第92話 生と死の間
目を開けると、そこはあの日見た場所だった。
それは、とても憧れていたにもかかわらず、その場に立ってしまえば、その気持ちもどういうものだったのか思い出せない。それはすごく遠くにある気持ちだった気がした。手を伸ばしても届かない、色あせた記憶のように。
エマは、一人で歩みを進めた。
それは、今まで経験したことのある歩みだった。一つ一つが違った出来事のようで、その一歩を進めるたびに脳に違った声が響いた。でもそれが誰の声であるかは分からない。確かに知っている声なのだが、全く分からないのだった。
そういえば裸足であることに気が付く。冷たい草の感覚がした。でもそれは、心地の良いもので、得体のしれない感覚ではなく、言うならば太陽のもとよく乾かされたふわふわの洗濯物の上を歩いているようなものだった。
しばらく行くと、白い階段があった。
よく磨かれた石で積まれているが、ところどころ欠けて、かなり古い間そこにあったのだと分かった。
あたりにはその階段以外のものは何もなかった。白い靄がかかり、見渡せる範囲は限られている。エマは迷う。その階段を上ってしまえば何か良くないことが起こるのではないだろうか。不安はエマの心を埋めた。エマを取り囲む茫漠な空間は、その心を締め付けてより孤独を感じさせた。靄は相変わらず視界を妨げるが、その奥はどこまで続いているのか想像もつかなかった。
ゼリーのお菓子みたいな緑色のトカゲがその階段を這っていた。動きは素早いが、少し動いては止まり、また少し動いては止まっていた。それをじっと見ていると、自分もそのトカゲになった気がした。地面や壁を素早く這いまわり、餌を探す。静かに近づき獲物を狙う。そして、夜はあなぐらへ帰るのだ。あなぐらには何があるのだろう。家具やベッド、本棚、目玉焼きとベーコン、挽きたてのコーヒー。
エマは朝食を食べかけだったことを思い出した。そういえば、ここにどうやって来たんだっけ。いくら考えてもその答えは自分の中にはなかった。
ふと上を見上げると、狭い空間に少しだけ青空が見える。白い雲の筋が二本ほど架かっていた。あれは、飛行機雲かしら。そう思ったが少し、不思議なことに気が付いた。飛行機なんてみたのは、ずいぶん昔のことだった。そういえば、あの頃はみんなで笑いあっていたことを思い出した。
一人の赤ん坊を拾った時、エミリーに助けてもらったっけ。エミリー、元気にしているかな。
そんなことを考えていると、目の前にある階段もあまり怖くないような気がした。すこし自分の鼻を触った。小さな鼻だ。あの頃から少しも変わらない。エマは一歩階段を上がる。
この目も、耳も口も何もかも何一つ変わらない。自分の周りの人間はどんどんと死に、いつしか一人になるのだろうと考えていた。でも、トマだけはずっといてくれた。トマは、弱い私にずっと勇気を与えてくれていたのだ。だからこそ、あの時も、頑張れたに違いない。
また一歩階段を上る。
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いろいろと心境の変化もございまして、書きたいものも変化し、これをこのまま放っておくのも心残りではありますので、いったんここで完結とさせていただきまして、一様続きのようなものを別のタイトルで始めたいと思います。
特に人気もありませんでしたが(趣味のようなもので自分の中にあるものの捌け口のようなものでしたのでそれは問題はないのですが)、数人の方に見えていただけていただけでもなんだかうれしかったです。またお会いできればいいなと思います。皆様もどうか気力的にお元気でお過ごしください。では、ありがとうございました。
次にあげるタイトルは、続きのようなものですので(枝分れした別の次元の話ぐらいの感じです)、今までの話がもしお気に召していただけていたなら、ご覧いただければ幸いです。
と思いましたが、ストレス発散で書き続けようかなっと思いまして、なんとなく続けることといたします。




