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天音いろ  作者: 今安ロキ
本編
3/21

筆者の意図など読めぬ者共(前編)

気になる存在だとしても、機会がなければなかなか交流することは叶わない。

千果は昼休みの度に天音のクラスへと足を運ぶが、タイミングが合わず会えないまま2学期も終盤に差し掛かる。


文系科目が苦手な千果は性懲りもなく期末テストで悲惨な成績を叩き出し、職員室に呼び出されてしまう。

話半分に教師のタコ頭を眺めながら説教を受けてると、不意に月見里天音の名前が耳に飛び込み、同じ補習を受けることが判明する。

知己を得るまたとないチャンスに、千果はかつてないほど補習授業への意気込みを見せる。

Chapter.2 筆者の意図など読めぬ者共(前編)


 結論から言えば、山中千果の退部宣言に始まる一連の騒動は大したことにはなることはなく、未遂に終わった。

 千果の所属する吹奏楽部は1学年に10人程度しか在籍おらず、文化祭をもって引退となる3年生を除けば30人と設定されている部門Bの編成上限人数にすら満たない。

「お前は突然、何を言い出すんだ!」

「ずびばぜん」

 程よい熱量の部活動とはいえ、まがいなりにも県"金賞"常連校である。

 例えその金賞が上位大会への出場が叶わない所謂"ダメ金"であったとしても、部活動自体にある程度の厳しさは持ち合わせている。

 千果は文化祭終了後、自らが引き起こした些細な騒動が原因で昼休みに音楽準備室まで呼び出されると、顧問を務める音楽教師にコッテリ絞られる羽目になった。

「ま、自業自得だね」

 疲弊した千果は教室に戻ると、自席でまるで殆ど溶けてしまった氷のように机へと突っ伏す。

 その様子を、薫が苦笑して見守っている

「だって、演奏している姿を見ていたら...思わず」

「まぁ、千果らしくはなかったね」

 僅かに残った僅かな氷山も、気付けば消えさっていった。

 下手に目立つようなことをせず、義務教育課程を波風立てないように過ごしてきた千果にとって、赤点すれすれの文系科目で苦言を呈されることはあるものの、真剣な叱責を受けるのは年1回あるかないかの珍事である。

 表立って怒られることも褒められることもない身としては、慣れないことで一撃のダメージが大きい。

「実際、うちの箏曲部ってどうなんだろ。正直、目立つ部活じゃないし、友達がいるわけでもないから、どの程度かよく分からないんだよね」

「全国には行けなかったみたいだけど、県予選ではいい評価を貰えたみたいだよ」

 弁当箱を片付けながら、フルート担当の葛城晴香かつらぎはるかが顔を出す。

 吹奏楽部所属の1年生でクラスも同じ3人は、いつも一緒にランチタイムを過ごしていた。

「よく知っているね」

「うちの担任、箏曲部の顧問だからね。前に聞いたことがある」

「あれ、相羽ちゃんってそうだっけ」

 1年6組の担任を務める大卒2年目の社会科教師は気さくな性格で生徒からの人気も高く、生徒から"ちゃん"付けの呼称で呼びかけられても特に気にせず受け入れていた。

「ちなみに、真ん中で弾いているのは"ヤマナシ"さん。確か、2組だったかな」

「ふぇ~、住んでいる県と同じ苗字なんだ。武田信玄と桔梗信玄餅くらいしか全国区のものがないというのに、不憫だなぁ」

「いやいや、"ほうとう"もあるし。葡萄とか桃だって有名だから」

 千果の地元愛に欠けた発言に、薫が苦笑する。

「あ、でも、我らが読み仮名が同じなだけで、全く違う漢字が当てられてるよ」

「え、どゆこと」

 千果は理解できないといった表情で、晴香の表情を見る。

「"月を見る里"って書いて"やまなし"って読むんだって。月が見える里には山が無いから"やまなし"。ちなみに、下の名前は"天"の"音"で"アマネ"だよ」

「へ~、オシャレ~。見るからにキレイ系だったし、名は体を表すのかね」

「ちょっと近寄り難い雰囲気はあったよね。高嶺の花って感じ」

「思い出した。お婆ちゃんの先生の所にいた同い年の子、名前が珍しかったのを思い出したよ。間違いなくその子だ!」

 薫と晴香が箏弾き美少女の話で盛り上がる中、突っ伏していた千果はどういう訳かプルプル震え始めていた。

「どうしたの?」

「月が見える里には山が無いから"やまなし"で、見上げた"天"に響く"音"。おまけに、美人ときた」

 千果は上に2人いるのをお構いなしに姿勢を正し、本能的に感じ取った薫と晴香は瞬時にその頭をかわす。

「それに対し、私は文字通りの"山"の"中"で名前は"チカ"のタヌキ顔。嗚呼、神はどうして人類を平等に生み出さなかったのか」

 アンブシュアを確認するため(身だしなみチェックのためではない)常に持ち歩いている手鏡に映る自分の顔を見ながら大袈裟に話す千果に、2人は苦笑する。

「別に気にする程のものじゃないさ」

「千果の丸顔は可愛いよ。見ていて癒し」

「薫~、晴香~。どっちでもいいから、私を嫁に貰ってくれ~」

「はいはい」

 薫が頭を撫でると、千果は甘える仕草を見せる。

「(それにしても、すごかったなぁ)」

 じゃれ合う中でも、千果の脳は文化祭ステージでの箏の音をリピート再生し続けている。

 大勢の中で揺蕩うように生きる自分に対し、事実上1人で注目を集める対極の存在。

「(ぐぅ)」

 今からでも声を掛けに行きたいところだったが、千果の胃袋がそれを許さない。

 不平を漏らす胃袋を慰めようと弁当をかき込んでいると、無情にも午後の始業を告げる予鈴が鳴り響き、千果の意識は"月見里天音"の存在から逸れてしまった。



 盆地の夏は極めて暑く、冬はとにかく寒い。

 12月も半ばを迎えれば平均気温も一桁台をキープし、最低気温はコンスタントに氷点下となる。

 女子高生にとっては"オシャレは我慢"などというらしいのだが、千果は我慢など光が1ミクロンを通りすぎる時間すら考えることなく、重装備を基本とし遠方から望めば雪ダルマともてるてる坊主ともとれるファッションを好む。

 この苦しみを分かち合えるのは同じ盆地の民、京都市民だけだと千果は考えている。

しかし、片や都心から在来線特急で1時間半以上かかる片田舎、片や新幹線で2時間半かかる千年の都である。

 距離の割に1時間程度しか変わらない移動時間では一緒にするなと言われてしまいそうで、仮にコュニケーションをとる機会があったとしてもそんなことは口が裂けても言えないだろう。

「話を聞いているのか、山中」

「ふあぃ」

 怒声が鼓膜をつんざき、千果は現実に引き戻される。

 国語教師の山本は単調な授業が持ち味のベテラン教師で、千果が最も苦手とする教師だ。

「呼ばれた理由を本当に理解しているのだろうな」

 2学期も間も無く終了し、"もういくつ寝るとお正月"といった時節。

 近隣の学校と共同で開催するクリスマスコンサートの練習に向かいたいところだが、昼休みの校内放送で呼び出されると、暖房の効いた教員室で囚われの身になってしまった。

 理由は単純である。

 入学以来、テストというテストで所謂赤点を取り続けた結果だが、本人からすれば成果と言ってもいい。

「こんなんでどうする」

「理系進学します」

 食い気味の返答に、山本の広い額に血管が浮かび上がる。

「自ら選択肢を狭めてどうする!」

 山本は顔を真っ赤に染め上げると、目の前でやる気なさげに佇む千果へ、悠久に続きそうだと錯覚させる説教をツラツラと述べ続ける。 

 どうして社会科の相羽ちゃんは国語の教師として赴任してくれなかったのだろうか。

 眼前に座る我らが酒折高校名物のタコ頭と比べれば、その縦横無尽に動き回る姿で受験生を悩ませる点Pの方が遥かに好感の沸く存在である。

「どうしてそこまでやる気を出さないんだ」

「だって、筆者の心情や意図なんて、推し測れるものではないと思うんです。文学は読んだ人間がどう感じどう解釈するかは自由ですし、尚更、4つや5つの選択肢から強制された1つを選ばせるだなんて、私は学問として好きになりません。私は答えが限られる数学の方が好きです」

 千果の意見に山本は深い溜息をつき項垂れる。

「お前が好きかどうかはどうだっていい。兎に角、お前のように国語の成績が悪い連中には補習授業を行うから、覚悟しておけ。2日後から午前授業に変わるが、その初日と2日目の5、6時間目にやるから、昼飯を持ってくるように」

「えー」

「えー、じゃない。全く、お前といい月見里といい...」

「え、月見里さん?」

 思わぬ人物の名前を山本の口から聞き、千果は思わず詰め寄ってしまった。

 文化祭以降は何かと用事のある体で1年2組を訪れたが、昼休みになるとすぐ何処かへ行ってしまうらしく、千果は文化祭から1ヶ月以上経った今も、月見里天音に出会えていない。

 和室のほか、旧校舎の部室棟からも時折箏の音が漏れ聞こえることばかりか、週末も土日共に部室棟で練習していることは把握している。

 とは言え、顔見知りでもないので如何せん踏み込むわけにもいかず、その姿を拝むことができないままとなってしまっていた。

 一つ間違えればストーカーとも捉えられない執着ぶりだが、強引な行動を起こさないあたりは常識をわきまえ、理性が働いていると言えよう。

「月見里さんも、補習を受けるんですか?」

「あぁ、そうだ。お前と全く同じようなことを言っていたな」

「......へぇ~」

 勝手な先入観だが、伝統芸能に通じているならば文系科目は必然的に得意な物だろうと思っていたので、国語で一緒に補習を受けることになるなど思いもよらなかった。

「いえ、ちょっとはやる気が出ました」

「は?」

 突然、訳の分からない理由でやる気を出し、上機嫌になった40も年の離れた女子高生の姿に、山本は"理解ができない"とでも言いたげな表情を浮かべる。

「それじゃ、もう要件は終わりましたよね。失礼します」

「あ、あぁ」

 千果は軽い足取りで教員室を後にする。

 隙を見て事実上逃げ出した背中を、呆気にとられた山本はただ見送ることしかできなかった。

Pixiv様でも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19109703

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