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天音いろ  作者: 今安ロキ
本編
18/21

終わり、それは始まりの合図(前編)

西関東吹奏楽コンクールの後、吹奏楽部は千果を中心とした新体制に切り替わり、新たな目標に向かって邁進することとなる。

これまで遠ざけてきた責任に目を回す日々を送る中、千果は箏曲同好会としての活動にも精を出し始める。

天音とともに出演する箏曲教室の"お弾き初め"に向け、千果は古典器楽曲"六段の調"の練習を始める。

Chapter.17 終わり、それは始まりの合図(前編)


 始まりとは、何らかの終点の直後を表す言葉。

 終わりとは、何らかの始点の直前を表す言葉。

 どちらも連続する事象の区切りを示す言葉として現在から見た過去、あるいは未来を表現しており、ベクトルが違うだけで表す時間軸は殆ど変わらないのだろう。

 ただ、あくまで連続するのは日々経過していく時間や組織であり、人や体制は切り替わるものである。

「え、えーと、そ、それでは、会g――いや、ちが、み、ミーティングを開始しましゅっ!」

 音楽室はいつもの吹奏楽部の活動のように机が端に寄せられ、合奏形態に椅子が並べられている――訳でなく、通常の授業形態のままとなっている。

 黒板前の壇上には明らかに緊張の色を隠し切れておらず、未だに場違い感すら漂わせる小柄な少女が立っていた。

「ほら、腹くくったんだろ、しゃきっとしなよ!」

「ひゃうっ!」

 挙動不審を絵に描いたような背中を中学からの友人が思い切り叩くと、すこし猫背気味になっていた背筋がピンと伸びる。

「(頑張れ)」

 助けを求めるように視線を向けた先から、親友が小声のエールを送ってくる。

 壇上の少女は大きく深呼吸すると、音楽室に集まった吹奏楽部員に向けて声を発した。

「改めて自己紹介します。吹奏楽部の部長になりました、山中千果です。これから1年間、よろしくお願いします!」

 今度は噛まずに言えたのも束の間、最敬礼した勢いで教壇に頭をぶつけてしまい、鈍い音が部員たちの耳に届く。

 拍手の準備を整えていた部員はそれぞれ、手を前方に出したり、啞然または苦笑を隠そうと口元を隠したり、見ていられないと目元を抑えたり。

「......痛い」

「はい、じゃあ私から」

 先程、千果の背中を思い切り叩いた張本人が悶絶する千果の横に立ち、半ベソをかく頭を撫でながら口を開く。

「副部長になりました笠原薫です。部長がこんなんだから先行き不安かもしれませんが、旗印がある程度アホっぽくても周りがしっかりしていれば、組織として成り立つと思います。みんな一丸となって、1年間頑張っていきましょう」

 薫の口上に、音楽室は「おぉ~」と感心の拍手が沸き起こる。

 実際、次期部長の椅子には薫が座ることが確実視されていたが、県コンクールに向けた練習期間から夏休み中の急成長を受け、前部長の愛美はその意外性にも賭け、千果を後継者として指名する。

 当然、千果は話を受けた瞬間からあからさまな狼狽を見せたが、ポスト部長の最有力候補だった薫の他、他ならぬ天音の後押しもあり申し出を受け入れることとなった。

 ぶつけた場所を照れくさそうに撫でながら姿勢を起こし、千果が部員に視線を戻す。

「今年、私たちは"ダメ金"常連の壁を超えて、西関東に進むことができました。でも、東日本への壁は考えていた以上に高くて険しいものだとも分かりました」

 語り掛ける表情は先程までの頼りなさを感じさせず、前の、さらにその先を見据えている。

「"一日でも長く、一歩先へ、一つでも上へ"という愛美先輩の方針を引き継ぐだけでは、求めている高みに届きません。そこで、私から提案です。これから1年間の活動目標として、東日本金賞を目指したいと思いますが、いかがでしょう」

 文末こそ問い掛けではあったが、千果の言葉は疑問形ではなく事実上、断定だった。

 千果の目からも、部員たちの瞳の色が変わっていく様が見て取れる。

 皆一様の手応えを感じていただけに西関東"銀賞"の悔しさはひとしおで、下級生たちはコンクール終了後の虚無感を感じることなく、日々練習に熱を込めていた。

「決まりみたいだね、千果――いや、部長」

「そうだね、副部長」

 幹部2人は互いに頷き合い、1年間の活動目標が決定される。

 これまでは有志メンバーで参加してきた県アンサンブルコンテストにも全員で複数チームを編成し、部内コンテストを突破したチームが出場することとなった。

「旗印はアホっぽい方がいい」

 これまで金賞取得実績はあるものの、県大会を突破できない中堅からやや弱小寄りの学校が掲げるには、B編成最上位コンクールとなる"東日本金賞"を目指すなど大それたことだっただろう。

 だが、薫がそう表現したように、大それた目標を掲げるならば、その最先頭に立つリーダーにもある程度の向こう見ずさが求められ、今の千果は最適な存在と言える。

「改めまして......1年間、頑張っていきましょう!」

 千果の掛け声に、部員一同が元気よく応える。

 3年生が事実上引退してやや寂しくなった音楽室は、コンクール前と変わらない活気に包まれた。



 新体制の滑り出しは上々と言えるだろう。

 3年生が抜けて20人となった吹奏楽部は少人数だけに楽器編成でゆとりはなかったが、楽器編成に厳密な指定のないフレキシブルアンサンブル曲を活用して、アンサンブルコンテストに向け3チームに分けられた。


・管打八重奏「百合は白く、そして気高く咲き(山澤洋之作曲)」

・管打八重奏「風の詩(福島弘和作曲)」

・木管四重奏「落ち葉の舞う季節(渡部哲哉作曲)」


 何れも挑戦的な選曲であり、部員一同の高い士気が伺い知れる。

「文化祭はこの3曲に加えて、3年生も入れた"帆を揚げて"と有名どころ何曲かを入れれば、十分でしょ」

 土曜日午前のチーム練習後、千果と薫は音楽室に残り、今後のスケジュールを確認しつつ自身の練習状況を考えていた。

 部長の仕事をこなしながら自身の練習をしなければならず、県コンテスト本番が12月だとしても、残された猶予は殆どない。

「そうだね。あー、思っていたよりも時間がないなぁ」

 千果は自身の手帳―1月のページ―に記された"お弾き初め"の文字をなぞると、マリンバの練習に集中する天音の姿へと視線を移す。

 県コンクールを経て母の承諾こそ得られたものの、天音の理系進学希望に端を発した月見里家内の問題が完全に解決された訳ではない。

 依然として祖母を始めとした門下生からの反対を受け続けており、天音は進学への影響こそなくなったものの、どこか釈然としきれない毎日を送っていた。

「ねぇ、私と一緒に演奏する姿を見てもらうのはどうだろう」

 天音に声をかけたのは、他ならぬ千果自身。

 自身が部長を引き受けるまでに背を押してくれた恩返しに、もうひと働きできればと考えてのことだった。

「でも、何を弾く?まだ弾ける曲も少ないし...」

「"六段の調"なんてどうかな?」

「え?」

 千果の練習曲はいつも、天音から提案されるものばかり。

 それ故、まさか千果から曲名が出てくるとは思っても見なかったこともあり、天音は咄嗟の反応が遅れてしまった。

「"六段に始まり、六段に終わる"でしょ?私のように始めたばかりの人もいれば、演奏をキッカケにして卒業する人だっているハズだよ。まだ反対されているんだろうけど、そのままじゃ嫌なんだよね?キチンと思いを伝えようよ!」

 最終的には千果の勢いに押し切られる形で演奏曲が決まり、師範との相談により発表の場は年始の1年の上達を祈念する"お弾き初め"の場と決まった。

「あぁ......」

 机に突っ伏す千果の姿を眺めて、天音は苦笑する。

 確かに初心者の手ほどき曲としても"六段の調"は用いられるが、楽器を初めて1年にも満たない演者が弾くにはなかなか一筋縄ではいかない難度である。

 加えて箏曲部の部室があった旧校舎部室棟は既に解体されてしまっており、練習環境も良好とは言えず、言いだした当の本人は心の片隅で後悔の念を滲ませていた。

「それじゃ、今日はこんなところかな。先生には私から伝えておくから、箏の練習も頑張りな。天音、千果をよろしくね」

「もちろん」

 薫は音楽室の鍵を閉めると、何故か涙目の千果を天音へ明け渡す。

「千果、行こうか」

「......うん」

 天音の手には音楽準備室と和室の鍵が握られており、これから"箏曲同好会"としての活動が始まることを物語っている。

 千果自身、同好会の活動には前向きなのだが、如何せんその練習スタイルに気乗りできないでいた。

 和室とはいえ長時間、未だに慣れない正座を強いられるだけでなく、対面形式で本格的な指導をする天音は中々のスパルタ気質だった。

 夏以来、本格的に天音を"パートナー"として認識し始めてしまった千果としては同じ空間に2人きりで居られることを喜んだが、それを上回る苦痛にも苛まれていた。

「今日はどんな対策を用意したの?」

 天音が心からの笑顔を千果に投げ掛ける。

 これまで同世代に楽器を教えることなどなかったこともあり、彼女は千果への指導を心から楽しんでいるようで、千果としては想い人の心躍らせた無邪気な笑顔を見られて幸せなのだが、同時に悪魔の微笑みとしても瞳に映っていた。

「......バファリン」

 千果は悲喜こもごもの感情を整理できないまま、和室という拷問部屋に吸い込まれていった。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19372796

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