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天音いろ  作者: 今安ロキ
後日談
21/21

水面花火

ひとつひとつは小さくとも、広がる波紋は重なり合い、やがて合流すれば大河となる。


今日の小さな前進は、決して無駄になることはない。

やがて、大きな成果となるのだから。

水面花火


 ぽつぽつ、ぽつぽつ。

 装いを夏仕様へと衣替えして暫く、春から夏へと移ろい行くジメジメとした季節は、うら若き地肌にそれなりの不快感をもたらす。

「も~、この時期ってホントやだ~」

 眼前に座る友人は湿気に弱い髪質らしく、頻りに髪をいじくっている。

 履修の都合上、講義がない時間は配属された研究室に行くこともなく、サークルの部室でまったりと時間を過ごすことも多い。

「天音はいいなぁ、サラサラで」

「――千果、わたし、練習しているんだけど」

 時間の使い方はそれぞれ。

 和楽器による合奏を主とする音楽サークル―三曲研究部―に所属している以上、部室を訪れる学生たちは定期演奏会に向けて楽曲の練習に精を出すこともあれば、締め切りの迫ったレポートを必死に片付けることもある。

 最も、4年生となり卒業に必要な単位も卒業研究を着実にこなせば取得し終わっている2人には、ほぼ関係のない話なのだが。

「もー、真面目だなぁ。もうちょっと肩の力を抜かないと、可愛い後輩ちゃんの思い描いた通りの楽曲にならないよ。だよね、琴音」

「とりあえず見ていて恥ずかしいので、イチャイチャするのやめてもらっていいですか?」

 このタイミングで部室にいるのは3人。

 大学進学を期に山梨県から上京してきた山中千果と月見里天音はもとより、そこに加わった2年後輩の桐生琴音は、同じサークルにこそ所属していないものの共通の友人―水田舞莉、改め水鏡涼音―がいる不思議な縁の繋がりもあってか、学年の違い関係なしに良好な友人関係を築くに至っていた。

「ほら、絃もしっかり伸びたでしょ?千果のブランク解消も兼ねているんだから、そろそろ始めよう。琴音の時間もあるんだし」

 進学を希望して大学院の学内推薦入試受験を控えた天音と、食品メーカーからの内定を得た千果。

 それぞれの道に邁進すべく楽器演奏から一時的に離れていたこともあり、出演を決めた定期演奏会に向けたリハビリも兼ね、琴音の誘いもあり箏二重奏の作曲に取り組んでいた。

「ほーい」

 千果はようやく満足いくレベルにまで解いた髪を乱雑に結わえると、事前に準備していた楽器の前へと座る。

 指を慣らすための基礎練習を終わらせると、演者2人は楽器越しに向かい合い、視線だけで呼吸を合わせる。

「よろしくお願いします」

 琴音の声が部屋に拡散しきったことを確認すると、天音を起点として曲が開始された。



 小さな積み重ねを経た信頼関係の中でこそ、この自主的な企画は始まったと言える。

「へ~、琴音って作曲に興味があるんだ」

 きっかけは半年ほど前、まだ千果と天音が3年生で、琴音が1年生だった頃。

「高校で野球部と吹奏楽部を兼部していた時に、オリジナルの応援歌を作ったこともあるんです。聞いてもらうのはちょっと恥ずかしいですけど...」

 スマートフォンに残る音源から、琴音の過去作が披露される。

「あ、これ知ってるよ。確か初めて女子選手が甲子園に出場したって話題になった時のやつじゃない?」

「”センバツ”だったかしら。そういえば琴音はこの学校の卒業生だったね」

「そうなんです。自分の名前の元で興味もありましたし、思っていた以上に箏のことを好きになれました。プロの世界に飛び込んだ友達の活躍を見ていると、自分も何か挑戦しないとって気になったんです」

 後輩の想いを受け、天音は何かを思い出したようにスマートフォンを操作し、千果と琴音に画面を見せる。

「なら、琴音が作った曲を私たちが弾いて、コンテストに応募してみようか」

 天音が見せたのはアマチュア奏者を対象とした小曲コンテストの楽曲募集ページだった。

 自作楽譜と音源を合わせて応募し、優秀作品は賞金の付与と公刊譜としての発売が成されるとのこと。

「――ハードル、高くないですか?」

「どうせやるなら、目標は高くしないとね」

 締め切りは7月中旬であり、半年近く猶予はある。

「琴音はまだ1年生だし、基礎固めした方がいいから、演者は私と千果の二重奏でどうかしら」

「え、私、就活があるんだけど」

「次の定期演奏会も2人で出演するのなら、就活終わった後のリハビリには丁度いいんじゃないかな?」

「就活が終わる保証は?」

「それまでに確実に終わらせるつもりで、就活すればいいんじゃないかな?」

「おぉぅ...」

 可愛い後輩の想いに応えたい。

 天音の純粋な気持ちに押し切られる形で、千果は首を縦に振った。



 幾度も練習を重ねて完成した楽曲に、3人は耳を傾ける。

 曲名は”水面花火”。

 16分で刻まれるスクイ爪のリズムに、ピンと張った絃―箏の龍角と柱の中央部―を箏爪を付けていない左手で弾くピッチカートの優しい音は、ポツリポツリと連続して天より降り注ぐ雨粒が地表の水面と衝突する音、それと同時にふわりと広がる、まるで乱れ撃たれた花火のような波紋を表現する。

「いいんじゃないかな?」

「うん、優しいけど力強さもある、いい曲だと思う。千果のミスも目立ってないし、これが完成版でいいと思う」

「厳しい......」

 4分半程度の短い楽曲に、琴音はイメージする雨、そして水の循環が詰め込んだ。

 ひとつひとつは小さくか細いものであったしても、染み渡り目で目に見えなくなったとしても、やがて一つに交わり合い、大地に生命の営みを生む。

 別の場所に降り注いだ雨粒も時間をかけて集合し、一本の力強い大河となる。

 人の繋がりも同様。

 この場に集う面々は、偶然の積み重ねによる出会いが繰り返され、かけがえのない人間関係―交流・人脈―となる。

「結果がどうなるかは分からないけど、ワクワクするね。今度は琴音も一緒に弾けるといいな」

 学内で進学する天音、進級する琴音、卒業し社会に出る千果。

「そうなると、私も練習、頑張らないとですね」

 それぞれ違う立場に降り立っても、花火のように広がる波紋はやがて重なり合う。

 ひとつひとつは小さくとも、やがて大河のような力強さとなる。

 ぽつぽつ、ぽつぽつ。

 こつこつ、こつこつ。

 その瞬間は例え目立たず小さかったとしても、3人はそれぞれ、今日も着実に前進した。

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