自称霊能力者の男と付き合っていた頃の話①
堀口一誠に電話をかけることは、私にとって非常に躊躇いのあるものだった。
三年前、堀口と私は恋人関係だった。
友人の紹介で…と言うか、いわゆる合コンで出会った。私にとって生涯初の、そして最後であろう合コンの参加だ。そのときの堀口の印象は、ニコニコと笑っているだけで、あまり喋らない人、という印象でしかなかった。後で聞いたが、無理矢理に参加させられたらしく、ただ笑顔でいれば良いと言われたので、そうしていたらしい。
しかし、その合コンから何日か経過して、友人を通して堀口から連絡があった。友人曰く「光莉のこと気になっているみたい」とのことだった。何度か二人で会っている間に、私も堀口のことを「この人と一緒にいる時間は、悪くないかもしれない」と思うようになっていた。今となっては、積極的とは言えない出会いだったかもしれない。それでも、一般的な恋人同士のような関係は築かれた。
私は久しぶりにそういう相手ができて、それなりにはしゃいだ気がする。堀口もいつも笑顔で、私と一緒にいるのが楽しそうだった。
ただ、三カ月もすると、堀口の妙なところに気付いてしまった。彼はときどき一点を見つめて、暫く茫然としていることがある。何があったのか、と聞いても苦笑いを浮かべて首を横に振ったが、ある日のこと、ついに観念したのか、その秘密を明かしたのだった。
「実は俺…幽霊が見えるんだ」
最初は、冗談かと思った。
「なかなか信じられないとは思う」
堀口はそう言って、私に信じることを求めなかった。でも、それを聞いた上で、彼の言葉や行動を見ていると、これは本当なのかもしれない、と思うことが増えていった。
「あの道は良くないから通るのはやめよう」
堀口が避けた道は、その後に何度か事故が起こった。
「あの店、良くないものが居着いている」
堀口がそう言ったお店は、どんなに繁盛していても、やがて潰れてしまった。
もちろん、すべてが堀口の言う通りではなかった。だけど、半分より少し低い程度の的中率はあって、私は最終的に堀口の言うことを信じるようになったのである。
堀口の特性は、あるときは危機を回避することに役立つものではあったが、不便なこともあった。それは彼の活動を制限してしまうことだ。行きたいこと、やりたいことがあっても、何らかの不吉を感じ取ってしまえば、彼はそれを避けた。
だから、堀口は仕事も続かなかった。傍から見ても、つらそうだったし、本当に不憫でしかたなかったが、こんなことを求められることもあった。
「今日は…仕事休めない?」
始めのうちは、きっと何か不安なことがあって、傍にいてほしいのだろう、と要求に応えたが、何度も続くと私だってきつかった。
「無理だよ。っていうか、月に何度も休めないってば」
「……うん、そうだよね」
そう言って、堀口は私を送り出す。だが、その目は痛みに耐えるかのようで、私を薄情だと責めているようでもあった。私は会社に向かいながら、仕事しながら、残業しながら「どうして傍にいてやれなかったのだろう」と責める瞬間もあったし、逆に「どうしていつでも仕事を休めると思っているのだろうか」と、うんざりすることもあった。そして、残業で疲れた状態で帰る私に、こんなことを言うこともあった。
「遅かったね」
私は「ごめんね」と返すが、内心では苛立っていた。疲れていれば疲れているほど。そして、申し訳なさそうに私の表情を窺う堀口の顔を見ても、苛立って仕方がなかった。
そんなに申し訳なさそうにするくらいなら、働けば良いのに。
それが私の本心だったのだ。彼は、働きたくないから働かないわけではない。それは分かっている。でも、堀口がくすぶっている時間が長ければ長いほど、私は彼が働くことから逃げているだけのように見えて仕方がなかった。
しかし、堀口が仕事を見付けて、ちゃんと続いたこともある。そんな時期、彼から提案があった。
「今度、旅行にでも行こう。これまで、苦労させてしまったお詫びとして、光莉に贅沢してほしいんだ」
私は嬉しかった。だから、どんなに仕事が忙しくても、旅行プランの立て、その日のためにモチベーションを保ち続けた。
そして、旅行当日。レンタカーを借りて、遠く離れた温泉宿まで向かった。都会の景色から、少しずつ緑が増えて、澄んでいく空気を感じたとき、自由であるように思えた。一晩過ごす旅館も、とても綺麗で、隠れ家風の雰囲気があって、最高の旅行だ、と私の心は踊った。私は心の中で堀口に感謝した。
それなのに、その夜は最低だった。部屋に通されたとき、堀口の顔色が変わったのである。私はその瞬間、嫌な予感がした。
「光莉、ごめん…部屋を変えてもらおう」
「どうして? 良い部屋なのに」
堀口は首を横に振った。しかし、一ヵ月も前から予約しなければ、部屋が取れないような旅館だ。他の部屋も埋まっているだろう。結局、私が一方的に意思を通す形で、その部屋に泊まることになった。
我が儘を言ったような気がして、申し訳ない気持ちになったが、堀口は終始無口で顔色は悪く、私はそんな彼を見るのも嫌で仕方なかった。気にしないようにしたけれど、 苛立ちを隠せなかったし、私の口数も減って、ずっと嫌な空気が漂う夜になってしまうのだった。
そして、この旅行を境に、私たちの関係はさらに悪化することになる。