王子様に豚と言われた私。……絶対に許しませんからね?
「殿下……素敵ですわ……!」
「ああ、なんとお美しいのかしら」
アスター殿下に群がる令嬢たち。
そしてその中心にいる王子様を、遠くからただ眺めている――これが私の現状なんです。
私、モルガン・ルルーシェは伯爵家長女として生まれました。お父様もお母様もお優しい方で、私はこの家の娘に生まれて本当によかったなって思っています。
……でも、最近は悩みが一つあります――それは私の体重が重いこと……。
別にデブというわけではありませんよ!ただ、胸や腰回りなど肉付きが良いのです。だからか、着るものによってはきつくて、服の裾などが捲れてしまったりすることがあります。まあ、それは仕方ないと思います。だってお父様もお母様もよくゴハンをお代わりしなさいと言ってくれますもの。
そんな両親がいる私は、きっと幸せ者なのでしょうね……?
「あら? モルガンちゃんは太ってなんかいないわよ?」
私の独り言を聞いたのか、隣に座るお母様が話しかけてきました。太っていないと言われると、嘘でも嬉しいのが乙女心……なんですが、最近はあまり嬉しくありません。
「いえ、お腹周りがちょっと気になりまして……」
本当は少しではなくだいぶなんですけど……。それに腕や足も少しむっちりとしている気がしますし、全体的に肉厚だと思います。だから、ダイエットをしようと思っているのです。これ以上太ったら大変そうですからね。
「うーん、モルガンちゃんはそのままでも十分可愛いと思うのだけれどねえ」
「えへへっありがとうございます、お母様」
そう言いながらお肉を皿に入れないでください。ほらまた食べたくなるじゃないですか。もうっ!…….はあ、美味しいゴハンは罪ですね。ついつい手が伸びてしまいます。
「あっ……そういえばモルガンちゃん。今度は舞踏会に出席してみない?」
舞踏会?ちなみに私は出たことがありません。何故なら太っているせいでドレスが入らないのです!悲しい事実ではありますが、それが現実です。……ただ、一度くらい出てみたいと思っていました。今更かもしれませんが、やはり乙女だから憧れてしまうものです。
「今回の舞踏会はね、アスター殿下主催なものなの。それでモルガンちゃんにもぜひ参加してほしいのよ〜」
おお、あの王子様主催の舞踏会だったのですか。これは行かない手はないですね!というより絶対に行きたい!!王子様に少しでも近づければ……ふふふ、夢が広がります。これでも顔には自信があるんです!
「もちろん行きたいのですが……どうせ私にはドレスなんて入りませんよ?」
「大丈夫よ! ちゃんと用意してるんだから〜はいこれっ」
「わぁ……!」
お母様が持ってきたものは純白に輝く綺麗なドレスでした。とても滑らかで光沢のあるシルクの生地。それに色とりどりの花々の模様が描かれたレース素材の袖や裾などが施されています。
「モルガンちゃんの体形に合うように仕立てたからピッタリだと思うわよ」
私のためにわざわざこんな素敵なものをご用意したなんて……。感動してしまいます。本当に嬉しく思います、お母様!
「ありがとうございますお母様!!」
◆
舞踏会当日の朝になりました。ついに来てしまったようです……。お父様と二人で馬車に乗って会場まで向かうことになりました。この国で一番豪華な建物と言われている王城へと向かうためにです。まさか自分がここに来る日が来るとは思ってもいませんでした……。なんだかドキドキしてきます。ドレスも少しキツイですが問題なく着ることができました。
「わぁ……」
目の前にはとても美しい光景が広がっていました。まさに豪華絢爛という言葉に相応しいと言えるでしょう。まず目に入ってくるのが大きな扉、それから高い位置に飾られた煌びやかなシャンデリア。大きな花瓶に生けられている様々な色の花などなど……。とにかくすごいのです。こんな景色初めて見ました。……ってそれよりも早く王子様に会いに行きましょう!
「殿下……素敵ですわ……!」
「ああ、なんとお美しいのかしら」
アスター殿下に群がる令嬢たち。そしてその中心にいる王子様を、遠くからただ眺めている――これが私の現状なんです。私、モルガン・ルルーシェはこの場にいていいのかと思いました。
だって周りの方たちと比べて私は明らかに浮いているような気がします。皆さんとてもスタイルがよろしいんですもの。まあ、お母様が選んでくれた衣装のおかげで多少マシになってるはずなんだけど……。
それでもやはり目立ってしまうのは仕方ないですよね……。でもせっかくここまで来たのです。諦めるわけにはいきません!今日はお化粧だっていつも以上に気合いを入れましたし!さあ、勇気を出して話かけてみましょう!
「あの、アスター殿下……お初にお目にかかります、モルガンと申しま――」
「……クスクスッ」
ん?何か笑い声が聞こえた気がしました。もしかして笑われていたのでしょうか……?
「うふふ、あれ見て? おデブさんがいるわよ?」
「ほんとうね? あんな体型で殿下の前に立つなんて信じられないわ」
「きっと、来る場所を間違えちゃったのよ。料理コーナーはこっちじゃなくてあっちなのにね?」
今度ははっきりと聞こえてきました。私の悪口を言う声が。それにしても酷い言われようですね……。そこまで言う必要はあるのかな……と疑問を抱いてしまいます。
「――その体型はまるで『豚』のようだよ? よくそれで僕に近づくことができたね? 逆に尊敬するよ 、はははっ!」
なっ!? アスター殿下にまで笑われてしまっています。そんな馬鹿な……私はただ貴方に会うためだけにここに来たというのに……。何故そんなことを……乙女心はズタズタです……。
もう帰りたい……。でもその前にこのイライラする感情をぶつけないと気が済みません!!
「……失礼いたしますアスター殿下。またお会いしましょう……」
私はそう言い残すと料理コーナーに向かって歩き始めます。怒りのままに大皿に乗った数々のお肉に手をつけ、バクバク食べまくりました。美味しい……。ここで食べ尽くしてストレスを解消します!最後の晩餐なのですから!
私は決めたのです……! 絶対に痩せてやるぞと……!
◆
翌日。
「お母様……私ダイエットを始めたいと思います!」
「あら、そうなの? モルガンちゃんには必要ないと思うのだけどねぇ……」
そう言いながらお肉を追加しないでくださいお母様。私の決意が揺らいでしまうじゃないですか。ええそうです、私は決心したのです。この贅肉まみれのお肉を無くしてやると!そして、アスター殿下をギャフンと言わせてやります……次の一年後の舞踏会で!
「……このお肉、お母様が食べてください!」
「うーん……分かったわ、頑張ってね」
断腸の思いでしたが、お母様に無理矢理肉を渡しました。昨日までなら喜んで受け取っていたでしょうが、今の私はそんなに単純ではありません。ふっふっふ……見てなさいよ、絶対に痩せてやるんだから!
それから過酷なダイエットが始まりました。運動はもちろんのこと、食事制限も始めています。もちろん、間食なんて論外。ゴハンは野菜中心にし、おかずの量を減らす。でもってお菓子類は絶対ダメという徹底ぶり。我ながら涙ぐましい努力です。
――半年後。
その甲斐あってか順調に痩せてきています。最初はキツかったけれど、今では慣れてきたものです。
ただ一つ、どうしても困ったことがあるとすれば……お母様が太ってきてしまっていることです。以前はスラッとした体型だったんですけど、最近はかなりふくよかな体つきになっています。元々、あまり食べない人だったんですけど、ここ最近一気に食べるようになったんですよね……。その原因は多分……コレですね。
「お母様! この料理美味しいですから、どんどん食べちゃってください!」
「そ、そうかしら? じゃあ遠慮なく貰おうかしらねぇ」
「はい! どうぞ召し上がって下さい♪」
私は今お皿いっぱいに料理を盛り付け、テーブルに置きます。するとお母様はパクッと食べ始める。うんうん、やっぱりこうでなくっちゃ。最近は私が食べられないから、こうやって欲求を満たしているんです。……もしかしてお母様がいままで痩せていたのは、同じ戦法をしていたんじゃ……。いやまぁそれは置いといて、とにかく痩せなければなりません!
食事の後はランニングです。これも毎日続けないと効果が薄れてしまいますから、なるべく時間を作って行うようにしています。……正直言うと本当に辛いんです。運動不足な私にとってこれは地獄のようなトレーニング。走るのって疲れるし、足痛くなるし……。だけどこれも痩せるためだと言い聞かせて、何とか耐え忍んでいます。
でも最近は楽しみがあるんですよね〜。
「モルガンさん! 今日もランニングですか?」
「ええ、そうですよ」
そう、この方と一緒に走れるから、苦痛なはずの運動が楽しく感じられてくるのです。
「ご一緒してもいいでしょうか?」
「えぇもちろんです! それでは行きましょうか、アルスランさん!」
「はいっ!」
最初はたまに見かける程度でしたけど、今は毎日会うようになってきました。……もしかして、私のことを好きなんじゃ!?とか思ってしまいます。でも少し痩せたとはいえこんな私に好意を抱くはずがない。そう自分に言い聞かせているのですが、心の中では期待している自分がいます。だってこんな私を気にかけてくれるなんて普通ありえないじゃないですか。だからつい淡い期待を抱いてしまいます。それにアルスランさんは富豪の息子らしいので将来有望です。結婚相手としては悪くないかも……って私は何考えているんですか!!
もう……これだからおデブちゃんはイヤになる。自分の欲望丸出しの考えをするから、自己嫌悪してしまうんです。もっと冷静にならないといけませんね……。
だってアルスランさんは美男子なのでモテるに決まっています。なぜ私なんかに興味を持つんだろうか?という疑問もあるわけでして……。もしや私を騙してるんじゃなかろうか?なんて疑いを持ってしまう。ただ一緒にいるだけでも楽しいんですが、それだけじゃ不安になりますよね……。
◆
ダイエットを始めて11カ月。あれだけあった贅肉はすっかり消え去り、私は見事痩せることに成功いたしました。ふっふっふ……やっとダイエット成功ですよ。最近は町行く男性がみんな振り向いてくれるようになりました。前までは視線を感じるだけでビクビクしてましたが、それも全く気にならないです。自分で言うのもアレですが、前とは見違えるようになりました。さすが私ですね。この容姿ならどんな男性もイチコロ間違いなし。あとはこの美貌を維持することに専念すれば完璧でしょう。
……実は何度もくじけそうになっていたんですよね。諦めようとも考えましたが、アルスランさんの励ましもあって何とか持ちこたえられたんです。彼のおかげで私は変わることができたと言っても過言ではありません。だから直接お礼がしたいと思っていましたが……なんと先ほど向こうから連絡を頂けたのです!『お話があるので会いたい』とのことでしたので、今から待ち合わせ場所に向かいます。一体どんな用事なんでしょう?とてもワクワクします。
早く会いたくてしょうがない私は、ウキウキしながら約束の場所へ向かいました。指定された場所は噴水のある広場。ここはデートスポットとして有名で、たくさんの恋人が寄り添いながら歩いています。そんな中、私はキョロキョロと見渡していました。すると背後から聞き覚えがある声が聞こえてきます。
「……モルガンさん」
「あっ、こんばんはアルスランさん!」
後ろを振り向くと、そこにいたのは愛しのアルスランさん。相変わらずの美男子っぷりでございます。
「突然呼び出してすみませんでした。ちょっとお話がしたかったものですから……」
「いえ、全然構いませんよ。それよりもどうしたんですか? 改まってお話したいとは……」
きっと告白に違いありません!だって私は美人ですし、性格も良い。そんな女性を逃す男などいませんもの!
「あの……僕、ずっとあなたが好きでした! 付き合って下さい!!」
ほらきたっ!やっぱり私の思った通り。まぁ……太っていた頃から気をかけてくれていたので、予想していた展開ではありましたけど。ふっふっふ……見る目がありますねぇ。
アルスランさんの爵位は伯爵。商業ギルドの名家であり、資産も相当なものだと思われます。しかも顔立ちはイケメン。そんな彼が私を求めているんですから、飛びつかない女性はそうそういないと思います。
「ありがとうございます! こちらこそよろしくお願い致します!」
……そういえば何でダイエットを始めたんでしたっけ?ああそうだ。そうそう思い出した。アスター殿下をギャフンと言わせるためでした。
◆
今日は舞踏会当日です。一年前の私とは大違いでして、鏡の前に立っているのはスリムになった私が写っております。髪はサラリとなびいて、ドレスは光沢を放ちフワリと軽やかに揺れます。
今の私は完璧なプロポーションと最高の顔を持つ美女でして、誰が見ても美しいと言うに違いないと断言できます。
「モルガンちゃん! とっても綺麗よ! この日のために頑張ってきたのよね?」
「お母様、もうすぐ舞踏会の時間です。早く会場に行きましょう」
「あら、そうだったわねぇ! 早く行きましょう」
会場に着くと、大勢の貴族が集まり賑やかな様子でした。早速私の周りには男の人が群がってきますが、当然の結果です。むしろ来ないほうが不思議です。しかし皆さん必死ですね……。まあ仕方ないでしょう。私のこの容姿を見れば誰だって惹かれるに決まっているのですから。
私が適当に会話をしていると、人だかりが捌けてきました。そして一人の男性が近づいてくるのが見えます。去年とは逆の立場ですね?アスター殿下。
「……初めまして美しいお嬢様。よろしければ私とお話をいたしませんか?」
私はニコッとした笑顔を浮かべ、こう答えました。
「えぇ、いいですよ♪ テラスで二人きりで話しませんか?」
「…….もちろんです。ぜひご一緒させていただきます」
男って本当に単純な生き物ですね。自分が去年、私にやったことを忘れたのかしら?アスター殿下ったらニヤケちゃって……でも許しませんよ。今度は私の番です。せいぜい恥をかかせてあげますから、覚悟していてくださいね?
その後私たちはテラスへ移動し、夜景を見ながら談笑をしていました。
「それで何かご用件でしょうか、殿下?」
「単刀直入に言います。私と婚約を前提にお付き合いをして頂きたいのです。あなたのことが好きになってしまった……一目見た時から」
うーん、やはりそうですか……。私の予想通りです。しかしまさかこの私に一目惚れしてしまうなんて、アスター殿下ったらチョロい方ですねぇ。
「えぇ、もちろん良いですよ♪」
「えっ!? そ、それは将来私と……け、結婚する意思があるということでしょうか!?」
……アホなのかこの男は。まだ何も言ってないのにどうしてそこまで想像できるのでしょうか。私がこんな男と結婚するわけないじゃないですか!続きがありますので、黙って最後まで聞いてほしいものです。
「えぇ、もちろん良いですよ♪……土下座していただけたら」
……流石にちょっと無理がありますかね?いきなり言われたところで困惑されるのがオチでしょう。さぁ……どう反応しますか?
「……わかりました。すぐにしましょう! こんな気持ち初めてなんだ……!」
な、なんですって!?本当にやるつもりなのですか?バカにも程がありますよ!普通は冗談だと捉えるはずなのに、ここまで潔くされると逆に困ってしまいます。てっきりプライドが高く拒否するかと思いましたが……これはちょっと面白くなりそうです。
「ちょ、待って下さい。さすがにここでは人目につきます。ですから別の場所へ参りましょう?」
「えぇもちろんです。あなたが望むならどこであろうと、私は従います」
「……ではついてきてください」
私はホールを大げさに歩きながら移動し、ある廊下まで誘導しました。角を曲がると、誰もいない空間になっています。ここなら人気がないですから、土下座の条件を満たしているといえるでしょう。
……後ろを向むくと、思った通り好奇の目をした令嬢たちががワラワラです。お願いですから、事が起こるまで静かにしててね?
「どうぞお好きな時に始めて下さい」
アスター殿下はその場で膝をつくと、ゆっくりと頭を下げていきます。
「……私と結婚を前提としたお付き合いをしていただけますか?」
……本当にやりましたね。普通こんなの屈辱以外の何物でもないのに。もう後戻りはできないでしょう。私にあんなことを言ったんですから、後悔しても遅いんですからね?私は意地の悪い表情をしながら、彼を見下ろします。
「お断りします、私は女性を豚呼ばわりするような男性とはお付き合いできません。……私はモルガンです、覚えていますか? 去年、貴方に話しかけたデブですよ?」
するとアスター殿下はハッとした顔をします。思い出したのでしょうか?だとしたら嬉しいのですが……。
「待ってくれ! 私は本当に心から愛しているんだ! あの時は悪気はなかったんだ! それにあの時はまだ太っていて、君が本当は体型かわかっていなかった。だけど、今は違う! 今のあなたはとても美しい!」
そんなこと言われても信じられるわけありませんよね。私を本気で怒らせた報いだと思って諦めなさい。それよりも、周りをもっと気にした方が良いですよ?令嬢たちがヒソヒソと陰口を言っているみたいですし。ふふふ、どんなことを言われるのやら……。
「今さら言われましても、信じれませんよ。……ではまたどこかで会うことがありましたら、その時はよろしく頼みますね?」
「そんな! 待って……くれ」
あまりの快感に脳が蕩けました……!この感じクセになりそうです♪
その後、アスター殿下がどんな目にあったのかは存じ上げませんが、噂によれば社交界には二度と姿を見せなかったそうです。きっと私に恐れをなしてしまったんでしょう。私は別に怖くはないんですけどね。ただちょっとだけ仕返しをしただけですから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
※わかる人向け
この作品は現在連載中の『奴隷のようなメイド~』の前日譚になります。
モルガン夫人の二十数年前を描きました。
このエピソードを切っ掛けに、人を理不尽に支配する快感を覚えていきます。