声として伝え、伝えられる時(中編)
千果の後押しで一歩踏み出したことにより、これまで従順に箏を弾き続けてきた娘の"反抗"に困惑し、天音とその家族との間柄に亀裂に生じてしまう。
なかなか解決の糸口が見られないわだかまりを解決策を探し、千果は頭を抱えていた...。
Chapter.11 声として伝え、伝えられるとき(中編)
天音が帰宅し、月見里家で"冷戦"が始まったであろう頃合い。
山中家の食卓では、家族4人が集まる夕食時となっていた。
「――ってことがあってさ」
「んー、難しい話だな」
商工会議所で勤務する父親が腕を組み、暫し考えを巡らせる。
「県内で家族経営の小企業で後継者不足が深刻化しているのは事実だ。若者は地元を離れているし、この土地に根付いた生活を送ってきた高齢者としても、このままでは地域社会が廃れてしまう危機感を覚えているんだろう」
「そうねぇ...、以前と比べたら明らかよね」
弟が中学生になったこの春を気に、近くのスーパーでパートタイマーとして働き始めた母親も、肌で感じるものがあるのだろう。
「伝統芸能の指導者ともなれば演奏家も兼ねるだろうけど、収入面では厳しいとしか言いようがない。衰退する産業を支える人物――この場合はその箏曲教室の会員から見れば、月見里さんの存在は光り輝く希望だったのだろうね。お婆様の考えも決して、単なる身内自慢ではないだろうさ」
「でも、他所の家のことだから、とやかく言っていいことではないわ。分かっているわね?」
「それは薫にも言われたし、分かっているつもり」
千果はカボチャの煮付けを箸で割り、口元に運ぶ。
「まぁ、何かあったらそっと背中を押してあげたらいい。決めるのは本人でないといけないから、それだけ留意していればいいさ」
「うん、そうするよ」
千果はアドバイスを素直に受け入れると、ふと沸き上がった疑問を口にする。
「私が地元を離れて東京の大学に行きたいって言ったら、みんなは何て言う?」
千果は言いながら徐々に心臓の鼓動を上げ、恐る恐る返答を――
「いいんじゃないか?頑張りなよ」
「へぇ、千果もそんな考えを持っていたのか」
「え、姉ちゃん一人暮らしするの!?」
――待つことなく即答されるとは思いもよらなかったため、口に含んでいた味噌汁を思わず吹き出しそうになる。
「えっ、えっ、いいの?」
「いいよ、どんどん挑戦して欲しい。地元出身でここから離れたことのない親の言う事じゃないかもしれないけど、若いうちに色々な経験をした方がいい。地元でしかできない経験もあるだろうけど、ここではできない経験が他所にはある。まぁ、親としては寂しくはなるがな」
「むしろ、千果からそんな意見が出るとは思わなかったわ。いつも薫ちゃんの背中に引っ付いていたのに、あなたも大人になったのね」
家族によって形や考え方はそれぞれ。
「天音の考えもちゃんと伝わって、上手くまとまるといいな」
千果は万事が穏便に解決することを願いつつ、生来飲みなれた味噌汁の味を楽しむ日々がもうすぐ終わるかもしれない事実に、少々の寂しさを覚えた。
千果や薫の願いも虚しく、月見里家の冷戦は深刻化の一途を辿った。
この日の昼食には薫がパート練のために不参加で、箏曲部の部室には"箏曲部員"を兼ねるようになった千果と天音の2人だけ。
せめてもの抵抗とばかりに箏曲部を兼部することにしたが、部員数が足りない事実に変わりはない。
「はぁ...」
天音の溜め息は何にも掻き消されることはなく、千果の耳に直接飛び込んでくる。
「大丈夫?」
「うん......何とかしなきゃいけないのは、分かっているんだけれども」
引き返すポイントを見失った両者の争いは泥沼化して食事時以外は顔を合わさない日々が続き、中間テストを終えた現在でも解決の糸口を見いだせないでいた。
これまで疑問を感じることなく家族の言うことに従ってきた時期が長く、一度対立すると互いに引っ込み所が分からないということが本音である。
特に妥協を許さず物事に取り組んできただけに、折衷案を探ることについては不得手と言っていいのだろう。
それでも時間的猶予は極めて短い事実は変わらない。
部室棟は間も無く閉鎖され、天音の練習環境はなくなってしまう。
それまでに何らかの手立てを施さないと、月見里家の家庭内環境が目も当てられない状態になるかもしれない。
天音もそれが分かるだけに、千果の問いに歯切れの悪い返答しかできなかった。
「そういえば、天音の"先生"はどんな考えなの?」
「え?」
千果の素朴な問いに、天音は"意表を突かれた"とでも言いたげな表情を見せる。
「天音の周りは箏の教室を引き継いでほしいって思っているようだけど、そもそも先生が同じような想いを持っているのかなって」
「......聞いたことなかったな」
天音にとっての"先生"は師範代として楽器の指導をする存在であり、数少ない年若い門下生として実の孫同然に可愛がってももらえている。
物心が付いて以来、長い期間に渡って指導を受け続けてきたが、自身の将来について意見を求めたことはなかった。
「聞きに行っちゃう?」
「えっ...」
千果の提案に、天音は深く考え込む。
楽器の師匠はもう一人の"親"と言ってもいい存在であり、気軽に意見を求めるのはどこか憚られる思いもあった。
ただ、現状を打破するためには必要な手段かもしれない。
「......一緒に来てくれる?」
天音の求めに、千果の答えは一つだった。
「まぁ、何かあったらそっと背中を押してあげたらいい。決めるのは本人でないといけないから、それだけ留意していればいいさ」
千果の脳内に、父の言葉が反芻する。
天音の進みたい道を応援する役は、今の自分にしかできない仕事だろう。
「いいよ」
スマートフォンを取り出し"先生"へ連絡を入れる天音の様子を眺め、千果の決意はより強固なものとなった。
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