第9話 ディパーチャー
赤く綺麗な炎が立ち上る。
パチパチと音を鳴らし、そのたびに綺麗な火の粉が飛び散った。
宴は穏やかに行われ、誰もが悲しい出来事を振り払うように振舞った。しかしこれは、昔から伝わるこの辺りの習わしである。
宴に悲しさを持ち込まない。送る人に悲しい顔を見せると戻って来てしまう。
この地に住む人々は、純粋な心で誰もがそう信じていた。
エマ達は話し合った結果、少しでも早い方が良いだろうと言う事になり、すぐにでも王都へ立つことになった。
そこで馬車を使って、夜中のうちに出発することになったのだ。今から出発すると、朝方には王都へ到着する計算だった。
「さぁ! 行っくわよ! レッツラゴー!」
エマは、夜中とは思えないテンションで右手を天に突き出す。
「……エマ。背景とテンションが不自然だよ。声大き過ぎだし」
トマは、呆れたように首を振る。しかし、エマは凛凛とした瞳でトマを見る。
「なに言ってんのよ、トマ! 今から私の革命が始まるんだから。門出を盛大に盛り上げないと」
「なんで、今からなんだよ。盗賊団を倒しただろ?」
「えっそうだっけ?」
(この人の記憶力はどうなってんだ。よく僕のことは忘れずにいてくれるよな)
トマはこの世の不思議をまじまじと見ている。
「皆様、ありがとうございます。私のためにこのような時刻に出ることになり……」
キャロラインは頭を下げて申し訳なさそうにしている。
「ふぉっふぉ。気にしなくて大丈夫じゃ。それより、あんたは疲れたろうから、よく寝ることじゃな」
「そ、そんなことは出来ません! 運転ぐらいは、わたくしがさせていただきます! 絶対に譲りません!」
腕組みして、仁王立ちのキャロラインは断固として譲らない決意だ。
(こりゃ、王都につくまでスリープ必須だな)と、トマが思った瞬間だった。
「スリープ!」
突然キャロランは意識を失い膝が折れる。それをトマが慌てて受け止める。
「ちょっ! エマ! バカ! 剛田さん!」
「てへ」
振り向きざまに右手を頭に当ててて、おどけたポーズをとるエマに、
(こいつはもはや剛田さんではない。他の別の何かだ)と、トマは思うのだった。
そのやり取りの一部始終を見ていた村長は、
(この人たちは大丈夫だろうか)と、思うのだった。
そんな村長に見送られ、馬車の車輪はゆっくりと回り始める。光魔法で行く先を照らしながら馬車は王都を目指すのだった。
ちょうどその頃、王都アグラザリアでは、オースティンが自分の命の最後を決めていた。
その中は狭く薄暗く、空気も薄い。そこに、何人もの病人と怪我人がいるものだから、その熱気と匂いはむせぶほどに強烈にその五感に訴えてくる。
そこは二万年前の大戦時作られたものだった。
その名は、レギオン。
太古の昔に作られ、その構造は謎に包まれた強力な地下シェルターである。
王都で生き残った者たちはここに避難していた。
オースティンは、ここ数か月で多くの死を目の当たりにした。
父親と母親、戦友、教育係、従妹、幼馴染......。
近しい者達の最期を目まぐるしい速度で幾度も目撃し、オースティンの精神はズタズタになった。
それは例えるなら、髪の毛一本ほどの細さの糸で自分の肉体を操るような心境。
髪の毛の糸は、日に日に摩耗し、ゆっくりとその繊維が離れて行く。
今のオースティンは、いつその糸が切れて自我が崩壊してもおかしくない状態だった。
「お前は、無事か……」
強いて言うなら、妹のキャロランは無事なのか、それが心配だった。
あの頑固なまでに率直な妹のことを何とか生き伸ばす為に、其の実ただの言い伝えかもしれない長寿一族の話を持ち掛けたのは他でもないオースティンだった。
それは、どうにかして妹をこの地から離したい、という一心でのことだった。
オースティン・ブリットン。
彼は、アグラザリアの現国王である。
オースティンは、自分の最期を決めていた。
それは、その生命をすべて使い切る大魔法、第六門陣階位魔法【マイグレーション】によって、このシェルター内の国民全員を他の安全な地に移動させることだった。
膨大な魔力を消費する第六門を使えば、使用者は必ず死ぬ。
第六門は禁じられた魔法だった。
しかし、甥のディグノスが生きている。王位はディグノスが継げばいい。
王家ブリットンは、まさに紳士たる血筋だった。
それは、代々の教えや人柄によるものだ。頼り甲斐があり弱者を守るその様は、まさに騎士の誇りとも言える気品を兼ね備えていた。
国民からの信頼も厚く、国はとても潤っていた。それは、この国が国民優先で政治を進めてきたからだ。
また、常に無用な争いは避けるような姿勢をとってきた為でもあった。
「なぜなんだ……」
なぜ、天魔王は急にこの国を攻めてきたのか、オースティンは全く理解出来ていない。
争いを避けてきたからこそ、原因は全く分からなかった。しかし、今となっては考えても、どうしようもないことだった。もう誰もいない。
ふと目をつぶれば、幼少時代のあの日のことが、昨日のことのように思い出される。
幼かったキャロラインの手を引き、城の中庭で駆け回った。
同じ色の目と頭髪を持っていた姉妹はとても良く似ていた。
王宮の中庭には白いマーガレットが所狭しと満開の花を開いている。
そこをただ二人でくるくると回り、寝転ぶ。
その時感じた甘いマーガレットの匂いを今でも覚えている。
国王と王妃は遠くからその二人を見守る。
父が母の肩を抱き、母はその父の手に自らの手を添える。
暖かい目線と暖かい手の温もり。
そてはとても幸せな時間。これ以上の幸せはないだろう。
あの時に戻れるなら、何を差し出してもいい。
しかし、時は無情である。
人は誰もが死を迎えるために生きている。
オースティンは、ここ数か月の体験で生きる意味を見失ってしまっていた。
しかしそれももう限界だ、自分の気持ちなんて関係ない。ここには留まれないのだ。
守るべきはずの国民たちは、飢えと病で次々に息絶えていく。それをもう見過ごすことは出来ない。
ついに、オースティンの覚悟は決まった。
それは、自らの命の最後を迎える覚悟だ。
そしてオースティンは、腰かけた古びた椅子からゆっくりと立ち上がると、死への一歩を踏み出すのだった。




