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負け女と元カレの幽霊  作者: 葛西渚
1章 光莉
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それを一途と言うには気持ち悪くて

市ノ瀬くんに肩を貸して、引きずるように歩いた。何とか人通りの多い道に出で、タクシーを拾ってから堀口の職場に向かう。電話をすると、当然のことだが怒られた。


「体調が悪くなったのか? 他に異変は?」


「私は大丈夫。でも、市ノ瀬くんが急に倒れて」


「……そうか。取り敢えず、こっちに来てくれ」


なぜか、突然興味を失ってしまったかのように、電話を切る間際は声のトーンが低かった。

タクシーで移動中、何度も市ノ瀬くんに声をかけた。息は荒く、体温も高いようだが、受け答えはできるらしく、彼はこんなことを言った。


「いやー、まぁ、当然の結果ですよね。悠也先輩が怒るとしたら、七海さんじゃなくて、僕の方ですから」


冗談を言う余裕があるのか、僅かに口元に笑みを浮かべるが、痛みに耐えるよう、顔を歪めた。


「変なこと言わないでよ。一誠に何とかしてもらうから、もう少し頑張ってよ」


「あー、あの霊能者先生、僕のこと…視てくれるかなぁ。七海さんが無事って分かったら、凄い高額、請求されそう」


「大丈夫、心配しないで。私がちゃんと支払うから」


「無職のくせに、何を言っているんですか」


またも顔を歪めたと思うと、今度は苦しみ出してしまった。呼びかけても、言葉を返さず、ただ呻き声を上げる。私は何度も謝りながら、ただ堀口の職場に着くことを願うだけだった。あと少しで到着するところで市ノ瀬くんは、うわ言のように何度か呟いた。


「もうちょっとだったのに」




堀口の職場に到着してから三十分が経過した。

市ノ瀬くんの状態を見た堀口は、すぐに霊を収める必要があると言って、相談室へ彼を運び込んだ。私は外で待っているように、と言われたため、受付の前に置かれた丸椅子に座っている。営業時間が終わっていることが唯一の救いで、受付の女性から奇異な目で見られる心配はなかった。


さらに十五分ほど経過したところで、堀口が相談室から出てきた。私は立ち上がり、彼の一言を待つ。


「駄目だ。祓えない」


「それって…どうなるの? まさか、死んじゃったりしないよね?」


恐る恐る聞く私に、堀口は淡々とした口調で答える。


「このままだと、もっと酷くなる。何も対処ができなかったら、高熱にうなされ、少しずつ体力を奪われて、死に至るだろう」


視界が黒く染められていくようだった。

ここ数日、最悪な状況に追い込まれたと思っていたのに、まだ最悪があるらしい。これで市ノ瀬くんを失ったりしたら、私はどうやって生きて行くべきなのか。


私は改めて知る。ここ数年、私を支えてくれていた存在は市ノ瀬くんだった。悠也と寄りを戻すという、実現するかどうか分からない希望よりも、現実として私に寄り添ってくれたのだから。そんな彼を失うわけにはいかない。


「ウソでしょう? 何とかしてよ。一誠はあのときと違うんでしょ? 今は仕事が上手く行っていて、周りからも頼られて、充実しているんでしょ? だったら、もう少し頑張ってみてよ」


私は覚束ない足取りで堀口に迫り、最後は彼の腕を掴んですがった。自分勝手なことを言っている。自分が堀口に何をしたのか、忘れたわけでもない。だけど、頼れる人間は堀口しかいないのだ。


市ノ瀬くんが失われるかもしれない恐怖に加え、堀口に頼ることしかできない惨めな自分に、涙が溢れてきた。


「それは何も対処できなかったときの話だ」


堀口が低い声で言う。


「今、あの男を苦しめているのは、悪霊の切れ端みたいなものだ。それを祓っても、また切れ端がくっ付いてしまう。だが、本体を祓えたら助けられるはずだ」


「本体? どこにいるの?」


私は混乱しつつ質問する。堀口は首を横に振った。


「それを知っているのは光莉じゃないか。俺には教えてもらっていない」


私はやっと意味を理解した。堀口は悠也の居場所を教えろと言っている。そして、悠也を祓わなければ、市ノ瀬くんは助からないのだ。要するに、過去か未来か。そういう選択ということか。


「分かった。教える」


その場所を聞いた堀口は、ただ何も言わず、私を見ている。


「これで何とかなるんでしょ?」


しかし、堀口は小さく溜め息を吐いて言うのだった。


「俺は光莉の問題は無料で仕事を受けると言った。だけど、あの男に対しては、何も約束していない」


「お金なら払うよ。いくらなの?」


「五百万だ」


そんな大金、支払えるわけがなかった。でも、何とかする。時間をかけて少しずつ支払えば良いじゃないか。


「わかった。何とか、用意するよ」


震える唇で覚悟を示すが、堀口はまたも首を横に振った。


「仕事を受けるかどうか、それは俺の自由だ」


「……どういうこと? 何が言いたいの? 私のこと、馬鹿にしているの?」


引っ叩いてやりたい。そんな気持ちを抑えなければならなかった。それでも、言葉は攻撃的になる。


「私のことを恨んでいるのは分かるけれど、こんな方法で仕返ししようなんて、卑怯にも程があるよ。言いたいことがあるなら、言えば良いじゃない」


言葉を忘れてしまったように黙っていた堀口だったが、重々しく口を開いた。


「じゃあ、条件を出す。これを呑んでくれるなら、仕事は受けるし、金も必要はない」


堀口は、自分の言うことに恥じらうわけでも、私の反応を見て楽しむわけでもなく、ただ無感情だった。それが余計に、どんな条件を押し付けられるのか分からず、恐怖を煽るのだった。


「何をすれば…良いの?」


「あいつと縁を切って、俺と寄りを戻してほしい」


「え?」


条件はあまりに意味不明なもので、私の頭は暫くの間、真っ白になってしまった。

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