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天音いろ  作者: 今安ロキ
本編
11/21

声として伝え、伝えられる時(前編)

どこか物憂げな天音と、その真意を聞きたくても聞けない千果。

2人は薫の後押しを受け、互いに知己を得るきっかけとなった喫茶店へと足を運ぶ。


天音の家族と自身の未来に対する思いを聞いた千果は、彼女が前に進めるようにと後押しする。

Chapter.10 声として伝え、伝えられる時(前編)


 昼間の暑さは太陽が山影に隠れるのに合わせて徐々に和らぎ、山肌に沿うよう吹き降ろす風は道行く人にやや肌寒さすら感じさせる。

 空調の効いた室内から外が暗くなっていく様子を横目に見ながら、千果と薫は天音の言葉を一言一句逃さないよう耳を傾ける。

「私が箏を始めたキッカケは、祖母と母が揃って箏曲教室に通っていたからなの。祖母は箏の先生と古い馴染みで昔から、母もその影響で小さな時から続けていて、私も当然のように習い事として通うようになったわ」

「へぇ、3代続けてか、凄いなぁ」

 千果は自分の両親が子供の頃に何をしていたかなど、気にも留めたことは無い。

 唯一知っているのは、両親の出会ったキッカケが大学のハイキングサークルということぐらいだ。

「教室に通う人の年齢層も高くて、皆に可愛がってもらえたのもあるかな。私みたいに小さな子は他に葛城さんしかいなかったし、途中で辞めちゃったからね。新しい曲が弾けるようになったら褒めてもらえたのも嬉しかった。何より、皆が喜んでくれたから私もどんどん練習するようになったし、運良く賞を貰う事もできたわ」

 国際的な文化交流が進む中、日本の伝統楽器に触れる機会は必然的に減っている。

 当然、習い事として教室に通う子供の数は少なく、親族に楽器経験者がいない限りキッカケすらないまま一生を過ごすこともあるだろう。

「私が頑張れば頑張る程、周囲が私にかける期待値は上がっていく。より高く、更に上へ。それでも、私は皆が喜んでくれることが嬉しくて練習を続けた」

 伝統芸能に限らず地域産業の後継者不足は顕著であり、高齢化が進む箏曲教室の会員が"箏曲演奏家"としての天音に過剰な期待を寄せるのは無理もない。

「でも、中学校に上がったくらいだったかな。進路調査をキッカケに自分の将来を考えた時、箏を弾き続ける未来に不安を感じたの。楽器を弾くことが好きなのは変わらないけど、弾いている曲は自分が本当に弾きたいものなのか、弾いている楽器は自分にとって本当にやりたいことなのか」

「天音はどんな曲を弾きたいの?どんなことをしたいの?」

 千果の問いに、天音は悩む素振りを見せる。

「先生や祖母から勧められた昔の曲ばかり弾いていたから、私たちくらいの年齢でも楽しめるような曲を弾いてみたいな。文化祭や部活紹介で弾いたような曲なんだけど、この前に教室の勉強会で"弾き方が雑になった"って先生から指摘されてね。やっぱり、プロには分かっちゃうんだろうな。やりたい事についてはハッキリしていないけど、音楽の勉強よりも化学や生物の分野に進みたいと最近では考えるようになった。それも地元じゃなくて、東京で」

 天音は自嘲気味な笑みを浮かべ、殆ど残っていないアイスコーヒーに口を付ける。

「練習にも徐々に身が入らなくなっていて、正直、期待を掛けてくれる祖母や母のいる家で楽器を弾きづらいの。中学の終わりの頃は"受験勉強だから"と言い訳してきたけど、練習頻度は明らかに少なくなっていたわ。高校に箏曲部があったから"学校で練習している"って、これまでは隠れ蓑にできたけれども、部室がなくなったらいよいよね。続けている人から見れば、練習していない人の音なんて一目瞭然だし」

 その道に長く関わっている程、練習の量や質の差からくる微細な変化をよく捉えることができる。

 その点については、千果もそれなりの経験を積んだ同じ楽器演奏者の共通言語として認識できる。

「羨ましいなぁ」

「......羨ましい?」

 千果は眼前で悩みを打ち明ける"親友"の事が、改めて輝いて見えた。

 ポツリと漏れ出した本音に、天音が驚いた表情を見せる。

「うん、羨ましい」

 千果は小さく溜め息をつき、まるで自分に言い聞かせるように語り掛ける。

「小学生の頃に特に習い事をしていた訳でもなく、吹奏楽部に入部した目的は学年の人間関係から自分を守るため。何かに熱中したこともないし、自分のことしか考えてなかった。そんな自分が嫌になることもあったけど、惰性のまま変える努力もしなかった。ハッキリと分かったよ。天音みたいに周りの事を考えて一生懸命にやってきた姿に私は心から憧れたし、少しでも自分を変えて近付こうと思えたんだ」

「(聞いている私の方が恥ずかしいわ!)」

 千果の真っすぐな思いに、横で聞いている薫の方が恥ずかしさから顔を真っ赤にする。

 一方の天音も、何かに気が付いたように頷いている。

「......そうか、私も千果に憧れたんだね」

「え?私に憧れるようなところなんて、ある?」

 ポカンとする千果に、天音は笑いかける。

「あるよ」

「あぁ、前に"持っていないものを持っている"って言ってた、あれ?」

「そう...うん、そうだね。これまでは漠然としていたからよく分からなかったけど、今なら分かった気がするよ」

 薫から千果へと視線を戻し、引き続き頭を傾げる"親友"に語り掛ける。

「千果は、嫌な自分を変えようと動いた訳だよね」

「まぁ、そうなるのかな?」

「私は動く決心をした千果に憧れたんだ。大事なことからは逃げてばかりで、肝心なことには決心の付かない私にとって、私に突撃してきた千果は輝いて見えたんだよ」

「あぁ~...なんか、ありがとう...」

 モジモジと身悶えする千果から、薫は呆れと恥ずかしさから思わず視線を背ける。

「ごめんね、私のことで心配をかけちゃったみたいで」

「ううん、私もちゃんと聞く勇気がなかった。ごめんね」

 2人のもやもやを晴らしたところで、最寄り駅の電車の時間が近付いてくる。

 流石にこれ以上の長居は親から"お叱り"を受ける可能性を感じた一行は会計を済ませて外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「それにしても薫ってば、いつの間に天音と話す時間を作っていたの?」

「いいじゃないの、別に。私たち2人だけの会話を事細かにあんたへ伝える義務なんて、持ち合わせていないわよ」

 駅へと続く道を歩きながら、取り留めもない会話に華を咲かせる。

 その間も、天音はどこか不安げな表情を浮かべながら千果の様子を伺っていた。

「どうしたの?」

「いや、何でも...ううん、私も動かないといけないよね」

 天音が立ち止まり、何かの決心を2人に伝える。

「一度、親としっかり話してみようかと思う。私は音楽の勉強よりも、地元を出て研究者の道に進みたいって、伝えることにするよ」

「いいと思う、応援するよ!」

 どこか不安げな様子を見せる天音も、千果のエールでいくらか表情を和らげる。

「いい画だ」

 薫は一歩後ろに下がり、電灯直下に差し掛かったタイミングで互いに微笑み合う2人の様子を写真に収める。

 会話をするようになってからまだ半年程度というのに、2人は互いになくてはならない存在になっていた。



 決心のついた天音の行動は極めて速かった。

 千果と喫茶店で話した週末には家族と進路について話し合いの場を設け、自身の考えを全て伝えたという。

「......で、こうなったと」

 この日に3人が集まったのは、箏曲部の部室ではなく千果の家。

 部活も休みで、迫る中間テストに向け勉強机に教材を広げていた薫は、千果から送られてきた「助けて!」のメッセージに呆れ、始めの内は無視を決め込んでいた。

 進学コースも文系理系で別れたことでテスト範囲も異なり、これまでのように千果は薫に理系科目を、薫は千果に文系科目の勉強を教え合う必要はなくなった。

 それでも、「早く来て!」「緊急事態だ!」と助けを請うメッセージが立て続けに着信し、とうとう根負けした薫が"どうせ英語だろう"と教材を詰めて近所の千果の家に赴くと、出迎えたのは困り果てた表情の千果と、珍しくメガネをかけ不貞腐れた表情の天音だった。

「もう、何で無視したんだよ!緊急事態って言ったのに!」

「冤罪もいい所だなぁっ!」

 薫は理不尽な物言いの千果に制裁を加えると、溜め息をつき天音の隣に座る。

「どうしたの?......まぁ、何となく察しはつくけど」

「......少しくらいは話を聞いてくれると思ったんだけど」

 返答を聞く限り、天音の考えはまるで受け入れられる余地もなかったらしい。

「まだ1回目でしょ?じっくり話し合えばいいことだと思うけど」

「それがなぁ...そう簡単な話でもなさそうなんだよ」

「どういうこと?」

 千果が促すと、天音が溜め息をつき事の顛末を話し始める。

「進路の話を家族にしてみたけど、特におばあちゃんとお母さんから真っ向から反対された。曲については"伝統を軽視するなんてもっての外で、古典芸能の継承だけを考えなさい"って。やりたい事についても"地元を離れて東京に出るなら本格的に箏曲を学ぶために音楽大学や藝術大学を目指しなさい"って。高二から理系コースに入ることをOKしたのは芸能系の学部に進学するのとは関係ないから許したけど、理系進学することも反対だって」

「うわぁ、確かに簡単じゃなさそうだ...」

 薫がこの場で聞く限りでも、天音の祖母と母は天音に"箏曲家"としての将来を期待していることは明白である。

 芸能進学を勧める立場から見れば、理系進学は文系進学以上に対極の位置に存在しているようだ。

「お父さんは私の意見を尊重したらって、言ってくれたんだけど...」

「味方がいない訳じゃないんだね。まぁ、だいぶ弱そうだけど」

 家庭内でのパワーバランスはそれぞれだが、少なくとも月見里家は亭主関白とは言えなさそうだ。

「後継者もいないから、おばあちゃんや周りの門下生の人の中には、私に通っている箏曲会を引き継いで欲しい思いもあるみたいなの。自分の事だけじゃなくて、周りのことも考えなさいって」

「その時点で周りの事を考えていないような物言いだと思うんだけどなぁ...やっぱり分かってくれていると思うからこそ、家族は別枠なのかな」

 長年に渡って考えてきたことなのだろう。

 期待に応え続けたことで想いはより膨らみ、"裏切られた"という気持ちで一杯なのかもしれない。

「私たちで、何か手助けできることはないのかな」

「家族の問題だからね、今は話を聞くくらいがちょうどいいでしょ」

「......うん」

 千果はどこか不満気だが、それ以外に術はない。

 この日から、月見里天音は人生初の"反抗期"に突入した。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19230933

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