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天音いろ  作者: 今安ロキ
本編
1/21

プロローグ

横を歩くパートナーとの出会いは、どのようなものだっただろうか。


高校で出会い、大学進学後はルームメイトとして時間を共有する女子2人。

まるで性格の異なる2人は今日も笑い合い、夜は更けていく。

【プロローグ】


 流れに身を委ねる心地良さを覚えたのは、いつだっただろう。

 私が歩んできた15年ちょっとの人生を振り返ってまず、脳内で真っ先に再生された映像は小学校での水泳の授業だった。

「みんなでグルグル回って、流れるプールを作りましょう!」

 先生の声掛けで2学年合わせて100人余りの同級生が時計回りに歩き始めると、背中を押す水の力が段々と強くなるのが分かる。

「はい、それじゃあ、みんなでジャンプしてみようか」

 先生が頃合いを見計らい合図を送ると、プールが大きな歓声に包まれる。

 思えば、海の無い山梨県の片田舎で生まれ育った地元で水遊びの場と言えば、近所にある流れの穏やかな小川しか思い浮かばない。

 大勢で生み出した初めて体験した”流れるプール”の水流は、田舎で逞しく育つ子供たちのささやかな抵抗などものともせず、小さな身体を流れに沿って悠々と運んでいく。

 今思えば体育の授業とかこつけ、教師たちは人生の先達として大勢に抗う難しさを教えようとしていたのかもしれない。

 そんな先人たちの教育の甲斐もあってか、小学校の高学年を迎える頃には、クラスを主導する訳でもなく、将又あぶれている訳でもない。

 リーダーを陰から支える参謀長でもなければ、多感な年頃の子ども社会の潤滑油としては少々心許ない程度。

 流れに逆らうことなく、無難な道を選び進む。

 笑みを浮かべ、浅すぎず深入りしすぎない距離感を保って接すれば、人を傷つけることも、人に傷つけられることも無い。

 子ども社会で中心からやや外れるものの決してあぶれていない、絶妙な立ち位置を確保し、大勢に身を委ね大河を揺蕩う葉船のように穏やかな日常を送るようになっていた。

「ねぇ、千果」

「なに?」

 真新しい制服に身を包み、新しい社会に飛び込んでもスタンスが変わることはない。

「一緒に吹奏楽部に入らない?」

 中学校へ進学早々、仲のいい―少なくとも、そう自負している―友達から部活動の誘いを受け、どこぞの世界でも2番目にすらなれるあての無い私のスーパーコンピューターは、最適解を求めて心許ない表計算ソフトに数式を入力していく。

「(吹奏楽部といったら女子がたくさんいるイメージ。興味がないわけではないし、女友達もたくさんできるだろうから、ちょうどいい)」

 打算、打算、打算、そして僅かな興味。

 99%の他力本願と、1%の好奇心。

「いいよ」

 その間、僅か3秒。

 マイナス×マイナスがプラスになると数学で習う前ではあったが、私の貧弱な脳は奇跡的に修学前の基礎学術理論を手繰り寄せることに成功する。

 吹奏楽部では中心的存在ではないが、縁の下力持ち、エース奏者を際立たせる優秀なサブとして程々の存在感を示し、いなくて困る程ではないが決してお荷物でもない。

 信頼できる”モブ”として演奏と運営の両面で下支え役に徹し、主張の少ない存在として満足のいく3年間を過ごすことで、”反抗期”と呼ばれる人生で最も多難な年頃を、少なくとも体感の限りでは穏やかに乗り切ることに成功した。

 流れ流れ、水面に揺蕩い、揺り揺られる。

 自分はこのまま流れに身を委ねるままの人生を送り、運悪く自分のような変わり者に好意を持ってしまった物好き、あるいは好意を持たれてしまった不運な人と添い遂げるのだろう。


―そんな自分に、ほとほと嫌気が差していたのだろうか―


 春は別れに始まり、新たな出会いの季節。

 中学校からの同級生もそれなりにいる高校に進学すると、女友達を確保し自分の立ち位置を早期に確立するためだけの目的で、山梨県吹奏楽コンクール”金賞”だが、上位大会である西関東吹奏楽コンクールには進めない"ダメ金"常連の吹奏楽部に入部する。

「(盤石、盤石......)」

 人数の少ない田舎の高校に進学すると、クラリネット奏者の空いた席に何の競争も無くスッポリと収まった山中千果やまなかちかは、義務教育を過ごしてきたこれまでと相も変わらない日々を高校でも送る。

少なくとも、高校入学当初はそんな算段だった。

 県コンクール”ダメ金”常連の名に恥じず、良くも悪くも安定した成績を収め続ける吹奏楽部では、程よく熱血や青春を感じさせる丁度いい熱量の日々を送り、遊びも宿題もこなしながら過ごす夏。

 環境が変わっても脳裏に浮かび続ける面白みに欠ける思考に、自身の根底を司る”心”はほとほとうんざりしていたのかもしれない。

 2度目の衣替えも終わり、盆地に冷たい空気が流れ込む秋。

 いよいよ冬の気配が見え隠れし始める時季に開催された文化祭のある出来事以来、千果の視線は自身と正反対の道を歩んできた同級生へと自然に惹き付けられるようになった。

 同級生の名前は月見里天音やまなしあまね

 少なくとも、千果が認識する上で唯一”親友”と言える人物の名前だ。

「千果、どうしたの?」

「ん~」

 出会ってから6年経った今日も、彼女は大切な友人として隣にいる。

「ちょっと天音と会った頃のことを思い出してた」

「ふ~ん。終業式の前だったよね?」

「そうそう、初めてちゃんと話したのは、期末テストの後だよ」

「......あぁ、思い出した。国語の補習か」

 缶酎ハイに口をつけ、天音は苦笑する。

「あの時か......」

「そ、あの時。ちょっとちょーだい」

 千果は天音から缶を奪い取り、呑みかけの酎ハイを飲み切る。

「冷蔵庫から出せばいいじゃん」

「よし、分かった」

 冷蔵庫から缶”2本と好物のカニカマ”を取り出し、天音に差し出す。

「折角だし、思い出話しながら一緒に呑もうよ」

「......はいはい」

 親友は呆れたようにそれを受け取り、観念した表情を見せる。

「今夜は寝かさないぜ!」

「私、実験で朝早いんだけど」

「大丈夫だよ、大丈夫。私が起こしてあげるよ」

「そう言う千果が、どうせ寝坊するんだよ」

 天音は諦めたように溜め息をつくと、賑やかな同居人に付き合い慣れた手つきでプルタブを引く。

 彼女としても”親友”に誘われては致し方がない。

 暫し時が流れれば、他愛のない思い出話だとしても、アルコールの力も合わさり花は勝手に咲き誇る。

 夜も更け逝く中、大学生2人暮らしの一室からは、静かだが賑やかな笑い声が徐々に漏れ出していった。

Pixiv様でも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19104556

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