず干渉しないことを条件に、互いに自由な商売をやっているのである。サリスが今からやろうとしていることは、下町の商人が絶対に使ってはならない「禁じ手」なのだ。

サリスは衣装を縫い終わると、リリーシアの方に広げて見せた。

「どうです?中古の布を縫い合わせてみたんですが、ちょっと貴族の従者の服装っぽくありませんか?」

昔話に出てくる木こりのような衣装だ。だが、この王国の貴族の従者というのは確かにこういう恰好をしている。

「お前、けっこう器用だな」

思わずリリーシアは感心してしまった。

「それはどうも。では、行きましょうか」

サリスはすぐにその衣装に着替えると、サングラスをかけて完璧に変装した。


骨董品屋から薬屋までは意外と近い。骨董品屋を出て商店街を抜けたところに曲がり角があり、そこを右に曲がって真っ直ぐに進めば、ポツンと一軒佇んでいる古い店屋に出会う。「薬屋 良薬」という茶色い看板が目立つ。

「あっ、あの爺さん!」

リリーシアは、路傍に屈み込んでいる一人の老人を指差した。ホラ爺さんである。

「ちょっと待っててください。少し話してきますんで」

サリスはそう言うと、ホラ爺さんに話しかけて三分ほど経ったのち、戻ってきた。

「何を話してたんだ?」

「大したことじゃありませんよ」

「隠すことないだろ、こっちはお客様だぞ」

「まあ、とりあえず行きましょう」

サリスは、不満げなリリーシアの先に立って薬屋の戸を開いた。

(相変わらずだな)

店内は、二年前に訪れた時と何も変わっていない。目利きを欺くため、それに防犯対策として店内に薬類は置かれておらず、がらんとした店内の奥に一つの机があるだけだ。その机の奥に一つの椅子が背を向けていたが、客が来たことを察してくるりと椅子が振り向いた。

眼鏡をかけた中年の男で、手には新聞を持っている。これがこの店の店主であり、唯一の薬師である。

「いらっしゃい」

薬師はサリスをちらりと見やると、次にリリーシアを見て新聞を机の上に置いた。

「随分とお早いお越しですね。どうされました?」

サリスは、薬師の問いにどうして良いか分からずに戸惑っているリリーシアの肘をちょんとついて言葉を促した。

「先ほどの薬代を、返してもらいに来たのだ」

リリーシアが威厳を放って言うと、薬師はムッとした表情を作った。

「それは一体どういうことですか。何か薬にご不満な点でも?」

「不満も何も、あなたの商売はまるでインチキじゃないですか」

今度はサリスが応戦した。

「インチキですって?それはまた随分な言いようで」

「インチキだからインチキだと言ってるんです」

「貴族の方、この人はどなたです?先ほどはいませんでしたよね」

「わたしの従者だ」

サリスは、リリーシアに自分のことを従者ということにしてくれと事前に言い含めてあった。

「どこがインチキだと言うんです?」

「あなたは使用人の病名をポルライト病と診断しましたが、これは全くの虚偽です。また、仮にポルライト病であったとしても鎮痛剤や睡眠導入剤は必要ないはずです」

「しかし仮に私の診断が間違っていたとしても、返金はできませんな」

そら来た、とサリスは思った。下町の商人が簡単に返金に応じるはずはない。そこで、ある手を使った。

「こちらにおられる貴族の方はブロンタス地方を治めていらっしゃる方です。これを聞いても返金する気にはなりませんか?」

「何のことやら」

薬師はせせら笑った。

「ブロンタスでは薬草がよく採れるそうですね。薬草の輸出業者が何人もおられるとか」

「それがどうしました?」

「あなたは彼らの一部から薬草を輸入してますよね」

「な、なぜそれを……!」

薬師は驚いて立ち上がった。それも無理はない、こういった早い情報は商人の間でしか知られていないからだ。まあ、普段から情報収集に抜かりがないサリスにとってみれば大した情報でもないのだが。

「あなたがインチキだということが発覚した今、あなたと契約している輸出業者を差し押さえてもいいんですよ」

「差し押さえだって!?そんなこと、できるものか!」

「できますとも。こちらの貴族の方が一言発すれば、一網打尽ですから」

「ふん、やれるものならやってみなさい」

薬師は椅子に座り直した。すっかり開き直ってしまって、余裕を見せている。


(こいつ、逃げる気だな)

サリスは次に薬師がとる行動を察知していた。

サリスたちが店を出たら、この薬師はブロンタスにいる輸出業者に使者を派遣する予定なのだ。彼らとの契約を破棄し、今までの契約の記録も一緒に破棄してもらう。そうすることによって事実関係をなくし、輸出業者の差し押さえを不可能にする。そうなれば、返金する理由も必然的に消えるわけだ。

「ちょうど昨日から、大規模な薬草の輸出があるとか」

サリスは、次の手を打った。

「な、何で知ってるんだ!?」

サリスは心の中で舌を出した。なぜ知ってるかって、さっきホラ爺さんに聞いたからだ。

「関所でこの輸出を食い止めれば、あなたは相当な不利益を被るでしょうね。商品は届かず、顧客の信用を失う。今回の利益ばかりか将来的な利益も失うでしょう」

「そんなばかな……!」

「ついでに多額の税金でもふっかけましょうか」

「何だって!?」

「あと言っておきますが、不要な考えは起こさないようにして下さいね。あなたがブロンタスの業者に使者を派遣して一軒一軒回らせるよりも、関所にこちらの速達の使者を送る方が時間がかかりませんから」

薬師は大きなため息をついて、ぐったりと椅子にもたれかかった。

「分かりました。返金しましょう、確か三十……」

「四十八万プランです」

「四十八万!?」

リリーシアの方がびっくりした。

「四十八万プランです、間違いありません」

そんなことにはお構いなしにサリスはきっぱりと告げる。

「分かりました。四十八万プラン、返金します」

薬師はぐったりとして奥の部屋に入っていくと、手に大量の札束を持って戻ってきた。そして、それをリリーシアの手に引き渡すと、サリスも薬が入った包みを薬師に返した。

「今回のことは、穏便に済ました方がお互いのためでしょう。なので、解熱剤を無料でいただきましょうか」

「はい、そうしましょう」

薬師は観念したようにまた奥の部屋に入って、手に解熱剤を入れた包みを持って出てきた。

サリスはそれを受け取ると、薬師に背を向けた。

「では、失礼します」

そして、呆然としているリリーシアを無視して、毅然として店の外に出て行った。


店の外を少し歩いていると、リリーシアが出てきた。驚きを隠せないといったような顔をしている。

サリスはリリーシアから十万プラン受け取ると、また「少し待ってて下さい」と言って路傍のホラ爺さんのところに行くと何やら話して戻って来た。

「何してたんだ?」

「情報提供料金を支払ってきました、五万プラン」

「残りの五万プランはどうしたんだ?」

「まあ、薬屋と私との間の仲介手数料ってことにしときましょうか」

サリスがそう言って平然と歩き出すと、背後からリリーシアが「待ってくれ!」と叫んだ。

「仕事は完璧に終えました。何かご不満な点でも?」

サリスが足を止めて聞き返すと、思いがけない言葉が彼女を待っていた。

「実はわたし、タイムリープしてるんだ!」

「え?」

サリスは思わず後ろを振り向いて、唖然としてしまった。



















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