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侍女という名の宰相  作者: 黒野ひゅーるり
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第一話 骨董品屋にて

ニューワット王国、王都の下町。

道ゆく人のほとんどがその身を豪華に着飾り、その日がまるで一生のうちの最高の日であるかのように振る舞っていた。

ある婦人は仲間の婦人を連れて、何やら賑やかにお喋りをしながら道を往来し、ある男性は馬車から降りてそういった婦人を口説いたりしている。馬車の往来が激しく、人の流れも忙しない。

そんな風景に、冷ややかな視線を送っている少女の目があった。


少女の名は、サリス。骨董品屋を経営している。両親は彼女がまだ四歳の頃に他界したため、彼女は孤児院で育ったが、十三歳の時に孤児院を飛び出し、商人として活動するようになった。それからもう、三年も経つ。サリスはいつの間にか、下町とはいえ王都に一つの店を構えるまでになっていた。


ところで、ここ下町には彼女の骨董品屋のようなちょっと変わった店がずらりと並んでいる。薬屋、鍛冶屋、武器屋、修理屋など、数えたらキリがない。王都の中心街はもとより、その周辺の街にはこれらの店は存在しない。

なぜかといえば、下町にある店は違法な店が大半を占めているからだ。ここには合法な店というのは存在しない。合法寄りの店も、必ず違法スレスレの商売をやっている。だがそれでも、一般客はもとより、貴族階級の客すら訪れる。それこそが、下町が潰れない主たる要因である。

当然だが、治安は良くない。日中こそ馬車の往来や貴婦人たちの賑わいなどがあるが、夜の七時にもなれば強盗事件が頻発して、物騒な町に一変する。だから、多くの店は夜の五時半にもなれば店の戸を固く閉じてしまうのだ。


サリスは、そんな下町のいつもと変わらない風景をただただ自然に、冷ややかな目で見送っていた。まあ言うなれば、彼女がそんな視線を送ることも、いつものことなのだが。

(どうでもいい)

サリスは、普段からそう思っていた。貴婦人がべちゃくちゃ喋ろうが、男が彼女らをナンパしようが、強盗が出ようがそんなことは彼女にとってはただの日常、取るに足らないことなのだ。

朝の十一時半頃から店を開け(開ける時間は彼女の気まぐれ)、適度に物を高値で売って、昼過ぎに食材を調達してきて、夕方頃には店を閉める。それが彼女にとっての日常だった。サリスにとって、ただその日常を送ることに価値があり、他人や下町のこと、王国のことなんかはどうでもいいのだ。


そんな彼女の前に、一台の馬車が停まった。それと同時に、サリスの目はすぐにその馬車から出てくる男に注がれた。

男はいかにもな貴族の出立ちで、高価な分厚い外套を羽織り、同様に高価な黒いシルクハットを被っている。歳は中年くらいで、太って肌つやは良く、髭をぴんと伸ばしている。

(中級貴族あたりだな)

サリスは彼を値踏みし、ある程度の見当をつけた。もちろんどれだけ搾り取れるか、計算しているのである。

中年の貴族はにこやかな笑みを浮かべて、スタスタとサリスの前に歩み寄ってくる。サリスは敢えて視線を逸らして商品の展示作業をしていた。

「もし、こちらは骨董品屋でしたな」

やはり中年の貴族は話しかけてきた。

「そうですけど、何か?」

サリスは無愛想に対応する。その態度に、彼は少し不快な顔をした。

彼女の無愛想な対応は、いつものことだ。だが、普通ではあり得ない。普通の店であれば、貴族が来たとなれば店の主人から下々まで礼儀を第一に、誠心誠意の対応を心がける。

下町の商人は個性が強い人間の集まりだが、いくら彼らでも貴族が来たとなれば大抵の商人は媚びへつらい、うやうやしく対応する。サリスのように誰に対しても平然と無愛想な対応をする商人はまずいないと言ってもいいだろう。おそらく、この中年貴族も商人にこのような態度をとられたのは初めての経験なのだろう。

「古美術品を見に来たのだが」

中年貴族は少し横柄になった。あいにく、サリスは舐められたと見るとすぐに自分を尊大に見せようとする貴族の性質を知っていた。

「こちらにありますので、見ていってください」

サリスは男を店の中に通すと、美術品を置いてある場所を見せてやった。

「では、ご自由に」

中年貴族は相変わらず不快感を露わにしていたが、サリスは素知らぬ顔をして商品の展示作業に戻った。


五分ほど経つと、中年貴族はまたサリスの前に現れた。サリスが気付かないふりをして作業を続けていると、彼はしびれを切らして怒り出した。

「君、ちょっと来い!」

「何か、問題でも?」

サリスは冷静に問いかける。

「美術品について苦情があるのだがね」

「承りましょう」

サリスが肩を怒らせて歩く中年貴族と共に美術品コーナーに戻ると、早速彼は一つの絵画を取り上げて糾弾を始めた。

「見なさい、ここの汚れを!」

中年貴族が指差した部分はなるほど、確かに茶色く汚れている。貴婦人が籠を木の枝に置いている絵画だが、その籠の部分が汚れているのだ。

「この絵画は、貴婦人が籠を置くことにこそ意味のある絵画なんだぞ!その籠が汚れてしまっていては、何の意味もないじゃないか!」

確かに致命的だ。

「時代が経過するに従い、風化したのでしょう。そのような絵画は、古美術品にならば腐るほどございます」

サリスは至って冷静である。普通の商人ならば、土下座レベルだ。

「腐るほどある、だって!?ハハハ、笑わせてくれるな。私が今まで幾つの美術品を見てきたと思ってるんだ!古美術でも、ちゃんとしたのはある!」

「それはあくまで少数かと。美術品は四百五十二点描かれていることはご存知のことと思いますが、そのうち現存する古美術品は百二十五点です。お客様は、そのうちの幾つの古美術品をご覧になられましたか?」

中年貴族は少し考え込むと、答えた。

「五十八点ほどだ」

「そのうちの、幾つの作品が風化しておりませんでしたか?」

「まあ大体、二十くらいかな」

「であれば、さほど珍しいことではありませんね」

しかし、中年貴族は引き下がらない。

「しかしだね君、この汚れは風化が原因かね?とても私にはそうは見えないのだが」

「風化によるもので間違いありません。私は今まで古美術品を百点以上見てまいりました。この作品は茶色く汚れているだけで済んでいますが、他には赤黒いシミが残るものもありました。この程度であれば、見た目にもさほど問題はないかと」

「でも籠の部分だよ?これじゃ台無しじゃないか」

「『クロサンゾ二世の茶会』という作品をご存知でしょうか。かの作品は、ティーカップの部分が黒く汚れた上に裂け目もあります」

「そ、そうなのか」

中年貴族にとっては初耳の作品らしい。だが、貴族のプライドにかけて知らないとは言えない。まあもっとも、そんな作品は存在しないのだが。

「だが君ね、六十万プランは高すぎるよ。もう少しまけなさい」

「そうですか、なら仕方ありませんね。他の作品をご覧下さい」

サリスが急に中年貴族の手から作品を奪い取ろうとしたので、彼は驚いて後退りした。

「な、何だね。まけられないとでも言うのかね」

「まあ、そんなところです。実はこちらの作品、三日前にヴァッカーン家のご子息様よりご予約が入っているんです」

「ヴァッカーン家だって!?」

言わずと知れた、彼と同じ中級貴族である。しかもサリスが出した名前の貴族は、由緒正しく、中級貴族の中でも上位に位置するほど栄えている貴族である。

「いくらで買うと言ってきてるんだね」

「九十万プランです」

中年貴族は考え込み出した。当然、同じ中級貴族に負けられないのだろう。サリスはその貴族特有の心理を上手く利用していた。無論、ヴァッカーン家から予約が入っているなどというのは全くの嘘である。

「どうしても六十万では売らないのだね」

「当然です。ヴァッカーン家の方には何度もうちの商品をご購入いただいてますし、高い方が儲かりますからね」

「七十万ではどうかね?」

「無理です」

「七十五万、七十八万ならどうだね?来週、私の友人を連れてまた来よう」

「用がないので、そろそろ展示作業に戻らせていただきますね」

「わ、分かった!分かったから、待ってくれ!九十五万で買うよ!」

「お買い上げ、ありがとうございます」

中年貴族は脱力したように床に尻餅をついた。サリスはその間に作品を白い布で包むと、彼の前に差し出した。

すると中年貴族は九十五万プランをサリスに手渡すと、震えながら立ち上がった。

「またのご利用を、お待ちしています」

中年貴族は疲れ切ったようにのろのろと馬車に入っていくと、やがて馬車は走り出し、見えなくなってしまった。サリスは何事もなかったかのように展示作業に戻った。まあ、こういった光景は日常茶飯事、珍しいことではないのだから当然のことだが。


だがその日常をぶち壊すかのような、大きな叫び声が遠くから響いてきた。

「うわあああーーーっ!!!!」

何事かと思ってサリスが顔を上げる頃には、その叫び声は彼女の近くまで迫っており、その叫び声の主は彼女の目の前に倒れていた。

サリスは一瞬作業が止まったが、見て見ぬふりをしようと思って展示作業を再開した。

すると、前のめりに倒れていた叫び声の主が起き上がってぼろぼろと泣き出した。

「うわあああん、うわああああん!」

見れば、まだ少女である。年齢も身長もさほどサリスと変わりはない。赤い外套を着て、大きな包みを背負っている。

目はぱっちりとして可愛らしい顔つきをしているが、紫色の髪を左右に紐で束ねているのは珍しい。王国ではあまり見たことがないような髪型だ。

それよりもサリスが考えたことは、彼女の身分についてである。

(貴族……?いや、庶民か?)

見た目を綺麗に保っているところから察すれば貴族とも思えるが、貴族が馬車で移動していなかったり従者をつけていないのはおかしい。あの大きな包みだって貴族が自分で背負うはずはない、せめて荷物持ちくらいいるはずだ。とすると、やはり庶民なのだろうか。サリスは、そんなことを考えていた。

サリスはいつの間にかじっと彼女のことを観察してしまっていた。だが、彼女が泣き止まないのと周囲の視線が自分に集まってきているのに気付いたサリスは、仕方なく彼女に話しかけることにした。

「あの、店の前で泣くのやめてもらえます?」

「そんなこと言ったって、うう……」

「何で泣いてるのか知りませんけど、よそでやってください。迷惑なんで」

「うわあああああん!!」

彼女はさらにぼろぼろと泣き出すと、サリスの肩を掴んでぶんぶんと揺さぶった。

「あの……。勘弁してもらえませんか?」

「死んじゃう!わたしの使用人が、死んじゃうかもしれないんだよ!」

(使用人、ね……)

使用人がいるということは、貴族であることに間違いはなさそうだ。それにしてもこの振る舞い、どこかの下級貴族の息女か何かだろうか。何か事情があるらしいけど、まあそれはいいか。サリスの冷静な分析も中途半端に終わった。なぜなら、自分の首が取れそうだと生命の危機を感じたからだ。

サリスは彼女の肩をがっしりと掴んで揺さぶるのをやめさせると、彼女を抱き寄せて背中をしばらくさすっていた。


三分くらいそうしていると、落ち着きを取り戻したのか彼女はようやく泣き止んだ。

「迷惑かけたな、ごめん」

「まあいいですよ。別にどうでもいいことなんで」

「どうでもいいだって!?そんなわけないじゃないか、わたしの使用人が死んじゃうんだぞ!」

「いや、知らないですよ」

「何だとー!もう一回言ってみろ!」

今度は怒り出してしまった。周囲の人間は全員立ち止まって二人を見物している。

(まいったな)

サリスは、ため息をついた。彼女の目の前で喚き立てている少女は、貴族としては明らかに異常だ。泣いたり怒ったり、貴族のプライドというものが全く感じられない。少なくとも、サリスが今まで見てきた貴族とは別次元の存在だった。サリスもこれにはすっかりお手上げだった。とはいえ、周囲の目もあることだしこのままにしておくわけにもいかない。

「まあ、とりあえず店の中に入ってください」

サリスは彼女を何とか宥めて、店の中に入ってもらうことにした。
























最後まで読んでくださってありがとうございます。

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