エピローグ
思い出は共有するものであり、未来は創造するものである。
一歩一歩の積み重ねは絆の深さと比例し、長きに渡る人生の土台となる。
千果と天音。
互いの人生に欠かすことのできないピースを得た2人は、ささやかな幸せを噛み締めていた。
【エピローグ】
千果と天音の二人による箏曲同好会は、箏曲教室の"お弾き初め"を最後に活動休止となり、年度末をもって正式に廃部とされた。
以降の二人は吹奏楽部の部長と、一部員として練習に励み、山澤洋之作曲の「百合は白く、そして気高く咲き」で臨んだ西関東アンサンブルコンテストは2年連続の"ダメ金"で、最上位大会への進出は叶わなかった。
新入部員を迎え入れて臨んだコンクールは無事に県コンクールこそ突破し、西関東吹奏楽コンクールでは前年銀賞から金賞へと着実な成長を見せたものの、またも"ダメ金"に終わり、千果が部長として掲げた"東日本金賞"の目標は果たせないまま、次代へとバトンを繋ぐこととなる。
「ねぇ、志望校に揃って合格したら、一緒の部屋に住もうよ」
「いいね、楽しそう」
部活動の傍らで取り組み続けていた受験勉強も、天秤の片方の重りが取り除かれた分だけ比重を増し、二人で決めた理系学部への進学を第一目標とする日々が続く。
「変わらんねぇー。アツアツなこって、うー胸焼けするー」
日々の生活の軸は変わったが、変わらないものもある。
県内大学へ進学希望の薫は、眼前で仲睦まじい様子を見せびらかす二人に向けて悪態をつき、胸元を擦る。
文系進学と理系進学、受験に必要な科目こそ違えども、図書室で参考書を広げては一緒に勉強する時間を作っていた。
「ほらそこ、イチャイチャしない!」
「うっ...」
最も、自宅で勉強会を開けば全く自制が聞かず、事情を聴いた薫が監視役を申し出たからこその状況だが、横並びに座る千果と天音が机の下で手を触れあうなどコソコソ"致す"状況に、薫は心底呆れていた。
一人の精神力をいくらか犠牲(当人から見れば拷問レベル)にした甲斐もあってか、二人は揃って志望校の学部(学科は別)に合格し、以降は共同生活を送ることとなる。
夜も更け行く中、千果と天音は共同生活を送る部屋にアルコールとつまみを広げ、思い出話に花を咲かせていた。
共に地元山梨県を離れてから、もうすぐ4年となろうとしている。
自分たちの周辺環境が目まぐるしく変わる中でも、その隣には常にパートナーの姿があった。
「今思えば、せっかく離れたのに、何でワザワザ"三曲"に入ったんだろう」
「確かに、不思議だよね」
大学生活の醍醐味の一つといえば、サークル活動だろう。
テニスや専攻学問に特化した定番サークルを差し置き、千果と天音が入ったのは"三曲研究部"という、箏、三味線、尺八を主軸とした和楽器による合奏サークルだった。
「あれだけ嫌になっていたのに、環境を変えれば急に恋しくなって」
新天地で送る生活へ地元に置いてきたものを再び取り入れたのは、自分のルーツを見直すためだったのかもしれない。
気が付けば、ほんのひと時を過ごすどころか、卒業までの4年間で勉強、バイトと並ぶ生活の軸となってしまっていた。
「でもおかげで、今の研究生活にも活きている気がするよ」
「ホント、寝る時くらいしか家に帰って来ないんだもん。研究室でごはん作って、食べてきちゃうことも多いし」
千果は少しだけ拗ねたような表情を見せる。
研究棟内には多少なりと自炊できるスペースがあり、天音はそこでささっと作って済ませてしまうことも多い。
「た、たまには家で食べてる」
最も、千果が手の込んだ料理を毎度作る一方、天音は所謂"ズボラ飯"が基本であり、家事スキルもそっくりそのまま、といった具合である。
「私が就職したあと、大丈夫かちょっと心配だよ」
大学生という身分も間も無く返上し、二人はそれぞれ別の道を進むことになっており、千果は食品メーカーへ就職、天音は大学院への進学を決めた。
天音は入学以降も成績優秀者として君臨し、3年生で研究室に配属されて以降もサークル活動やバイトとの三足の草鞋を見事に成立させ、幹事代の終了後は研究室に籠って太陽の光を浴びない生活を満喫しており、そのまま学問の道を進み続けることを志望している。
二人は卒業後も暫くは同居生活を続ける予定だが、千果の配属先次第では居を移すことになるだろう。
「......あれ、今日は付けてくれてるんだ」
千果は天音の左手小指に、お揃いで買ったピンキーリングがはめられていることに気が付く。
普段は薬品を扱うからと外して、ネックレスにしていることが多い。
「今日はデータ整理が殆どで、手を動かさなかったから」
天音の少し照れた顔は、アルコールも混じってやや紅潮している。
「――ふふん♪」
千果は不意に立ち上がって小物入れからリングを取り出すと、上機嫌で自身の左手小指にはめる。
「おっそろ~」
「はいはい、そうだね......もう、酒臭い!」
天音から見て左手をこれでもかと見せつけたと思えば、猫のように身体を近付け甘えて来る。
同居して予想外なことがあったとすれば、千果の酒癖の悪さだっただろうか。
もちろん、飲酒が認められる年齢以前に把握することなどできないのだが、千果はそれほどアルコール耐性があるわけでもないのによく呑み、感情のリミッターが外れやすい。
都度、抱きついてきては、人の目を盗んで"求めてきてしまう"のだから、パートナーとしては困ったものである。
「大好きだよ~」
人の幸せは右手小指から入り左手小指に抜けると言う。
左手小指に指輪をはめる意味は、人との絆を深めること、そして今の幸せを守ること。
もしかしたら将来、別に最高のパートナーを見つけるかもしれないが、それまでは、そしてその後も。
「(やれやれ)」
天音は小さく嘆息し、千果の鼻頭に口づけする。
「えぇ~、そこ~」
「だめ、酒臭いし。おあずけ」
膝の上で駄々をこねる千果の頭を撫で、天音は優しく微笑む。
「私も、大好きだよ」
「...えへへ」
例え距離的に離れることがあったとしても、自分たちは一緒に在り続ける。
千果と天音は、互いの心にそう誓い、刻み合った。
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