いつから友達となるのか(後編)
クリスマスコンサート当日。
地元のショッピングモールで演奏準備を続ける千果たち吹奏楽部のもとに、所属する箏曲教室での演奏を終えた天音が箏を持って合流する。
演奏を間近に控えたタイミングでピアノ伴奏担当者が体調を崩してしまい、小規模バンドだけに編成の融通が利かない中、天音が箏で代役を務めることになる。
Chapter.5 いつから友達となるのか(後編)
吹奏楽部が出演するクリスマスコンサート。
「わー、本当に来てくれたんだ!ありがとう!」
「せっかく誘ってもらったから。興味も沸いていたし」
互いを知るべく、2人は少しずつ距離を縮める努力を重ねていた。
天音は期末テスト後の午前で授業が終わる期間中も下校時刻まで箏の練習に励み、千果もまたクリスマスコンサートに向けた練習のため放課後も居残る日々を送っていた。
2人が確実に、同じ空間に存在できるのは終業式までの僅かな期間ではあったが、少しずつ距離を縮めるべく、千果は午後の練習前の昼食のために旧校舎の箏曲部部室を訪れるようになり、2人は僅かな期間だが時間を共に過ごしていた。
「月見里さんが、ストーカーの千果に毒された...?」
「いやー、これは驚いたね」
興味本位で後を追った薫と晴香は、箏曲部の部室に入っていく千果の姿を見て思わず苦笑してしまったが、2人が良好な関係を築き始めていることにいくらかの安堵感もあった。
会場を訪れた天音と会話する千果の姿を見て、薫と晴香が驚愕の表情を見せたのを証拠に、2人の友人関係は既に結ばれたと言えよう。
「抱えているのは"箏"だよね、大変じゃなかった?」
「えぇ、そうよ。"勉強会"から家に帰る時間の余裕がなかったから、そのまま来たの」
箏曲教室等では門下生の練習成果の確認や会員同士の交流を深めるべく、定期的に"勉強会"という形式で社中の演奏披露会を催している。
師範代としては互いの演奏を聞かせることで刺激を与えつつ社中の結束を深める目的があり、門下生も師範の演奏から気付きを得る良い機会である。
「重かったでしょ」
「ううん、普段から持ち運ぶことも多いから慣れているし、気にしないで」
箏は180cm程度の全長を有し、覆う合成皮革の色の無骨さも相まって、やや圧迫感すら感じさせる。
部室で見た、合成皮革の内側で箏本体を包む"油単"は鮮やかな色合いと装飾をしているのだから、千果としては少々の勿体ないように思えた。
「それにしても、何で制服なの?」
「勉強会は年配の人も多いから、ちゃんとした服を着なきゃいけない雰囲気があったのと、いろいろ面倒だったから......」
天音は箏を壁に立てかけ、暫く千果と取り留めも無い会話を続ける。
準備はほぼ完了しており、発表する3曲とは別枠のアンコール曲―戦場のメリークリスマス―に合わせて吹き抜けホールの中心にあるステージの脇には、モール内の楽器店から借り受けたピアノも設置されている。
「普通に会話してるね」
「ね、性格的には正反対な2人だと思うんだけど、何だか意外だな」
遠目に見守る薫と晴香も、その様子を興味深そうに見守っていた。
「あ、いたいた。千果先輩、お久しぶりです」
しばし談笑を続ける2人に、私服姿の少女がゆっくりと近付く。
「舞莉ちゃん、久しぶりだね。来てくれたんだ」
「はい、近くですし。挨拶にと思って」
「月見里さん、こちらは水田舞莉ちゃん。私と同じ中学校で、吹奏楽部の一個下の後輩なんだ」
「初めまして」
「こちらこそ、初めまして」
ペコリと頭を下げる舞莉に合わせ、天音も小さく会釈する。
「今年は部長だったよね?」
「もう引退しましたよ。もうすぐ受験で、そっちの準備でいっぱいです」
「そっか、どこ受けるの?もしかして、ウチ?」
「いえ、それが...」
舞莉は少々、言い淀むような素振りを見せる。
「どうしたの?」
天音が舞莉の若干"演技の入った"様子が気になり、やや促すように声をかける。
「親の転勤が決まって、神奈川に引っ越すことになりまして、高校もあっちなんです」
「えぇっ、そうなの?寂しいなぁ~」
「そんなこと言って、千果先輩だって新しい友達とイチャイチャしてたじゃないですか~。私なんて、過去の"女"として忘れられちゃうんですよね」
「ちょ、イチャイチャって...」
「"過去の女"...」
天音が舞莉の表現に苦笑する。
中学校進学に伴って他の地域から引っ越してきた彼女はフルートを担当していたが、パートも異なるだけでなく、千果も部活動の中心的存在ですらなかった。
それでも不思議と接する機会が多く、一緒にアンサンブルコンテストにも出場した経験がある。
当時から決して"なめられていた"訳ではないが、千果から見れば分け隔てなく接することのできる後輩であったことは間違いなかった。
「冗談ですよ。千果先輩なら、どこでだって友達は作れるじゃないですか。死に別れる訳じゃないんだし、遠くに引っ越してもまた会えますよ」
「......それもそうだね」
直ぐに会えなくなるという名残惜しさはあるが、舞莉の言う事も一理ある。
「それじゃ、2人の"お邪魔"も悪いですし、私はそろそろ――」
「三家さん、大丈夫?」
舞莉が言い切る直前、後ろから吹奏楽部顧問の焦ったような声が聞こえてくる。
戦場のメリークリスマスでピアノを担当する2年生の三家ひかるが辛そうな表情をしており、周囲に部員が集まっている。
「ひかる先輩、この日のためにピアノの練習を頑張っていたからなぁ。集合した時からちょっと辛そうだったけど、無理しちゃったのかな」
同級生に支えられながら覚束ない足取りで歩く先輩の姿を眺める。
先生の困り果てた様子を見る限り、三家が演奏に参加するのは難しいのだろう。
「ピアノ役......どうしましょう」
3年生が抜けた今、20名ちょっとで活動する吹奏楽部の現状では、演奏を維持するためにもパートの急な変更は難しい。
そもそも、もしもの場合に備えたピアノ担当のバックアップなど用意しておらず、仮にパート変更が可能だったとしても、ピアノ担当を急ごしらえで用意するのは難しい。
沈黙の時間を打ち破ったのは、完全なる部外者―舞莉―だった。
「弦楽器だったら、箏を弾ける人がそこにいますよ」
部員の輪にさり気なく加わっていた舞莉―中学校が同じメンバーも多く、顔も知られていたのですんなりと入り込めていた―の発案に、一同の記憶が刺激される。
文化祭で自分たちの1つ前のプログラムで圧巻の演奏をした主が、あろうことか"楽器を持った状態で"自分たちの目の前にいる。
演奏から欠け落ちたピースを埋める最適解として、瞬時に全員の共通見解となった。
「月見里さん、頼めないかな?」
部長から頼まれて困惑する天音が、千果に視線を送る。
「(どうしたらいいか、分からないよなぁ......)」
「あの人なら大丈夫だと思いますよ。文化祭も実は見に行ったんですけど、演奏すごかったですし」
「......だよね」
助けを求めるような視線に困った千果も逡巡するが、舞莉の後を押す言葉で意を決し、天音の横に立つ。
自分から決して行動を起こすことは滅多にない―先輩が多くいる場なら尚更―が、こと天音のこととなると、何故だが積極的になれる気がした。
「月見里さん、見に来てって誘って、来てくれただけで本当に嬉しいんだけど、よかったら、一緒に演奏もしたいな。どうかな?」
千果は右手を差し出すと、天音は観念したようにその手を受け入れる。
「どこまでできるかは分かりませんが、幸い制服でしたし、いいですよ。楽譜を見せてもらえますか?大人数で指揮者に合わせた経験は無いんですけど、やれるだけのことはやってみます」
「ありがとう!」
部員たちは安堵の表情を浮かべると、すぐさま変更の準備に取り掛かる。
ピアノを貸し出してくれた楽器店が偶然、箏曲用の用具を取り扱っていたこともあり、快い店主が貸し出しを了承してくれたおかげで、急な変更も順調に準備が進む。
「これなら、この調絃なら何とかなるかな」
天音が楽器を準備していると、一応申し訳なさげに近付く。
「すみません、余計な事いいましたか?」
「まぁ、こんな状況だもの。気にしなくていいよ」
「知り合ったばかりの私が言うのも何なんですが、"天音さん"なら大丈夫だと思いますよ」
「......えっ?」
「それじゃ、私はこれで」
舞莉は飄々とその場を離れ、途中で千果に声をかけてから人混みに消えていった。
「あの子に私の下の名前、教えたっけ?」
ふとした疑問は残ったが、天音は楽譜へ意識を集中させる。
短い準備時間しかないが、やるからには出来る限りクオリティーは高めたい。
控え室の端で録音音源を聞きながら集中する内、天音の頭から舞莉への疑問はポロリと零れ落ちた。
クリスマスコンサートで千果たち吹奏楽部が発表する曲目は3つ。
何れもどこかで一度は聞いたことのある馴染み深い曲ばかりで、設置された椅子に座る人以外にも、買い物客がふと足を止めて演奏に耳を傾ける。
プロの演奏とまではいかなくとも、若々しくハツラツとした演奏に対し、聴衆からは暖かい拍手が送られる。
「最後にもう1曲、皆様にお届けしたいと思います」
MCを務める部長のアナウンスと同時に、ステージ脇から用具が運び出され、指揮者のすぐ横に設置される。
次いで箏を持った少女が現れると、会場からは"意外"を表すどよめきが起こった。
「(吹奏楽部のど真ん中に、場違いな"モノ"が置かれたら仕方がないか)」
天音はやや自嘲気味な笑みを浮かべ、十三本の絃が正しい調律かを確認する。
絃の震えが増幅されて音色を発すると、天音を迎えたざわめきはシンと静まりかえり、後方から眺める千果には会場の雰囲気の変化が敏感に感じられた。
「(場の空気が変わったな)」
既に披露した3曲の時とは異なり、場にはやや厳かな空気に包まれる。それが天音の存在感から来るものなのか、将又"箏曲"が聴衆へ与える一方的なイメージによるものなのか。
千果がそんな事を考えている内に天音の準備が整うと、千果をはじめとした吹奏楽部員が全神経を聴覚に集中させる。
本来はピアノの独奏から始まる編曲を箏が務め上げ、指揮者と独奏者の生み出した音の潮流に合わせて吹奏楽器が曲を色付けていく。
「(すごいな、曲の雰囲気をよく理解しているし、初めてのハズなのに"合わせやすい")」
天音が冒頭から作り出した世界観は曲のテーマをよく表現しており、指揮者をもリードしているように感じさせる。
随所に生み出される間や節々のアクセントは全体の呼吸を合わせ、さながら熟練した楽団のようなまとまりすら生み出した。
僅か5分にも満たない演奏時間中、天音の音色は会場と聴衆の全神経を文字通り"支配"した。
前3曲の時には暖かだった拍手も、冬の盆地に溜まった寒さを少々忘れさせるだけの熱量を与えたように感じられる。
「(そうだ、私はこの他を圧倒する音色に魅入られたんだ。他人と一定の距離を取りながら誰に対しても愛想のいい表情を見せる、私が嫌う"私の音色"とは正反対の強い音色に)」
場の"支配者"の背中を後方から眺めながら、千果はぼんやりと自身の内面を見つめていた。
自分は彼女との交流を経て、どうなりたいのか。
示された選択肢は2つ。
① 月見里天音になる。
② 山中千果のままでいる。
しかし、千果の中で答えは1つだった。
観客が満足そうに退席していく様子を見送りつつ、演者たちはいそいそと片付けを始めていく。
「薫、ごめん。ちょっと楽器持っててもらっていい?」
「え?」
千果は友人の返答を聞くことなく自身の相棒を薫へ半ば強引に預けると、舞台の中心に佇む天音に駆け寄る。
これまでの千果なら、周囲の眼を気にして取らないような行動だろう。
「月見里さん、お疲れ様」
「うん、山中さんも」
2人の間には、まだ距離が開いている。
「(このままじゃ、いけないよね)」
千果は一歩前に出て、自ら作り出していた"線"を乗り越える。
「月見里さん、私、分かったよ。どうして話をしてみたいと思ったのか」
「......どう思ったの?」
天音の質問に、千果はまた一歩踏み出して応える。
今度はこれまで決して考えられなかった、他者との"線"を踏み越えようとするかのように。
「私、月見里さんを知って、月見里さんみたいになりたい」
「――私に?」
「うん。だから、月見里さん。私と友達になって欲しい、私と友達になってください!」
舞台の中央、部員たちも片付けに追われており、まだ一部の観客も残っている状況。
千果の思いがけない"告白"は観衆の注目を集め、どういう訳か場が静まり返る。
「え、え、えっ!?」
天音が周囲からの注目に慌てながら、目の前で右手を差し出し、最敬礼の体勢を崩さない同級生への対応を必死に考える。
「よ、よろしくお願いします...」
困り果てた天音が赤面しながら右手を重ねると"おぉ!"と歓声が沸き上がり、2人に向けて万雷の拍手が送られる。
「......ふぇっ!?」
「全く、何してるんだが。ほら、バカやってないでさっさと片付けてよ」
冷静さを取り戻した千果が狼狽える様子に呆れながら薫が助け舟を出すと、周囲が笑いに包まれる。
山中千果と月見里天音。
周囲の暖かい眼差しに見守られながら、2人は"友達"となった
Pixiv様でも投稿させて頂いております。
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