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負け女と元カレの幽霊  作者: 葛西渚
1章 光莉
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誰も助けてくれることはない

堀口の職場はビルの六階、その隅にあった。周りの店舗とは明らかに違う、ただならぬ雰囲気がある。そして、紫をメインカラーにしたデザインに「占いの館」というストレートな店舗名は、入り口の前に置いてある案内を見なくても、どんなサービスを取り扱っているのか、想像ができた。


ちょっと近付きにくい雰囲気だが、堀口は慣れた足取りで受付の方へ向かう。受付には女性が一人。堀口の顔を見ると、笑顔を見せたが、後ろにいた私を一瞥したときは、疑うような視線だった。


「今、空いている部屋ってどこ?」と堀口は受付の女性に聞く。

「三番と五番が空いています」


笑顔に戻った受付の女性に、堀口は「じゃあ、五番を使わせてもらうね」と言って奥へ進んだ。私は女性に頭を下げつつ、堀口の後に従うが…少しだけ彼女の視線が気になってしまった。


相談室は二人の人間が向き合って座るには丁度良い広さで、無駄な装飾もない。本当に相談だけを目的とした部屋らしい。机を挟んで、堀口が奥に、私が手前に座った。椅子はとてもゆったりとしたタイプで、背中を預ければそのまま眠れそうだ。


「いつもはポーズでここに水晶玉を置いているんだ」

そう言って堀口は机の真ん中の辺りを指先でトントンと叩いた。

私は何と答えれば良いのか分からなくて「そう」とだけ答えた。

「こうやって知り合いを見てあげるってこと多いの?」


「たまに、あるかもね」

「勝手に場所使って、大丈夫?」

「平気だよ。どうして?」


「何か…さっきの受付の子、私を通すとき、あまり良い顔をしてなかった気がしたからさ」

「そう? 割りとみんなやっているけどな。特に問題になったことはないよ」


「……もしかして、受付の子と仲良いの?」

「どうだろう。普通だと思うよ。ここのスタッフは、みんな仲が良いから」


私は何を気にしているのだろう、と自分に辟易する。きっと、私は堀口に幸せであってほしいのだ。そうすれば、私の罪悪感は薄れる。だから、彼の身の回りに、幸せの欠片が落ちていないのか、拾い上げるようにして確かめている。


「じゃあ、早速視てみよう。目を閉じて、できるだけリラックスしてみて」

「うん。分かった」


私は言われるがまま、目を閉じて肩を持ち上げたり降ろしたりして、力を抜こうとした。大きく息を吐く。私はリラックス、というものが苦手で、力を抜こうと思えば思うほど、肩に力が入ってしまうタイプだから、難しかった。


しかし、妙な感覚に陥る。眠気に近いものを感じたのだ。おかしい。自分の部屋のベッドですら、寝付の悪い私が、これだけ簡単に眠たくなるものだろうか。


「大丈夫、そのまま…委ねて」

堀口が言った。

「もしかしたら、夢みたいなものを見るかもしれないけど、そのまま眺めて」


夢みたいなもの、ってなんだろう、と疑問に思ったが、それについて考えることが億劫なほど、意識はぼんやりとしていった。




夕暮れの光が放課後の美術室に差し込む。

私は必死に筆を動かしていた。もう少しで完成する。この一枚に、どれだけ長い時間をかけただろうか。でも、ついに私の理想と言えるような、何かが完成を迎えようとしている。


高揚していた。自分は今この瞬間、確かに生きていると信じられた。これが完成したとき、私は今の私ではない。自分に新たな価値が付与されているはずだ。


そんな期待を抱きながら、ついに完成の瞬間がやってくる。私はゆっくりと筆を置き、自分の存在価値を確かめるため、その絵を眺める。


そして、失望した。これが私の価値なのか、と。

つまらない。何も揺さぶるものがない。雑だ。稚拙だ。これでは、こんなものでは、私のことなんて誰も認めてくれない。私の中で、何かが終わってしまったような気がした。


「大丈夫。また一からやり直せばいい。きっと、いつか納得できるような、良いものを作れるはず」


自分に言い聞かせた。込み上げる絶望を抑えるためには、そうするしかない。しかし、そんな私の背後に立つ誰かが言った。


「お前に、そんな時間は残されていない。もっと、やるべきことがある。目を向けるべきものがある。いつまでも、自分のやりたいことばかりやっていたら、置き去りにされてしまうぞ」


別に、それでも良い。私はやりたいことをやる。何を見て、何をするのか。それは自分で決めるんだ。


「人生はそんなに甘いものではない。お前のような考え方では、生きていけない。やって行けると思うな」


美術室のドアがガラガラと音を立てた。誰かが出て行こうとしている。背中を見て、それが神崎依織だと悟ると同時に、彼女がドアを閉め、視界から消えてしまった。


そうだ。さっきまで彼女もここにいて、自分の絵を完成させようとしていた。出て行ったのであれば、完成した…ということだろうか。


私はゆっくりと立ち上がり、恐る恐る神崎依織が座っていた方へ近付いてから、イーゼルに立てられた絵を覗き込んだ。


愕然とする。私のものとは明らかに違った。絵の中に、物語がある。奥行きがあり、深みがあって、心を揺さぶる何かがある。そう、この絵には価値があった。他人を、大衆を納得させる価値が。私の絵は、自分すら納得させることができないのに、大きな違いだった。


「そうだ、お前には才能がない。だから、諦めろ」

再び声が。でも、何者かの声ではない。私の声だった。

「気付いているんじゃないか。だったら、やるべきことをやれよ」


今度こそ、背後に立つ何者かが言った。

嫌だ。私はその声を押し退けたかった。しかし、神崎依織の絵が現実を認めるよう、訴える。


私の中は絶望で満たされ、次第に息苦しくなった。空気を吸いたい。でも、喉が詰まっていた。

息ができない。こうやって、私は死ぬんだ。何も納得できないまま、自分で自分の首を絞め、呼吸できないくらい追い詰められて、死ぬ。


嫌だ。死にたくない。せめて死ぬ前に納得したい。認めて欲しい。もう一度、チャンスを。私は手を伸ばす。助けを求めるように。でも、その手を掴んでくれる人は、誰一人いない。


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