支え合い”人”を形作る(前編)
衆目のもとで"友達"となった2人は、互いを知るべく行動を共にするようになる。
それまでの彼女らを知る者から見れば異様にも思えたが、2人の関係は良好で、仲睦まじい様子は周囲も認めるほどだった。
Chapter.6 支え合い"人"を形作る(前編)
人間関係を表現する上で、今なお心に残り続ける教えがある。
中学校の社会科教師が準備室から地球儀を2つ持ち出し、教卓上でそれぞれの球体を触れ合わせ、こう言った。
「人と人の関係は、地球儀どうしが接しているこの僅かな1点にすぎず、分かり合っているようでも互いの未知なる部分が殆ど大半を占めている。それ程までに、人が他人を知るということは難しいんだ」
その当時は言葉の意味をよく理解できなかったが、1年また1年と少ないなりに人生経験を積み重ねる内に、その真意を分かるようになってくる。
出会った人全ての"全て"を知ることは難しい。
ならせめて、人生で本当に大切にしたい相手には自分の出来る限りを知ってもらいたいし、相手を理解できるようになろう。
衆人環視の下で"友達"となった2人は、学校が閉鎖されるまで終業式後の僅かな期間も登校し、交流を深め続けた。
吹奏楽部の年内の活動は終業式と同時に終了したものの、有志メンバーでの参加を予定している年明け1月開催のアンサンブルコンテストの西関東大会に向けた練習のため、千果は眠い目を擦り最寄り駅のホームに立つ。
爽やかなブルーの帯が特徴の短い編成の電車が到着し、千果は開閉ボタンを押して暖房の効いた車内に入ると、盆地の冬ならではの底冷えする寒さで冷え切った千果の身体に安らかな温もりをもたらす。
平日とはいえ車社会の山梨県では電車の通勤客も少なく、近隣の学校が休暇期間かつ年末ともなれば乗客もほとんどいない。
「おはよう、山中さん」
「おはよ、月見里さん。う~、生き返る~」
車内の座席スペースにかなりのゆとりがある状況で千果は目的の人物を認め、その横に腰を下ろす。
身体が沈み込むのと合わせて押し上がってくる眠気に耐えられず、千果は恥ずかし気もなく大欠伸をする。
「合奏練は午後からでしょ?」
「そだね」
「無理に私と時間を合わせなくてもいいのに...」
天音の言う通りアンサンブルコンテスト出場組の練習開始時刻は午後1時。
薫をはじめとした参加メンバーは午前11時前後からチラホラと集まり、自主練習を始めるかどうか、といった具合である。
対して、2人が合流したのは午前8時半。通常の登校時間よりいくらか遅いものの、学生としての"休日"の始動時間としては異様に早い。
「大丈夫だよ、ちょっと眠たいくらいだし。もっとも、お母さんには未だに怪しまれているけどね」
ましてや、一番の友人は布団とまで語っていた千果ならば、尚更である。
天音は普段から特別な予定さえなければ休日でも登校し、部室か図書室のどちらかにいることが多い。
冬休み中の登校時間は、天音のルーティンに千果が無理やり合わせた形である。
「練習しなきゃいけないのは事実だもん。強豪校でもない、鳴かず飛ばずのウチがアンサンブルコンテストで上位大会に進めたのだって、いつ以来なんだかってくらいだし、どうせやるからには後悔したくないもの。もっとも、何かキッカケがなければ布団の魔力から逃げられなかったと思う」
ケラケラと笑う千果がふと真顔に戻り、天音に向き直す。
「今の私には自分の練習以外にも目的だってあるし」
真っ直ぐな瞳で好意を向けられると、天音は顔を赤くして視線を背ける。
千果は"告白"の一件以降、部活動他での立ち振る舞いこそ相変わらずなものの、天音に対してだけは打って変わった積極的なコミュニケーションを図っていた。
登校時間だけではなく、個人練習は邪魔にならない範囲で箏曲部の部室を間借りして昼食まで時間を共に過ごし、練習後は音楽室を足早に立ち去って天音と合流して2人で家路に着く。
「寒い時、コンビニの中華まんって至高の一品だよね」
「......食べたこと無い」
「もったいないよ!セブンのあんまん美味しいよ!」
「そうなの?」
「そうだよ!善は急げっ!」
どこか世間知らずさを醸し出す天音を千果が時間の許す範囲で連れ回し、互いの経験を少しずつ共有していく。
「月見里さん、あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう、山中さん。今年もよろしくお願いします」
学校施設の閉鎖期間は家の都合も当然あったが、初詣は待ち合わせて一緒に向かうなど、2人の親交は二次曲線的に深まっていく。
「ねぇ、晴香」
「なに?」
「あの2人、冬休み前まであんなに仲良かったけ」
年明け直後の3学期始業式までの閉鎖期間が明けた僅かな期間も、アンサンブルコンテストへ出場する面々は自主的に音楽室へ集合する。
最寄り駅から学校へ向かう道、薫と晴香は先を行く2人の姿を視界に捉える。
「なんか、近いね」
「近いよね」
並んで歩く様子は、どこか周囲を寄せ付けない独特な雰囲気を醸し出し、仲睦まじい姿を周囲に見せつけている。
ほんの10日程度しか経過していない中で深まった千果と天音の異様な親密ぶりは、周囲の口をあんぐりと開けさせる程だった。
新学期が始まると、千果と天音の2人に薫が加わって行動を共にする機会が必然的に多くなっていった。
昼休みは教室ではなく部室棟の箏曲部室まで移動して弁当を広げ、吹奏楽部が休みの日はそのまま部室に居残り個人練習に勤しみつつ、談笑に華を咲かせた。
「ねぇ、月見里さん。千果が月見里さんに話しかけた経緯やその顛末は知っているつもりけど、よく友達になれたね」
所用で千果が席を外したタイミングを狙って、薫は思い切った質問をぶつけてみた。
「確かに、第一印象はね......正直、怖かったかな」
薫の言葉に、天音は苦笑して応える。
「まぁ、そうだよね」
鼻息荒く追い掛け回されたら、同性の同級生だとしても狂気を感じることも無理はない。
「小学校の頃から知っている私から見ても千果らしくないことだったから、私も驚いたよ」
天音の率直な表現に、薫は悪びれることなく笑い声を上げる。
「千果があんな直球な行動をするだなんて、ホント珍しいんだよ」
「珍しい?」
薫の千果に対する評価に、天音は不思議そうな表情を見せる。
「月見里さんは月見里さんに話しかけようとする千果しか知らないだろうけど、千果はどちらかと言えば自分から前に出るタイプじゃなかった。何というか"事なかれ主義"と言うか、流れに身を任せると言うか、そんな一面の強い子だった。私も千果とは腐れ縁だけど、あんな積極的な千果は見たことが無かった。端から見て、ほんとビックリしたよ」
薫には千果との付き合いに10年近い蓄積があり、その行動特性は能動的ではなく、いつも受動的だった。
集団の中に加わってこそいるものの本筋には入り込み過ぎず、常に一歩線を引く姿勢を一貫してとっていた。
それだけに、過去のどの場面を切り取っても思い起こされない千果の姿は、薫へ好奇心と小さな嫉妬を与えていた。
「......よく見ているんだね」
薫も天音の指摘を受け、自分で不思議に思うくらいの熱弁を奮っていたことに気が付くと、自身を恥じ入るように視線を泳がせる。
「だとしたら、"千果"の真っすぐな気持ちに対して"YES"を返答した私は、素直に嬉しかったんだと思うな」
対する天音は、嬉しそうな表情を見せていた。
「確かに最初はビックリした、とにかくビックリしたよ。待ち伏せされるし、あんなに鼻息荒く追っかけてくるし、捕まった時は正直に怖くて仕方がなかった」
苦笑する顔には、内容程の迷惑さは感じられない。
「でも、その後に喫茶店で話をしてみて、あれほど真っすぐに私と向き合おうとしてくれた人なんて、これまで出会ったことなかったように思うの。笠原さんの言う事を聞いて確信した、私は嬉しかったんだ」
「......そっか」
長年の付き合いがあって引き出せなかった友人の表情を、目の前に座る同級生は会話するようになって1ヶ月に満たない期間で引き出した。
薫の合点がいったのと同時に、ちょっぴり悔しさが漏れ出す。
「あと、私の持っていないものを持っている気がするんだ」
「持っていないもの?」
薫が首を傾げる。
クリスマスコンサートの様子を見ても、天音が類稀な音楽センスを持ち合わせていることは間違いがなく、容姿は少なくとも同性として嫉妬心を覚えるレベルであることも事実である。
対して、千果の技量は堅実だが他を圧倒する程のものではなく、容姿は周囲に好かれそうな愛嬌こそ持っているものの至って平々凡々である。
奇才が凡才に対していったい何を欲するのか、薫には理解ができなかった。
「私もよく分からないんだけどね」
「......ふーん」
薫は同じ質問を千果にした時のことを思い出す。
何故、天音と話をしてみたいのか、友達になりたいのかという問いに、千果は同じ回答を示していた。
「なるほどね、2人は――」
「やほー、おまたー」
薫が続く言葉を紡ごうとしたところで、箏曲部の部室に、賑やかな春の嵐が舞い込んでくる。
「天音さ、次の土曜日は学校出てる?」
「うん、いつも通りに来る予定だよ」
「午後の予定って、どう?都合は開いてる?」
「特に予定はないけど、千果はいいの?」
「何で?」
キョトンとした表情の千果に、天音は小さく溜め息をつく。
「もうすぐアンサンブルコンテストの本番でしょ?」
「もーまんたい。練習は午前で終わる予定だから、その後よかったら甲府まで出ない?」
会話をぼんやりと聞いていた薫は、ふとあることに気が付く。
「2人って、いつの間に下の名前で呼び合うようになったの?」
「――え?」
千果と天音は顔を見合わせる。
「いつからだろう」
「そういえば、そうだね」
キョトンと首を傾げる2人の動作が揃うと、薫は堪えきれず笑い声を上げた。
「似た者同士なんだね」
これは敵わない。
千果は自分との10年を上回る勢いで、2人の親睦を深めつつある。
「ホント、2人はお似合いだよ」
厳しく寒い季節は間も無く終わり、暖かな春を目前に控えている。
梅の蕾は徐々に膨らみ始め、花開くその瞬間を今か今かと待ちわびていた。
Pixiv様にも投稿させて頂いております。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19149758