共に歩む、その始まりを(前編)
県吹奏楽コンクール"ダメ金"常連を返上した千果たち吹奏楽部は、夏休み明けに行われる上位大会"西関東吹奏楽コンクール"に向け、夏合宿での更なる成長を目指していた。
合宿所を訪れた千果は、で中学時代の後輩―水田舞莉―と再会する。
Chapter.14 共に歩む、その始まりを(前編)
ジリジリと照らす太陽光。
盆地に溜まった湿気も合わさり道行く人々の不快さを増す熱源も、所変われば爽やかな光源へと姿を変える。
「いや、ホント。甲府の暑さと比べたら同じ山梨県内とは思えないよね」
夏服に野暮ったい長そでジャージを羽織り、千果はうんと伸びをする。
眼前では太陽光がキラキラと反射し、湖面に僅かなさざなみを生じさせるそよ風が心地よい。
「ほら、ちゃっちゃと荷物を降ろしちゃうよ!」
「はい!」
部長の指示を受けて部員が忙しなく動き回る。
多忙を極めた7月のスケジュールを消化したのも束の間、千果たち吹奏楽部は湖畔の合宿施設を訪れていた。
心地良い気温は標高300m前後の甲府市内に対して山中湖は1000m付近に位置していることに由来する。
一般的に標高が100m上がるごとに約0.6℃下がるとされ、これだけでも単純に4.2℃は気温が下がる計算である。
加えて、湿気の溜まりやすい甲府盆地と異なり山風が駆け抜ける山中湖は、夏の平均気温も20℃前後とすごしやすい。
「時間は限られるんだから、無駄にしないようにね!」
やる気に満ちた部長の声を受け、流れるように備品が合宿所へと運び込まれていく。
吹奏楽部が合宿所を訪れた理由はもちろん、取り組む楽曲の練度向上である。
「せっかく"県"を勝ち抜いたんだから、西関東でも納得のいく演奏をしよう!」
楽な服装に着替えたあと、練習場所となる大部屋に合奏準備を整え集合すると、部長が壇上で部員たちを鼓舞する。
千果たち吹奏楽部は遂に"ダメ"返上に成功し、9月の西関東吹奏楽コンクールへと駒を進めることに成功を果たしていた。
「頑張らないと...!」
「千果、やる気満々だね」
気合を入れ直す千果へ、隣に座る薫が感嘆する。
これまで主体的な姿を見せてこなかったこともあり、薫の眼から見て、千果は月見里天音と出会ってから見違えるほど人間的な成長を遂げており、直近では過去に例のない程の意欲的な姿が見られていた。
もっとも、やる気に満ちた姿は千果に限らず、部員全員と言っても過言では無い。
"ダメ金"常連が祟って例年では予定に組み込むことさえなかった夏合宿を自分たちから申し出たことが、その証明であろう。
「コンクールは勿論だけど、なんてったって天音とお泊りできるからね!」
「......あっそ」
薫は呆れ交じりに溜め息をつくと、後方のパーカッションパートを視界の端に捉える。
「だって、これまで部活に入ったことないって言ってたし、当然合宿だって初めてでしょ。ほら、天音だって凄くウキウキしてるよ」
シロフォンの後方には県コンクールの頃と同様に天音の姿があるが、薫の瞳にはただ真剣に、譜面をなぞって確認しているようにしか見えなかった。
もともと天音は表情のバリエーションが少ないこともあり、もはや千果にしか微細な変化は分からないのかもしれない。
「改めてだけど、注意事項ね!」
部長に代わってギプスの取れた恵梨が壇上に上がり、全員が注目する。
本来のシロフォン担当だった彼女はケガこそ癒えたものの「演奏の質を変える訳にはいかない」と天音に任せ、自身はマネージャーとして部全体のサポート役を買って出ていた。
「急なお願いを受け入れてもらった都合、この合宿所には同じスケジュールで別の学校の吹奏楽部も泊っていて、別棟で練習を行っています。食堂や大浴場は決められた時間しか利用できないから、スケジュール確認を怠らないように。それから――」
部長を始め、演者が演奏に集中できるようにとの計らいでもある。
結果がどうなろうと、後悔だけはしないように。
帆船の乗組員たちは、羅針盤の指す方位を一寸の狂いもなく捉えていた。
合宿と日常の練習の何が違うのか。
一つ確実なことがあるとすれば、即ち環境の一言に尽きる。
西関東吹奏楽コンクールへの出場を決めて以降、吹奏楽部は依頼演奏もこなしながら日々、音楽室へ参集して1日練習なども経験してきたが、登下校や周囲の喧騒など、所詮は日常の延長にすぎない。
場所を変え、施設への泊まり込み、外部講師による指導という非日常性は、部員たちの集中力をより研ぎ澄ませ、2泊3日のスケジュール初日の夕食時を迎える頃には皆一様に疲れ切っていた。
「ふぃー...」
あてがわれた宿泊部屋に戻ると、千果は部屋の隅に畳まれている布団へ真っ先に飛び込んだ。
「ほら、荷物置いたら食堂に急ぐよ」
「いでっ.......ひ、ひきずら!痛い!」
部屋リーダーを担う薫が足を引っ張ると、千果は勢いよく顔を畳に打ち付ける。
「......ふふっ」
一連の流れを眺めていた天音が思わず声が漏れ出し、微笑を浮かべる。
「天音、やっぱり楽しそうだね」
「そう?」
ぶつけた場所を擦りつつ、ルームメイトと揃って食堂へと向かう道すがら、千果は天音の表情を覗き込む。
「宿泊学習とか修学旅行で学校の同級生と泊まることはあったけど、部活の合宿は初めてだからかな」
「ワクワクしてるんだ。なんだか嬉しいなぁ」
「どうして嬉しいの?」
天音は首を傾げ、千果は満悦な様子で笑みを浮かべる。
「私も今までは、合宿とかでワクワクしなかったけど、今回は凄く楽しいんだ。天音が私と同じことを同じように楽しいと思ってくれること、それが嬉しい」
饒舌に天音へ語る千果の様子を、一緒に歩く葛城晴香を始めとする他の部員がやや驚いたような表情で見守る。
これまでも天音のこととなると、普段の千果からは想像できないような言動をとる様子は周知の事実となっていたが、あくまでもスポット的な出来事に留まっていた。
「ねぇ、薫。あの2人って何だか近すぎない?」
あまりにもオープンで好意を丸出しにする姿は合宿という非日常がもたらす珍事ではないのかと、目を見開く始末である。
この様子を比較的知っている方の晴香ですら、違和感を覚えていた。
「見慣れた私としては、変わらない日常だよ」
「そうなの?」
「あの甘ったるい空気を、全身に浴び続けているの。ほんと、胸焼けしちゃう」
薫は胸を擦ると、最後尾からルームメイトたちに溜め息を投げ掛けた。
千果たちが食堂に着くころには、他の吹奏楽部員だけでなく同じ合宿所を使用する他校の吹奏楽部員も集まり、室内は大いに賑やかになっていた。
配膳口から食事を受け取ると、予め自分たちのスペースとして区画分けされていたスペースに腰を下ろす。
「どこの学校だろうね」
「鎌倉って書いてあったし、神奈川県じゃないかな」
「神奈川かぁ」
隣に座る天音との他愛のない会話の中、千果は中学校卒業とともに神奈川県へと引っ越した後輩―水田舞莉―のことを思い出していた。
「どうしたの?」
「いやぁ、クリスマスコンサートに来てもらったことあったじゃない?その時にあった私の後輩のこと、覚えてる?」
「あぁ、ちょっと変わった子だよね」
天音が記憶を探り当て、思わず苦笑する。
「私を見て、自分のことを"過去の女"とか言っていたよね」
「そうそう、面白い子だよ。神奈川に引っ越したハズだからね、ふと思い出したんだ。元気かなぁって」
「元気ですよぉ~」
千果と天音の間から"ヌッ"と顔が現れ、2人それぞれに笑顔を振りまく。
「うわっ」
思わず距離をとる千果と、凝視する天音。
両極端な反応をとる2人に、舞莉はケラケラと笑い声をあげる。
「舞莉じゃない、久し振りだね」
「お久し振りです、先輩もお元気そうで」
正面に座る薫に対して、舞莉は打って変わって真面目な受け答えに変わる。
さすがに"部長"の座を引き継いだ相手ともなると、飄々とした態度でもいられないらしい。
「通っている学校が鎌倉にあるの?鎌倉って、鎌倉幕府の鎌倉?」
「鎌倉大学附属高校ですよ。で、その鎌倉で合ってます」
「鎌倉に人って住んでるんだね......社会科見学で行った観光地のイメージしかないや」
「それなりに住宅地もありますよ~」
千果との旧交を深める中、舞莉がふと天音に視線を移す。
「クリコンの時に箏を弾いていた方ですよね?」
「えぇ、あの時に少しだけお話したわね」
「覚えていてくれて嬉しいです。吹奏楽部に入ったんですね、"正解"ですよ」
「正解?」
舞莉の言葉に、天音が首を傾げる。
入部の選択に対して、これまで間違えたという認識がない点では確かに"正解"だろう。
「先輩が箏で合奏に加わった姿を見て、吹部に入ったらいいのにって、素直に思ったんです。だから"正解"です」
「は、はぁ」
舞莉の理論に、天音の返答がややぎこちなくなる。
彼女の独特な言い回しなのだろう。
「千果先輩と薫先輩......というか、そちらの吹部は今日この後、どんな予定ですか?」
「こっちは基本、自由練習の時間だよ」
「うちもです。よかったら、軽くセッションしませんか?」
「いいよ」
「やった!じゃあ、また後で」
舞莉は小さくガッツポーズすると、小走りに自席へと戻っていく。
「何か、不思議な子だね」
その背を追って、天音がポツリと漏らす。
「変わっているとは思うけど、基本はいい子だよ」
独特の雰囲気に天音は面食らったようだが、千果は時に気にすることなく、味噌汁をズズっと吸った。
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