支え合い”人”を形作る(後編)
アンサンブルコンテスト本番。
2人で過ごすことで生じた変化を千果は感じたが、生じた緊張を収めたのは視界に入った天音の姿だった。
"人"という字は、人と人とが支え合って形作られている。
Chapter.7 支え合い"人"を形作る(後編)
アンサンブルコンテストの会場は、年次ごとに所属する各県の持ち回りとなっている。
この年は運良く山梨県が担当することとなっており、参加校が甲府市内のコンサートホールに集結する。
「少人数編成とはいえ、これだけの参加校が集まれば壮観ね」
「一番遠くで新潟からも来ているはず。一般のお客さんも入るから、緊張するな」
薫と晴香が会場に集まる参加者を見渡しながら、感嘆の声を漏らす。
「ん~、まだ見当たらないなぁ」
そんなことなど"どうでもいい"とでも言いたいのか、千果は開場前にも関わらずチラホラ集まり始めた一般客の中から、お目当ての人物を探す。
「愛しの姫君が見当たらないの?」
「うん...今日は"お弾き初め"って言ってたかな。箏の教室で新年会を兼ねてちょっとした発表会があるみたいで、自分の発表が終わり次第でこっちに駆け付けてくれるとは言っていたんだけど...」
薫はやや暗い表情を浮かべる千果の緊張を解そうと頬をつついてみるも、今の千果には効果がなかったようだ。
「珍しいじゃん、これまではあまり緊張する方じゃなかったのに」
「うーん、そうだね。何でだろ」
千果は明確な回答こそはぐらかしたものの、自身の中ではある程度ハッキリとした理由は分かっていた。
これまでの千果は、特段熱意を持って吹奏楽の練習に打ち込んできたわけではない。
自分の安心できる居場所を確立しつつ、目立たないよう周囲の状況を確認しながら"ほどほど"の練習量で本番を迎えていた。
豊富な練習量に物を言わせた"絶対にミスするハズがない"という自信はないが、"あれだけ練習したけど大丈夫だろうか"という不安はなく、これまではミスをしても"その程度の努力しかしていないから"と割り切れる程度でしか仕上げてこなかった。
「部活で上位大会に進んだことって今までに無かったから、そのせいかもね」
千果はぎこちない笑みを浮かべると、想い人の捜索を諦めて控え室に戻る。
「(今の自分は、積み重ねた練習成果を本番で発揮できるか信用できていないだけ)」
どこか達観した考えが、千果の頭の中で渦巻く。
無論、上位大会出場への緊張が無い訳ではない。
意欲も力量も不揃いな吹奏楽部の中で1年生ながら多くの曲目を抱えて場数を踏み、アンサンブルコンテストではメンバーにも恵まれた。
これまでの経験を振り返っても、過去一番の努力をしてきたのかもしれない。
そう感じる部分が多い故に、自身が置かれた初めての状況に千果は心にゆとりを持てないでいた。
「(体温が上がっているのが分かる。心臓って、走った時以外でもこんなに早くドキドキってなるんだ)」
本番が間近に迫る中、千果は自身の視野が狭くなっていくのをひしひしと感じる。
舞台脇でスタンバイしていても、メンバーとの会話内容だけでなく、前の演奏団体の曲目がまるで耳に入ってこない。
「(暗譜、飛んでいないかな)」
係員の誘導に従い、千果たちが壇上に上がる。
発表曲は内藤友樹作曲の" 水墨画三景にみる白と黒の陰翳~木管八重奏のための"。
多様な編成パターンを可能にしたこの曲では、全てのパートが見どころを担当できる構成となっている。
「(大丈夫、大丈夫)」
全員の準備が整えば、制限時間にして僅か5分の演奏が始まる。
その前に気持ちを落ち着けようと目を閉じ、大きく深呼吸をした直後だった。
「......天音だ」
小さくポツリと呟いた声を、両隣にいた薫と晴香は聞き逃さなかった。
瞼を上げ飛び込んできた観客席の景色、舞台上を照らすボーダーライトの影響で逆光となった暗がりの中に、千果には光り輝く存在がハッキリと見える。
その瞬間、まるで走馬燈のように天音と過ごした年末年始の練習時間が蘇る。
過去一番の練習を重ねた光景、そこには必ず天音の姿があった。
「(大丈夫だよ)」
天音の口が動くと同時に千果の紅潮していた頬の熱は冷め、鼓動も平常時と同程度までに落ち着く。
千果の様子を察したクラリネット担当の2年生が小さく合図を出し、曲が勢いよく始まった。
結果を言えば、千果たちは見事に金賞を受賞した。
B部門で県大会ダメ金常連の吹奏楽部としては直近随一の成績を収めたものの、心から喜ぶことのできる結果ではない。
自身らに下された評価は全国大会への出場権を得られない、"ダメ金"。
演奏については高い評価を受けたが、次のステップに進むための乗車券を渡すだけの技量ではないと判断された悔しさだけが残った。
「ダメだったなぁ。全国大会に進めた学校と比べると、演奏技量で全く敵わなかった」
「私はいい演奏だったと思うよ、楽しそうだったし」
発表会から直接駆け付けた天音は、楽器を抱えながら千果の隣を歩く。
「不思議だったな。本番始まる直前まで今まで経験ないくらい緊張していたのに、天音を見つけた瞬間に気持ちが一気に晴れて、平常心に戻ることができた。天音のおかげだよ」
「私は何もしてない」
「ううん、私の練習をずっと横で聞いていてくれた。そのことを思い出せて、私はいつも通りの演奏ができたんだよ。何だか、私は天音に貰ってばかりだな」
「当の本人は、何かをあげているつもりは何もないけどね」
「いいの、私は貰った。私しか知らなくても、その事実は確かにあるよ」
千果は胸元を軽くポンと叩き、満面の笑みを見せる。
薄暮で風景が見え辛くとも、天音の瞳には千果の表情が輝いて見えた。
「何にせよ、お礼をさせてよ。あんまん奢る!」
「......ピザまんがいいな」
ひと月前にコンビニでの買い食いの至福を覚えて以来、天音は身体を内側から暖める誘惑に負けることが多くなっていた。
季節は暦の上では冬が極まり、春へと移り変わろうという日。
手軽に手に入る球形の幸福はもうすぐ食べられなくなるが、代わりにとばかりに梅の蕾が真ん丸と膨れ、花開く時を待ちわびていた。
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