第89話 無情
『ソフィア、待って! 僕は大丈夫だから!』
今にも飛び出しそうなソフィアにリリーが思念を送る。
『いいえ、待ちません。もう我慢の限界です。こんなに卑劣な生き物がいるなんて!』
ソフィアは体を震わせその怒りを抑えきれない。リリーの頭の上で立ち上がった。しかしその時後ろのほうから一筋の光が差す。
「ちょっとまってくれ!」
良く通るその声は、まるで光のごとくその場に差し込み、悪い流れを断ち切り、一瞬で誰もが動きを止めた。そこに立っていたのは筆記試験の時消しゴムを貸してくれたフィン・リーだった。
「さっきから聞いていれば、君は僕の友人に失礼だね?」
フィンは、力強い眉毛を動かしネラに尋ねた。
「貴様は、商会の……フィン・リー」
ネラは先ほどまでの傍若無人なふるまいとは違い、なぜかたじろいだ。しかし、眉間にしわを寄せ、すぐに反論する。
「お前には関係ないだろう! 俺はただ、こいつのこんな低い数値では学園でやっていけないだろうと思って親切に忠告してやっているんだ!」
ネラが声を荒げて叫ぶ。その時また別の声がした。
「私も聞いてたけど、あなたの言い分はおかしいわ!」
そういって、人差し指を立てる女の子がそこにはいた。三つ編みした赤毛のロングヘアーを揺らし、きれいな青色の目で睨む。
「そんなのただのおせっかいじゃない! あんた恥ずかしくないの、入学式の日に問題を起こすなんて。ほら、まわりを見なさい。自分がどれだけ恥ずかしい人間かわかってるの? もっと客観的に自分を見てみなさいよ」
その女の子はリリーと同じ年には見えないほどの毅然とした態度でそう言い放った。
ネラはあたりを見回し、すこし恥ずかしくなる。
「き、きさま!」
「それにいくら体内魔力量がすくないからって、この学校には通えないような規則はないわ! 魔力量が少なくたってこの学校で学べることは多くある。魔法技巧や剣術も教えてる。通うか通わないかは本人が決めることよ!」
「くそがっ!」
ネラの怒りが頂点に達した時だった。その右腕につけている銀の腕輪が光り輝く。
その場にいた誰もが、何をしようとしているのかわかった。
「ネラ君! 学園内において無許可での魔法使用は厳罰に処されます!」
イコマ教員は慌ててそう叫ぶが、ネラは強行する。
「うるさい! 俺が校則だ! マジックゲートオープン」
赤い光が左手をおおい、それは灼熱の炎をに代わる。ネラは次にその炎を放つための呪文を唱えようと口を開く、その時だった。
氷のガラスを地面にたたきつけたかのような空気が凍り付くほどの甲高い音がした。
その瞬間、ネラが開いた魔法陣がはじけ、炎が消失する。
ネラは訳も分からず自分の手を見る。あたりの誰もがその事態を飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。
「これは何の騒ぎですか!」
大きな声が響き、速足でディズアナシス教員が歩いてくる。
「これはいったい……あなたたち、登校初日に騒ぎを起こすなんて正気ですか! 少し頭を冷やしなさい。そこの四人ですね。あなたたちすぐにこの場を離れなさい! 私についてくるように。イコマ先生、あなたは何があったか説明を」
低音のアルトの声が響く。しっかりとした話し方に誰も反論するものはいなかった。その後四人は連れていかれ、イコマはディズアナシスに出来事の説明をした。そして、血液検査には別の教員が来て担当し、次第にその場は沈静化したのだった。
「あっぶないわねぇ。あの子、この人込みで魔法ぶっ放そうとしてたわよ」
「そうだね。彼は、あの年であの思考では、結構危ういかも」
列の後部にいたエマとトマは話していた。
「術式ぶっ壊したからよかったけど」
とエマが口を開くと、トマがしゃべる。
「だね、あのままだと死傷者が出てたよ。でもやっぱ【ルンガ】ってすごい優遇されているようだね。まるで独裁者のごとくだね。その権力せいで傲慢さが助長しているんだろうね」
「それにしてもやりすぎよ。まあまさか彼がこの学校に来ているとは思わなかったけど」
「彼って?」
「うーん、あの、ひょろっとした女の子みたいな子がいたじゃない。なんか因縁つけられてた。あの子、アリと一緒にこの国に来た時あったのよね。不思議な魔力だったから面白そうで後つけちゃった」
トマは笑顔で話すエマにごまかすような雰囲気を感じた。怒られるとでも思ったのだろう。
「まあ、尾行はあまり関心はできないし、余計なことに首突っ込まなくてもいいと思うけど、まあ、あの子が面白そうってのは同感だね。不思議な魔力だ」
「でしょ」
エマとトマは後ろのほうでぶつぶつ言いながら、血液検査の順番を待っていた。




