忘れられていた結末
それから一ヵ月ほど経ったある日のこと、光莉の部屋が空っぽになっていた。残っているものは、彼女が不便を感じないようにと、俺が買ったいくつかの家電だけだ。まるで、俺に買い与えられたものは、すべてメモを残していたかのように。
彼女は別れたら死ぬ、
と言い放っていたが、やはり本気ではなかったのだろう。彼女なりの仕返しのようなものだったに違いない。
彼女が消えて一人になれば、もう二度と戻ることない時間に想いを馳せ、喪失感に身を焦がすのだろう、と思っていた。しかし、どうだろうか。いざ彼女が消えてしまっても、俺は淡々とした毎日を過ごしていた。
「堀口さんのおかげで、私の方はたくさんのことが丸く収まったよ」
父親に質問することを、何だかんだ躊躇っていた芽久から報告があったのは、光莉がいなくなってから、さらに一ヵ月は経った頃だった。
「やっぱり、お父さんは私のことが好きみたい」
「そうだろ? じゃあ、今は上手く行っているんだな」
「うん。お母さんに関しては、思うところはあるけれど、私が騒いで変な感じになるの、嫌だから…」
どうやら、父親が血のつながりについて何か知っているのかどうかも、芽久は確認できていないらしい。だが、二人には親子としての絆がある。事実なんてどうでもいいことだ。
「それにしても、あの優しいお父さんをどうやって怒らせたんだ?」
ずっと気になっていながら聞きそびれていた。俺も一度見たきりだが、とても家族思いの人だ。芽久の話を聞いている限りでも、それが十分に分かった。それを怒らせる発言とはいかなるものだろうか。それを問うと芽久は「うーん」と躊躇うように唸った。
「年上の彼氏と結婚したいって言ったら、どんなやつだってしつこく聞いてきたからさ…」
それだけでも、それ以上は聞きたくないと思える嫌な予感があったが、芽久は俺の気持ちなど知る由もなく続けた。
「霊能力があって凄いんだ、って言ったら滅茶苦茶怒られたんだよねぇ」
それはそうだろう。
しかも、近々に霊能力者を相手に不快な思いをしたばかりなのだから。
それに、人格がどうであれ、霊能力者なんて相手に選んでしまったら、普通の人生は送れない。無駄に変わった経験だって降りかかってくるだろう。
親として反対するのは当然だ。もしかしたら彼は、九条美沙都と結婚して、それを十分過ぎるほど感じているかもしれない。
さらに月日は流れた。俺の周りでは、本当に色々なことがあった。それは、こんな俺でも他人に必要とされるのだ、と実感できる日々だった。
朝日奈さんは占いの館で長く受付を続けた。
俺の気持ちが不安定になるとき、必ず傍にいてくれたのは本当に感謝している。俺は、ずっと傍にいて欲しい、と彼女に伝えるべきだったのかもしれない。
しかし、俺が愚図ついているうちに、彼女は家族に呼び戻され、田舎の実家へと帰ってしまった。最初の数カ月は、週に一度は連絡を取り合ったが、お互い目の前の生活に精一杯になってしまい、今はどんな生活を送っているのか、想像もできない。
芽久はしつこく連絡をよこしたし、職場までやってきて朝日奈さんの表情を曇らせることもあった。しかし、あの明るい性格に、俺の心が照らされていたのは確かだった。
そして、あの真っ直ぐな気持ちを何度も向けられ、どう受け止めるべきなのか何度も迷ったこともあった。そうやってやり過ごしている間に、彼女も高校を卒業した。大学に入ってからは、新しい生活の方が楽しくなったのか、連絡を寄こすことはなくなった。
ある日、テレビを付けてみると九条美沙都が映っていた。バラエティ番組でエピソードトークを披露しているところだった。
「私の娘も霊に取り憑かれたことがあるんですよ。そのときは、本当に大変でした。妙な行動ばかりだったし、私や夫にも常に喧嘩腰で。それで某有名ビルに入っている占い屋さんに相談したんです。
その人は霊視もできて、簡単な除霊もできるそうだったので。そしたら、数週間で娘もすっかり良くなって。どうも上手く除霊してもらえたみたいなんです。それで、憑いていた霊なんですけど、後々娘に聞いてみたら、その正体が分かったんです。
何と、娘の元カレの生霊だったんですって。当時、娘が振ったことを根に持っていたらしくて、生霊になって取り憑いていたとかで…。もうそれ聞いてびっくりしちゃって。とんでもない男と付き合ってたのね、って娘に言ったのよ。
でも、もっと驚くことがあったんです。最近になって、娘がその元カレと寄りを戻しちゃって。本当に、男と女ってどうなるか分かりませんね」
九条美沙都のエピソードに、お笑い芸人が一言加え、テレビからは大きな笑い声が聞こえてきた。
元カレの生霊。
俺は一人で苦笑いを浮かべた。
もし、あのとき…光莉の前に現れたのが、俺の生霊だったとしたら、彼女はどうしたのだろう。必死になって俺の言葉を聞こうとしてくれただろうか。
いや、きっとすぐにどこかの寺にでも行って、経を上げてもらったことだろう。最初から、俺は彼女に愛してもらうことなど、有り得ないことだったのだ。
要は巡り合わせの問題というだけのこと。違うタイミング、違う出会い方をしていれば、もしくは。その程度の事なのだ。ただ、紛れもなく言える事実としては、光莉に出会った頃、再会した頃の俺は、どうしようもないクズだったのだ。
それから、少しは成長できたはず、と思う。それは朝日奈さんと芽久が証明してくれる。俺は安心して、前を見て明日も歩き出すことだろう。
さらに年月が過ぎた。
日曜の朝、何もせずにベランダで外の景色を見ていると、電話が鳴った。知らない番号だったが、俺は何となく出てみることにした。
「もしもし…堀口さん?」
それは、懐かしい声だった。
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