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六章 初めて流した涙、アモールの正体

インコントロ村の惨劇の後、王都に向かう途中でヴァイオレットは手帳を見る。

「……とうとうこの月が来たか……」

 呟くと、ユスティシーが「あぁ……本当に早いわね」と悲しげな表情を浮かべた。

「うん。……アイリスにとって、二回目の人生の転機……そして、彼女の傍にいる「アモール」にとっても」

「……えぇ。そうね」

 これから起こることを考えたら、王国のことなど放っておいてアイリスの傍にいてあげたい。だが、ベネティクト神聖王国だって……ヴァイオレットにとっては愛すべき国なのだ。母が愛し、最期まで自分のことを守ってくれた場所を。

「……僕はどちらも選べない……」

 アイリスも、自国も、今のヴァイオレットには見捨てることなど出来ない。なら、どうするべきか。……話は簡単だ、どちらとも「守れる」道を探せばいい。それが出来ないというのなら、無理やりにでも未来を「捻じ曲げる」だけだ。それぐらい出来ず、何が「天才軍師」なのか。

「……そのためには、一度国を「奪われたフリ」をするしかないよ」

「そうだね。……大丈夫、今までだって、何度も「成功」させたんだから。今回も成功するよ。……いや、成功「させる」。「失敗」は決して許されないんだから」

 演技なら慣れている。祖父にもある程度のことは話しているので大丈夫だろう。あとは、他の人達がどう動くかにかかってくる。だが、自分が大きな行動を起こさない限りはほとんど変わらないので今のところ重要視していない。

「……必要なら、私の力も使ってね」

「もちろん。その時は使わせてもらうよ、「女神様」」

 滅多に使うことはない、強力なユスティシーの力。いつでも使おうと思えば使えるが、ヴァイオレットにはそれが出来ない理由がある。それは――。



 アドレイはヴァイオレットの容姿を思い出していた。義賊だという彼女はあの時、自分を救ってくれた少女に似ていた。だが、確信は持てない。アドレイにとって印象的だったのは「菫色の髪」ではなく「赤い瞳」だったからだ。赤い、燃える炎のような綺麗な瞳。王国の住人は色素が薄い人が多い中、赤い瞳を初めて見たのだ。仮面をつけていなければ分かったのに、と思う。

 ……そんな偶然、あるわけないか。

 今は勉学に励むべきだ。そう思ってアドレイは訓練を始めた。



 十二月。アヤメに呼ばれ、聖堂に向かうとこれまでの活躍を褒められた。そして、今月は舞踏会があるからそれに参加してほしいと言われた。

 もちろん、アイリスは元傭兵ということもありダンスなど出来るわけがない。だが、その場にいるだけでいいと言われたので、渋々頷いた。

 とはいえ、何も出来ないのはまずいと思い、ユーカリに社交ダンスを教えてもらう。彼は顔を赤くしていたが、その理由をアイリスが知るわけもなかった。



 ヴァイオレットは王都で再び人々に正義を説いていた。しかし、人々は諦めているのか関心を持つことはなかった。

 ――このままではまずいな……。

 そう思うが、今はあくまで義賊。何かの権利を持っているわけではない。身分のある者として来たならまだ何とかなったかもしれないが、心を動かせるほどの何かを出来るわけではない。

「奴らは国を乗っ取り、ユーカリ様を処刑すると言っている……この国も、もうおしまいだ……シンシア様もここには来られない……唯一守って下さることが出来るユースティティア家の姫殿下であるのに……」

 その声が聞こえてきた時、ヴァイオレットは苦笑いを浮かべた。事実であるからだ。

 その時、老年の男性がヴァイオレットの傍に来た。彼はヴァイオレットの祖父だ。

「あ、あなた様は……!」

 他の人達は彼を見て驚いていた。なぜなら、大貴族の当主だったからだ。

「おじい様……」

「皆の者、彼女の言葉を信じろ。確かに近い内、戦争は起こるだろう。ユーカリ殿下も捕らえられるかもしれぬ。だが、この子は必ず彼を救い出す。そして彼と共に王国を取り戻してくれるだろう。お前達がそれを信じないでどうする」

 彼の言葉に民は互いを見つめ合った。そして、「……この子は、一体……?」と尋ねた。

「この子はかの有名な義賊で、私の孫娘だ」

 彼が言うと、人々は驚いた。なぜなら、彼の孫娘は――。



 二十五日、舞踏会が開かれる。音楽が鳴り響き、貴族の生徒達が中心となって踊り出した。アネモネとユーカリも、同じ学級の生徒と踊っている。

 ふと視線を感じ、そちらを見るとグロリオケがアイリスを見てニコッと笑いかけた。そして近付いてきて、彼女の手を取る。そのまま、中心へ連れて行かれた。

「あ!グロリオケ、ずるい!ぼくだって先生と踊りたいのに!」

「おれとも踊ってください!」

 それが合図になったように、生徒達が次々とアイリスに申し出た。ユーカリに教えてもらっていてよかった……とアイリスは胸をなでおろす。

 隙を見て、アイリスは抜け出す。他にも教師がいるので平気だろう。

「なんじゃ、もう踊らぬのか?」

「……さすがに疲れたよ」

 アモールに言われ、彼女はため息をつく。あそこまで踊りの相手をしていたら、さすがのアイリスも疲れる。

 ふと顔を上げると、ユーカリが夜空を見ていた。

「どうしたの?ユーカリ」

 声をかけると、彼は「あぁ、先生」とこちらを向いた。

「アネモネと踊らないの?」

「そうだな。彼女と踊るのは少し気まずくて」

「そうなの?」

 王子と皇女、言うほど気まずくはないと思うのだが。

「あぁ、実はダンスは幼い頃、彼女から学んでな」

「え?知り合いだったの?」

「アネモネが王国に亡命してきた時にな。それに、俺の継母が彼女の実母だったんだ。いわゆる「義姉弟」というものだな」

 どうやらフレットの悲劇が起こる一、二年前にアネモネが伯父と共に亡命してきたらしい。だが、二人はそのことを知らずに出会い、一緒に過ごしていた。

「なにしろ継母はアネモネが亡命してくる数年前に父と結婚したからな。俺も彼女が帝国に戻ってからそのことを知った」

 そうだったのか。少し複雑だな……と思った。

 ここで話もなんだし、大修道院内にあるエテルノリーフデと呼ばれている塔に行かないかと言われた。断る理由もないのでアイリスは頷いた。

 連れられた場所はかなり高い塔の最上階。

「そういえば、先生はここの噂を知っているか?」

 その質問に首を横に振る。彼は「やはり、そうか」と笑った。

「この日に二人で一緒に願いをかければ女神達がそれを叶えてくれるなんて、一体誰が考えたんだか」

「そんなものなの?」

「あぁ。しかも男女や恋人ならなおいいらしい。……多分、姉の方の女神が「愛を司る者」でもあるからだろうな。ユスティシーは武神だからこことは別の塔で騎士達が願いをかけると叶えてくれるらしい」

 そんなものなのか……。女神というものは人の願いを叶えるものなのか。

「ユーカリは信じているの?」

「まさか。女神がいることは信じるが、願いを叶えてくれるというならあの時、救ってくれただろう。噂は噂だ、女神は天上から人間を見守るだけだ。人がいくら助けを求めても手を差し伸べてくれないし、もし手を差し伸べてくれたとしても人がその手を掴む術を持たない」

 あの時、というのは恐らくフレットの悲劇のことだろう。一気に信頼出来る人達を失ったのだ、相当苦しかっただろう。……そんな彼が女神の救いを信じるなど、確かに出来ないかもしれない。

「……だがまぁ、伝説だと割り切って願いをかけるのなら別にいいとも思う」

 しかし、彼は笑顔でアイリスに「先生の願いはないのか?」と尋ねた。やはり彼は優しいと思う。

「ユーカリの願いは?」

 自分の願いはいいのだ、アイリスにとっては。彼は「俺の、願い事か……」と呟き、

「理不尽に奪われることのない世界になるように、とかかな?」

「そう。なら、私も同じことを願おうかな」

「ありがとう。……あぁ、それともこういう時は「いつまでもお前と一緒にいられるように」とか願うべきだったか?」

 その言葉にアイリスは疑問符を浮かべる。どういう意味で言ったのだろうか?

 ――それは、ユーカリの本音であり本当の願いであることを、彼女は知らなかった。

「……さぁ、戻ろうか、先生」

 ユーカリはアイリスの手を取り、会場に戻った。



 ヴァイオレットは雨の中、血を流しながら森を走っていた。アマンダ率いる反乱軍のせいだ。

 民を守りながら戦っていた彼女は矢が腕や肩に刺さり、剣が頭や腹をかすった。口から血を吐き出しても目の前がかすんでも、守ることをやめなかった。それを見かねた人達が逃げるように言ったのだ。

「義賊様。たとえ今ここがどうなろうと、我々はあなた様を信じて待ち続けます。どうか、ユーカリ様をお守りください」

 そう言って、一部の人達が魔法を使い反乱軍の目を眩ませ、その隙にヴァイオレットを逃がしてくれた。

 咳込むと、雪が赤に染まっていく。かなり深く傷を負っていたようだ。逃がしてくれなければ、本当に死んでいただろう。とりあえず止血を、とヴァイオレットは荷物の中から薬草を取り出す。

 ゲホゲホ、となおも吐血が続く。この状態ではアイリスに会いに行くことは出来なさそうだ。まぁ、こうなるだろうと見越して先に手紙は送っていたのだが。

 ――理不尽に奪われるこの運命を、どうか変えることが出来るように。

 塗り替えられた正義は、逆らうことを許さない。こちらが「悪」にされてしまう。だが、ヴァイオレットは決して諦めない。諦めるわけにはいかないのだ。

 ――ヴァイオレットは「正義の女神」の力を既に得てしまったのだから。

 全ての悪を食らいつくす者になろう。もう一人の女神が闇を食らいつくすように。



 十二月も終盤という時、旧礼拝堂が魔獣に襲われているという知らせを受けた。しかも、逃げ遅れた生徒もいるらしい。オキシペタルムクラッスはアルフレッドと共にその救助に向かった。

 逃げ遅れた生徒の中にはチェーニもいた。そこで、アイリスはヴァイオレットの言葉を思い出す。

 ――あのチェーニとかいう人、気を付けてくださいね。

 魔獣が現れたのは偶然とは思えない。イーブルのこともあるため、なおさら疑わざるを得なかった。不安を感じながら、アイリスは指示を出していく。

 ヴァイオレットが教えてくれたように、まずは心臓部分に攻撃を加える。一度動きが止まったが、再起不能になったわけではなく雄叫びを上げていた。だが、どうやら心臓が弱点らしい。頭でなくてよかったとアイリスは一人胸を撫で下ろしていた。頭だったら弓で応戦しなければならない。ヴァイオレットのように正確に狙えるほど器用ではないのだ。動きがあるものを狙うとなるとなおさらだ。……今度、ヴァイオレットが来た時に教えを乞おう、と心に決める。今は生徒達の守る方が先決だ。

 魔獣とあまり戦ったことがないからか、生徒達に徐々に疲れが見えてくる。アイリスはアルフレッド傭兵団の人達に魔獣の倒し方を教えた上で生徒達を守るよう指示を出した。

 最後の魔獣が倒れ、騎士団が後処理をしてくれるということになった。生徒達を誘導していると、アルフレッドとチェーニが話しているところが見えた。

「お前もさっさと戻りな」

「はーい」

 チェーニがアルフレッドの背後を取ると――ナイフで刺した。あまりに急で、アルフレッドも対処が出来なかった。

 アルフレッドが地面に倒れる。チェーニは悪い笑みを浮かべながら、

「うざいんだよね、あたしの計画を邪魔してくれちゃって」

 そう吐き捨てたのだ。

 ――アイリスはアモールの力を使って時間を巻き戻した。チェーニが父の背後に来た時点で、シルディルテオスを鞭のように伸ばして斬ろうとする。

 だが、それは突然現れた謎の男によって防がれてしまった。チェーニはアルフレッドを刺した後、後ろを見て驚いた表情を浮かべる。

「なんでここに⁉」

「ユーベル。お前にはまだ果たしてもらわぬことがある」

 その男はチェーニを連れて、どこかへと消える。アイリスは傭兵にとって大事な剣を投げ捨て、父に近付いた。そして、しゃがみ込んで抱える。

「……すまねぇ。これ以上、一緒にいてやれそうにない……」

 アルフレッドがアイリスにそう呟いた。それと同時に、アイリスの中で何かが込み上げてきた。

 雨が降っていないのに、父の頬に水滴が落ちる。アルフレッドは目を開くと、アイリスが涙を流しているのが見えた。本当に初めて見る、娘の涙に彼は複雑な心情になる。

「……初めて見るお前の涙が、俺への手向けとはな……嬉しいのか、悲しいのか……。ありがと、な……」

 その言葉を最後に、アルフレッドは動かなくなった。

 雨が降り始める。ユーカリに声をかけられるまで、アイリスはその場から動こうとはしなかった。


 アルフレッドの遺体を傭兵団の人達が担架に乗せて運び、アイリスはユーカリに任せられた。

「その……先生。平気か……?」

 いつもなら返事があるが、今回はない。無理もない、と思う。目の前でずっと一緒にいた父が殺されたのだ、いくら彼女でも辛いだろう。こういう時、うまい言葉を言えない自分が恨めしく思う。

 とにかく彼女が風邪をひかないように自分の外套をかける。彼女はなおも涙を流していた。自分達とは離れた存在と思っていた彼女が、今は近くに感じる。

 ――自分と同じ、気持ちになっているかもしれない。

 そんな中、自分が言うべきこととは……。



 一月に入り、アイリスはアルフレッドの部屋に来ていた。そして、引き出しの中を見てみる。

 そこにはアルフレッドが書いていたと思われる手帳が入っていた。それを見てみると、自分の成長日記のようだった。

 そこには自分が本当は大修道院の中で生まれたこと。泣きも笑いもしない、産声すらあげなかったのでおかしいと思い医者に見せると脈はあるが心臓は動いていないこと。火事に乗じて娘を外の世界に連れ出したことが書かれていた。そして、その引き出しの中には指輪も入っていた。

 もし何かあった時、その指輪はアイリスに渡す。それはお前の母親の形見だ。持っていてほしい。

 隣にあった紙にはそう書かれていた。アイリスはその指輪をポケットの中に入れた。

 その時、部屋に誰かが入ってきた。隣に立ったのはユーカリだった。

「先生、昼食でも取らないか?……なんて、そんな気にはならないか」

「……ユーカリ」

「アルフレッド殿の件、本当にすまなかった。イーブルの時点で俺達も気付いていればよかった」

「ううん。皆のせいじゃない……」

 傭兵であるアイリスも気付かなかったのだ、生徒である彼らが気付けなくて当然だ。ヴァイオレットの言葉も、戦闘が始まる直前に思い出したのだ。どちらかと言えば、自分の方に落ち度はある。とにかく、彼が気に病む必要はない。

 ユーカリはアイリスの肩に触れる。

「先生、俺はな。進むことだけが人間の強さだとは思わない。時には立ち止まり、死者を悼むことが出来るのも人の強さだと思う」

 それは、彼の経験なのだろう。……確かにその通りかもしれない。人間は進まなければならない生き物だが、時には立ち止まり、何をするべきか考えることの出来る生き物でもある。

「先生は、もう決めているのではないか?自分が何をすべきかということを」

 俺は、俺達は、いつまででも先生を待っている。

 そう言って、彼は部屋から出た。

「どうなんじゃ?おぬしの心は……」

 アモールが尋ねる。自分が何をしたいのか。それは……。

「……父の仇を、討ちたい」

「……そうか。それなら、それでいい」

 アモールは笑う。それはまるで「女神」のようだった。


 講義も無理しなくていい、とアヤメや生徒達に言われたがそういうわけにもいかないとアイリスは講義をする。そして休日、訓練場にいるユーカリのところに向かった。

「……そうか、心は決まったんだな?」

「うん。……私はアルフレッドの仇を討ちたい」

「分かった。俺はお前のために、槍を振るおう。お前が望むまま、誰だって殺してやる。それが、俺がお前に出来る、唯一のことだ」

 その碧い瞳は暗さを含んでいた。だが、今のアイリスにはそれすら気にならないほどにその言葉がたくましかった。



 ヴァイオレットは洞窟で休んでいた。今だ傷が癒えないのだ。しかも、熱もある。

 ――いっそ、ここで死ねたならいいのに。

 そう思うが、女神はそれを望まない。むしろ、彼女は泣きながら自分を見ている。

「……ユスティシー、大丈夫だから」

「でも……」

「帝国軍を殺していた時だって、これぐらいの傷は負っていたでしょう?あの時より体力もついているんだから」

「……そう、だけど……」

 あぁ、この女神は本当に優しい。武神だが、誰よりも他人を傷つけることを好まない。……本当は、こんな穢れた自分など、彼女から見捨てられてもおかしくないのに。

「あなたは、何も悪くない。あれは闇に生きる者……「トリスト」のせいでしょう?」

「その罠にはまってしまったのは僕だよ。だから今、こんなことになってしまっている」

 そうじゃない、とユスティシーは思った。元はと言えば、アヤメが……。

 とにかく、二月までに治さなければとヴァイオレットは目を閉じる。隣にいる女神に見守られながら。



 夜、アイリスがアルフレッドの墓前で立っていると肩に何かをかけられた。

「先生、風邪をひいてしまう」

 ユーカリとガザニアだ。なんでここに、とかなぜこの時間に活動しているのか、とかいろいろ頭に浮かぶが、それすらどうでもいいと思った。ただ、教師として「どうしてここに?」と聞く。

「訓練場から先生がここまで歩いているところが見えたからな」

「俺は殿下の付き添いだ」

 なるほど。もう寝ていると思っていたが、起きていたのか。物音で起こしたわけではないようで安心する。

「……やはり、辛いのか?」

「……辛くないって言ったら嘘になる。だけど、これ以上皆に迷惑をかけるわけにはいかない」

「迷惑だとは誰も思っていない。むしろ、親を殺されてすぐに立ち直れと言う方が薄情だろう」

 あのディアーでさえ、無理するな、休んでいいと言ってきたのだ。

「……アルフレッド殿の仇は、必ず討ってやる。だから先生は心配しないでくれ」

 ユーカリは微笑んでそう言った。ガザニアも「殿下がそうおっしゃるのならば」と頷いている。

「ほら、先生、身体を冷やすから早く部屋に戻った方がいいぞ」

「ユーカリ達は?」

「俺達は寒さに慣れているからな。もう少し訓練してから部屋に戻るよ」

「私も一緒にいようか?」

「いや、大丈夫だ。ガザニアもいるし、何より先生は最近あまり眠れていないのだろう?クマが出来てる」

 確かにその通りだ。彼にそう言われては強く出ることが出来ない。アイリスは素直に部屋に戻ることにした。



 ヴァイオレットは夢を見た。

 アルフレッドが目の前で背を向けて立っている。

「アルフレッド?どうしてこんなところに?」

 ヴァイオレットが彼に近付くと、彼は後ろを振り向いた。

 ――目に当たる部分は空洞で、口から血を流していた。

「ひ……!」

 気付けば、周囲に母を含む死人達がヴァイオレットを囲んでいた。

「お前のせいで死んだ……」

「お前が助けてくれなかったから……」

「早く仇を討ってくれ……」

 死者達は恨みを吐きながら、ヴァイオレットに迫ってきた。

 そこで跳ね起きる。ユスティシーは心配そうに見ていた。

「……また、悪夢を見たの?」

 ユスティシーはヴァイオレットの頭を撫でる。今は実体を持っているようだ。いつもは力を使うからと実体を持つことは控えているのだが、うなされているのを見かねて撫でようと思ったのだろう。

「……ごめん。やっぱり、無理だったみたいだね」

「アルフレッドの件は、仕方ないわ。あなたが自分を責める必要はない」

 確かに、あの場にはいなかったのだから助け出すことは出来なかっただろう。しかし、自分はこうなると知っていたのだ。だから本当は、彼を救い出すことだって出来たハズなのに。

「こんな怪我で行った方が迷惑になるわ。それはあなたも分かるでしょう?」

「……うん」

「ユーカリを守りたいんでしょう?なら、今は自分達が出来ることをしましょう」

 ね?とユスティシーが微笑みかけてくれる。それに母の温もりを思い出し、安心してヴァイオレットは「……うん」と微笑み返した。



 「死の祭壇」のところに闇に生きる者がいると聞き、アイリス達は地図を見る。……ユースティティア領地にある、今はなきラメント村という場所の近くらしい。

「ラメント村……」

「何か知っているの?」

 ユーカリの呟きにアイリスが反応する。

「あー、ラメント村はユースティティア家のご令嬢様……エステル嬢とその娘が住んでいた村ですよ」

 それに答えたのはシルバーだった。つまり、ユースティティア次期領主シンシアが住んでいた村、ということか。

「結構有名な話ですね。私も聞いたことがあります」

「……エステル嬢は武芸に富んでいたと聞いている。一度でいいから手合わせしてみたかった」

 どうやら貴族組は知っているらしい。それも当然かと思う。大公爵は貴族階級の中でも一番身分が高く、場所によっては小さな国の王になりえる身分であるというのだから。

「とにかく、その「死の祭壇」という場所に行けばいいんだね?」

「あぁ。……だが、「死の祭壇」は禁忌の儀式をする場所でもある。どうなるか分からない以上、気を付けた方がいい」

「分かった」

 チェーニ……いや、ユーベルを討ち取らないと、アルフレッドの無念も果たせないだろう。

 ――ユーカリの瞳が何かに燃えていることに、アイリスは気付かなかった。


 夜、アモールがあの玉座にアイリスを呼んだ。

「どうしたの?アモール」

 アイリスが尋ねても、呼び出した本人は黙ったまま。疑問符を浮かべていると、アモールはようやく口を開いた。

「……わしの正体が、何となく分かったのじゃ」

「アモールの正体?」

「あぁ。……じゃが、確信が持てぬ。もしかしたら、ヴァイオレットが知っているやもしれぬが……」

「今月は来れないって手紙が来たよね」

 慌てていたのか、ヴァイオレットにしては乱れた字で書かれていた手紙を思い出す。「一月中は来ることが出来ないと思う」と書かれていた。だが、なぜ今ヴァイオレットの話になったのだろう?

「……何となくじゃが、ヴァイオレットがどこで何をしているのか分かり始めてきたんじゃ」

「そうなの?」

「あぁ。……これは、ユスティシー、かの?ヴァイオレットの近くに、同じ菫色の髪の女性がいるんじゃ。洞窟に身を寄せていて、ヴァイオレットは重傷を負っている。……偶然にしてははっきり見えているのじゃ」

 つまり、ユスティシーと意識が繋がっているということだろうか。だがしかし、なぜヴァイオレットの近くに?

「分からぬ……。だが本当に見えているのじゃ。だからもしかしたら、わしは――」

 そこでアイリスは夢なのに急激な眠気に襲われる。そのせいでアモールの言葉を最後まで聞こえなかった。



 オキシペタルムクラッスが「死の祭壇」に向かうと、予想通りユーベルがいた。その周囲には魔獣が配置されている。

 ――魔獣を操る魔法でもあるのか。

 アルフレッド傭兵団も騎士団も来てくれているが、それでもきつい数だ。アモールの言葉が本当なら、ヴァイオレットもここに来ることが出来ないだろうし。

「先生、魔獣は俺達に任せてくれ」

 どうするか悩んでいると、ユーカリがそう言ってきた。

「……大丈夫?」

「あぁ。ヴァイオレットから倒し方を教えてもらっているし、俺達だって守られてばかりではない」

 他の生徒達も頷いている。ここまで成長したのか……とアイリスは感動した。

「……なら、任せるよ」

 笑いかけると、生徒達も笑い返してくれた。それを見て、アイリスはユーベルを追いかける。その間にも生徒達は魔獣を倒していた。

「くそっ!こんなにも強くなっているなんて聞いてない……!」

 ユーベルはそれを見て、逃げながら吐き捨てる。

 そうして祭壇の中心まで来る。そこでイーブルが現れた。彼はユーベルの胸を掴む。

「な、何を……」

 ユーベルはわけが分からないと言いたげにしている。イーブルはニヤリと不気味な笑みを浮かべ、

「お前はここで死ぬ」

 そう言ったかと思うと、突然胸を裂いたのだ。そこから心臓が取り出される。

「た、助け……」

 ユーベルはアイリスに手を伸ばすが、その前に手が落ち、絶命した。

 イーブルは禁呪を使う。すると祭壇から闇が出てきた。それがアイリスを包み込み、やがて消える。

「貴様……!先生をどこにやった⁉」

 ユーカリが怒りをあらわにする。それが楽しいのか、イーブルは笑った。

「奴は深い闇に囚われた。もうここに戻ってくることはない。シルディルテオスが亡くなるのは痛手だったがな」

「そんなわけない!」

 認められなかったのかもしれない。だが、それ以上に謎の確信があった。

 先生は、必ず戻ってくると。


 アイリスは闇の中を彷徨っていた。

「おぬし!何をやっておるんじゃ!この闇は恐ろしいものなんじゃぞ!」

 アモールが怒りに任せて詰め寄る。

「そんなに危険なものなの?」

「危険も何も、これは女神の力を使わねば決して抜け出すことの出来ぬのじゃ!」

 そしてため息をつき、

「全てが凍てついてくるじゃろう……死ぬ覚悟は出来てるか?」

「そんなわけない」

 即答すると、アモールは「そうじゃろうな」と呟く。そして仕方ないと言いたげに再びため息をついた。

「ならば、わしと意識を一つにしようぞ」

「意識を、一つに……?」

「――わしは「創造神」アモール。武神ユスティシーの姉であり、人々に知識を与えた女神じゃ」

 薄々とは気付いていたが、実際に言われてみるとやはり驚くものだなとアイリスは呑気に思った。

「おぬしの望みは何じゃ?」

「……皆を守りたい」

「……あぁ、それでよい。この力、人々のために使うがよい。

 ――おぬしと一緒に過ごせて、本当に楽しかった」

 アモールは涙ぐみながら、立ち上がる。そして石の階段を降りてきた。

「わしとおぬしの意思は一つになった。時のよすがを辿りし者よ。今こそ、己の決めた結末をその目でしかと見届けよ」

 アイリスは右腕を前に出す。アモールがその手に触れると、淡い光になってアイリスと一体になった。

 力が溢れ出し、シルディルテオスが真の力を発揮する。それを持ち、アイリスは闇を斬り裂いた。

 ユーカリ達の方からは、突然空が裂かれたように見えた。

「神は、闇をもくらうか……」

 イーブルが呟く。アイリスは裂かれたところから着地した。

 髪色は萌木色に、瞳の色は緑色になっていて、まるで別人だった。だが、その強い意志を宿した瞳は確かに自分達の担任であった。

 イーブルが闇魔法を放ってくるが、アイリスはそれを斬った。そして、一気に近付きイーブルを斬り捨てる。

 操っていた人達がいなくなったからか、魔獣達も倒れた。

「先生、無事でよかったです」

 生徒達がアイリスの周りに集まる。

「それにしても……その姿、何があったんだ?」

 ユーカリが当然の質問をしてきた。アイリスが「女神が力を貸してくれた」と簡潔に答えると生徒達は驚いたようだったが、この状況で信じないというわけにもいかないと思っているらしかった。

 まるで神話に出てくる聖者アリシャのようだと思っていると、突然アイリスは倒れた。

「先生⁉」

 ユーカリが慌ててアイリスを見る。

「……寝ているだけ、か?一体どういう……とにかく、アンジェリカ先生に見てもらおう」

 すまない、先生。担がせてもらう。

 そう言って、ユーカリはアイリスを背負い、修道院に戻った。



 その頃、ディアーがアヤメに詰め寄っていた。

「アヤメ、君はなんてことをしたんだ?」

「何のことですか?」

「……君は禁を犯したのだろう?そうして「女神」として生まれた者がかの教師と、菫色の義賊……ではないのか?」

 その言葉にアヤメは動きを止める。こうなるということは心当たりがある、ということだ。

「アルフレッド殿の手記を見させてもらった。娘の心臓が動かず、また少しの間一緒に過ごしていた少女も心臓が動いていなかった……「女神の器」として生まれた者の特徴だ。君は今まで修道女達で実験をしてきた。そして女神達が殺されて千年の時が経った時、彼女達が現れた。……アモール様とユスティシー様の年の差も彼女達と同じだ、疑わずにいられないだろう。アヤメ……いや、「アリシャ」よ」

 ディアーが彼女の本当の名を呼ぶと、アヤメは今度こそ止まった。



 ヴァイオレットは修道院へ向かう準備をしていた。

「大丈夫なの?」

 ユスティシーが心配そうに尋ねる。ヴァイオレットは彼女に「大丈夫だよ」と笑いかける。まだ怪我は完全に治っていないが、これぐらいならなんてことはない。

「そう……。もうすぐね」

「うん。五年に渡る戦争が、ね」

 少女達は悲しげな瞳をしていた。

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