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大魔導士エマの世界大革命  作者: AARO
第9章 リドルボルグ魔法学園
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第85話 ミステリアスレター

 西暦5憶6千年、4月1日の午前10時。

 見上げた空は青く、その青さは何処までも突き抜けていた。

 少ない雲はふわふわと気持ちよさそうに浮かび、鳥たちはさえずりながら空高く飛んでいく。

 本日は【リドルボルグ魔法学園】の入学式である。


 少し丸みを帯びた上下のスーツ。大きい一つ留めのボタンが特徴的なローブ。頭にはベレー帽。その全てが、紫色の上品な生地で作られている。

 新しい制服に身を包んだリリーが、正門の前で歩みを止めて顔を上げる。

「ここに今日から通うことになるんだ」

 リリーには、新しい扉が開く嬉しさがあった。しかし、同時に不安がよぎる。

 その気持ちはソフィアにも伝わる。

『お城みたいな学校ですね。リリー様、何かご心配なことでもあるのですか?』

 リリーの頭上から脳内に声が響く。

 小さなソフィアはリリーの頭の上にきちんと収まっていて、そこからリリーの顔を不安そうにのぞき込む。リリーの頭の上はソフィアの定位置になっていた。

 大人のてのひら程度の大きさしかないソフィアは、小さなリリーの頭からはみ出すことなく収まり、軽やかでその重さはほとんど感じられなかった。


『うん……実は……』

 リリーは言葉に詰まる。頭の上から心配そうにソフィアは見守る。

『……あの時の子供達もこの学校に通うはずだから』

ソフィアの頭には自分が死んだ時の記憶が呼び起こされ、血の気がスッと引くのがわかった。


『ごめん、ソフィア。思い出させてしまった。でも今度は必ず僕が守る。出会ってから短い間だけど、いろんなことを話して感じているうちに、僕にとって君の存在は、かけがいのない家族になったんだ。不思議だけど、僕は君と一緒にいたい。ずっと。だから絶対に君を傷つけない! 僕の命に代えても守るよ』

 そう言った後、リリーは思わず顔を伏せる。

 しかし、それは怖気づいている訳ではなかった。

 自らの力の弱さを理解しているからこそ、もし最悪の事態になったとき自分を命を投げ出しそれを犠牲にするしかないと考えている。

しかしそうすることは、記憶のない自分が今までお世話になった人々に、何も返せないまま死んでしまうという後ろめたさがあるのだった。


 そんなリリーを見てソフィアは毛を逆立てて目を見開く。

『やめてくださいリリー様! すぐにご自身を軽んじ、身を投げ出すのは! 悪い癖です!』

 ソフィアは頭の上で激しく腕を動かしてカンカンに怒っている。しかし、一息つくとすぐに落ち着き、

『……でもお気持ちは嬉しいです。リリー様、ありがとうございます。知らずに会ってしまっていたらきっとすごく取り乱したともいます。しかし、安心してください。あの時は魔力がほとんど枯渇していましたが、今は魔力も充実しておりますし、【インビジブル(見えない)】で身も隠しておりますので見つかる事はありません」


 そう言って気丈に振る舞うソフィアだが、リリーはあのような惨事の記憶がすぐに消えるものではないことは分かっていた。

 そしてソフィアの気持ちを考えると、復活の魔法を使ったあの時の様に自分の胸がズキズキと痛む気がした。


 それとともにリリーの頭には、今朝の不思議な出来事が思い出されているのだった。

 それは深夜のウォルシュ邸で起こった。

 自分の部屋で寝ていたリリーは何かの違和感を感じ、目を開けた。

 ベッドの横にある時計を見ると午前二時を指している。いつもならこんな時間には目が覚めない。


 不思議に思いながらも布団から抜け出て、ベッドの脇腰かけ足を下ろす。オレンジ色の床タイルから足へと冷たさが伝わる。

 すると奥の洗面台から、かすかだがガサリガサリと乾いた何かが擦れるような音が聞こえた。

 リリーは緊張した様子で、恐る恐るその音に近づいていく。

 

 窓から差す月明かりで洗面所の床にはひし形に近い四角形の光が落ちていた。


 リリーが立ち止まって目を凝らし観察していると、小さな物体が影から落ちている光の中へ歩いてくる。

 それは人間のような形をしており、大きさは二十センチ程度だろうか、くしゃくしゃと細かなシワがある。真っ白で、顔などには目や鼻といった本来あるべきものはなかった。

 まだこちらに気付いていないのか、キョロキョロと周囲を見渡しながら抜き足差し足で歩くが、その度にガサリガサリと音を立てていた。


 リリーはその様子を見て、驚くと言うよりなんだかおかしくなってしまった。

 あの音では慎重に歩く意味がない。

 リリーが微笑むと、その物体は急に歩くのを止めてリリーの方を向く。

「なんだお前、よく俺に気づいたな?」


 確かに口などはないが、くしゃくしゃの部分を器用に動かしてぶっきらぼうに喋る。

「えっ、い、いや……」

 急な出来事で言葉に詰まっていると、

「うぅん? なんだ、近頃の人間は! 言葉も忘れちまったのかあ?」

 ガサッと腕組みし吐き捨てるように悪態をついた。

「そんでお前は俺になんか用か?」

 リリーは、明らかに忍び込んできた物体に、このような質問を投げかけられようとは予想だにしなかったので少しびっくりしたが、仕方がないので気を取り直し挨拶をすることにする。


「こんばんは、僕はリリー。あなたはどなたですか?」

「おおう! お前がリリーかよ。たくっ、早く言えってんだあ!」

(僕は怒られているのかな?)

「よし、まあ俺も今日は久々のシャバで気分がいいんだ。俺の名前はカーガスってんだ、覚えとけよ。それはそうと、お前がリリーなら話は早い! 迅速に用事を済ませないと俺があの鬼軍曹に怒られるからよ」


 カーガスは肩をすくめながらそう言うと青白く輝く月光の中、クシャクシャと音をたて自分自身の形状を変えていった。

 人型だったその形は音を立てながら少しずつ大きくなる。ちょうどリリーの顔程度の大きさになりそれは止まった。

先ほどまでは凹凸により陰影を作っていが、今は真っ直ぐ伸び一切のシワがなくなっている。リリーが見とれていると、

 

「おい、何見てんだよ。早く読むんだよ、俺を」

「えっ? 君を読めばいいの?」

 カーガスに促され、急いで拾い上げる。手にとったそれは間違いなく一枚の白い紙であった。

 何も書いていない白紙のようだったが、顔を近づけてよく見ると文字が浮かび上がってくる。

 それにはこのように書いてあった。 



 敬愛する主君 リリー・ウォルシュ様

 

 このような形で報告いたしますことをどうかお許しください。

 私の名前は、アイリスと申します。

 

 まずはお誕生日おめでとうございます。今年で十歳になられましたね。大変嬉しく思います。


 さて、今回このような手紙をお送りした理由は、主君の身に危険が迫っていることをお知らせするためでございます。


 リドルボルグ魔法学園にはお気をつけください。


 特に教員を信用してはなりません。学校には多くの闇が渦巻いております。目を曇らすことなく真実を見つめてください。


 また、リリー様の体はあまり強く出来ておりません。ご無理をされるとすぐに消耗してしまいます。どうか平穏に日々を過ごしていただくようにお願い申し上げます。


 リリー様の進む道に光あることをお祈りしております。  

                            

 永遠の忠誠とともにアイリス。



 そこまで読むと、カーガスが喋る。

「おい、リリー。そこで終わりだぜ」

「あっ、そうなんだ。ところでカーガス、このアイリスって人は誰かな? 主君ってどういうことだろ」

「ん? なんだお前、本当に全然覚えてないんだな。いや、でも、えーと、そっかそっか」

 カーガスは勝手に納得してガサガサと元の人型に戻り始める。


「まあ、そのあれだ、今俺がお前に説明できることは何もねぇ。悪いことは言わねぇ、とりあえず言うことは聞いとけって事だ。アイリス様は、うん、大丈夫だ、信用できる方だからよ。まあ、とにかく言うこと聞いときゃいい」

 なんだか軽やかな手振りでそう告げると、リリーは「そっか」と答える。


「じゃあ、俺はもういくからよ。まあ、その、なんだ、またどこかで会おうぜ、リリー。お前は疑うとか驚くとかしねえのか? 俺にを見てそんな淡泊な反応したのお前が初めてだぞ。まあいいや、なんとなく俺はお前が気に入ったよ。じゃあな」


「うん、また会おうカーガス。アイリスさんにもよろしく」

「へへ、不思議なやつだな」


 カーガスはそう言うと何やらまたガサガサと形状を変え、紙飛行機の形になった。

 床に転がったその紙飛行機をリリーが眺めていると、

「おいリリー、見りゃわかんだろ、窓から飛ばしてくれよ」

「あっ、そうなんだ」

 リリーは飛行機カーガスを拾い上げ、窓を開ける。

「あっちだあっち、あの赤い屋根の方」

 リリーはカーガスの指示通り、赤い屋根に向かって飛ばす。月明かりの中白い比翼をキラキラと輝かし、勢いよく飛んでいくカーガス。


「あれでいいのかな?」


 リリーは、小さくなっていくカーガスを見送りながら、思いがけない不思議な手紙になんだか楽しくなっていた。

(それにしてもアイリスって誰なんだろう。僕がアイリスの主君ってこと? なんだかよくわかんないや。それに、僕は体が弱いのか。たしかに魔力も少ないし、僕の弱さには理由があるのかな?)

 

 記憶のないリリーは考えていた。自分はどこからきてどこへ向かうのだろう。窓の外にはとても大きな月がその不安を見透かすように輝いている。

 リドルボルグ魔法学校に抱いていた期待を覆い隠すほどの暗雲のような不安が、リリーの胸の中に広がっていく感覚がするのだった。

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