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天音いろ  作者: 今安ロキ
本編
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いつから友達となるのか(前編)

無策ながらも意を決して意中?の相手に声を掛けた千果。

驚きながらも、その誘いを受けた天音。


赤の他人から顔見知りへ。

顔見知りから知人へ。

知人から友達へ。


これまでなら嚙み合うことの無かった2人が出会い、不器用ながらも関係を前に進めようとする。

Chapter.4 いつから友達となるのか(前編)


 友人関係の始まりはどんなタイミングだったのだろう。

 久し振りに会った友人、今ともに時間を過ごす友人を見ていると、時折思いふけることがある。

 吹奏楽部のように大所帯の部活動では、パートが違うだけでも会話の頻度は大きく減ってしまう。

 例えば、出席番号が前後ならば整列や教室座席で近くになり自然と会話が発生したのがきっかけになり得るが、その他の人とはどのように関係を構築していったのだろうか。

 意を決して話しかけたからか。

 偶然声をかけられたからか。

 それとも、それとも、それとも......。

「あ、あの......」

「あ、はい!」

 千果の脳内に存在する天使と悪魔の一団が互いの立場を忘れ、「友人関係の構築の仕方」について熱い議論を交わす中、高校の最寄り駅傍にある喫茶店でテーブルの反対側にはもはや"拉致被害者"としか言いようのない月見里天音が、心なしか怯えた様子で座っている。

 僅かに残る冷静さが、友人関係を構築しようとする上で大変問題のあるファーストコンタクトになってしまったことを、後悔させ始めていた。

 吹奏楽部には薫を通じて「小テストは無事にクリアしたけど、補習中にお腹を下したので帰ります」と連絡しているので、残りの時間は全て天音とのコミュニケーションに全力を注ぐことができる。

 2人の前に置かれたホットココアからはゆらゆらと湯気が立ち上り、静かな時間だけがゆっくりと過ぎていった。

「まずは、自己紹介ですかね」

 学校から最寄り駅までおよそ10分間の通学路を、千果と天音は無言で踏破した。

 千果は天音のフルネームを一方的に知っているが、反対もまた然りというわけではない。

「1年4組の山中千果です。吹奏楽部でクラリネットを担当しています」

「1年2組の月見里天音、箏曲部です」

 将来、お見合いをするならこんな会話の始まりになるのだろうか。

 この場合、紹介人がある程度まで場を盛り上げてから「後はお若いお2人で」などと退出するのが定石だろうが、この場に世話好きのおばちゃんは存在しない。

 気まずい沈黙にもめげず、千果は自身が広げた心の距離を必死に埋めようとして、口を開く。

「あ、あの、今日はすみませんでした!」

「あぁ、いえ」

 まずは拉致したことへの謝罪だろう。当然、この店の会計も、例え高額になったとしても千果が全て払うつもりだ。

「普段、和室で練習していますよね」

「はい...毎週木曜日は、箏曲部が優先的に使用できるので」

「その時に、月見里さんの弾いた音を聞いて......あ、月見里さんって気が付いたのは、文化祭のソロパートを弾いているのを見てからなんですけど、どういう訳か無性に月見里さんとお話をしてみたくなりまして......なんか、本当に、すみません!」

「は、はぁ」

 溢れる想いが暴走しないよう必死にコントロールしつつ、最終的には謝罪する。

 残念ながら、端から見れば自身をコントロールしきれていない情緒不安定な人間にしか見えず、ただ困惑させているだけだろうが。

「自分でも分からないんです。どうして、月見里さんとお話してみたいのか。こうやって向かい合った今でも、何を話せばいいのか、理由を含めてよく分からないんです」

 千果はこの時ほど、本を読まず国語を苦手教科としていたことを悔いたことは無い。

 伝えたい思いを上手く言語化することができず、これほどもどかしい想いをするとは考えも寄らなかった。

「どうして話をしてみたいと思ったのかゆっくり確かめたいと、2人でお話してみたいなって、思っています。よかったら、連絡先を交換してもらえませんか?」

 天音は驚いたような表情を見せ、千果の表情を見やる。

 これまで視線が彼方此方へとぶれており、"挙動不審"の四文字熟語は彼女のためにこそ作られたものなのではないかと錯覚する程の様子を見せていたが、この時ばかりは、千果の瞳は真摯に真っすぐな視線を天音に送り続けていた。

「――いいですよ」

 天音はぎこちなさが残りつつも柔らかな笑みを見せると、スマートフォンを取り出して千果に画面を見せる。

 先程まで湯気を揺らめかせていたホットココアもすっかり冷めてしまう程の時間が経過していたが、互いのスマートフォンに連絡先を登録すると、千果はようやく、満面の笑みを見せることができた。

「ありがとうございます。まだ、友達とも言えないですけど、少しずつ月見里さんのことを知りたいです、です。これから、よろしくお願いします!」

 丸顔かつやや小柄で貧相な体躯も合わさって、年齢よりもやや幼く見られがちな千果の様子に、天音の緊張は少しずつ弛緩していく。

「えぇ、こちらこそよろしく」

「あの、よかったら今度のクリスマスコンサートに来てくれませんか?」

 千果はガサゴソと鞄を漁り、手元に残していたチラシの余りを差し出す。

 最近完成した近隣のショッピングモールから依頼を受け、吹奏楽部はミニコンサートを開催することとなっていた。

「いいの?」

「ぜひぜひ!あ、予定あいてます?」

「この時間だったら、問題ないかな。前の予定はあるけれど、この時間には抜け出せていると思うから」

 殆ど会話らしい会話もできていない。

 それでも、鼻息荒く追い回された際に感じた恐怖心は既に薄れており、目の前で自身に好意を寄せてくる同級生に対し、天音は少しずつ好感すら抱き始めていた。

 友達の第一歩とは何か。

 ホットココア改め、冷めたココアをゴクリと飲み干すと、最寄り駅で逆方向の電車に乗り込んだ両者は、"互いに"考えていた最重要課題に一定の答えを見つけ出す。


 他人に対し、自然と発生させる心理的な壁を乗り越える勇気。


 千果は"話しかける"行為として、天音は"連絡先を教える"形で、その勇気を示した。

『友達になれる気がする』

 互いに電車の窓に映る自身の表情を見て、何故だか自信を持った言葉が口から漏れ出す。

 まだ、ようやく名前を知り、連絡先しかしらない同級生。

 好ましくない出会いから、ようやくそれだけの間柄となった2人だが、思い返せば思い返すほど、不思議と心地良さを覚える。

 千果は天音の音色に。

 天音は千果の見せた真っすぐな瞳に。

 後年、顧みる度に思わず笑みの零れる「友達の始まり」は、冷めたココアの味として共有された。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19123671

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