第81話 シークレットコンフェッション
とても暑いですね。みなさまお体ご自愛ください。
続きを書いておりますが、少しペースが落ちております。毎週とはいきませんが、末永くお付き合いいただければうれしいです。
その少年は透明感のある澄んだ肌をしており、ピンと立った長いまつ毛とつんとした上唇がとても印象的にその容姿をまとめていた。それはまるで無垢な少女の様な顔立ちであった。
しかし、周りの男子からはその華奢な体や容姿、さらにその名前からも女性のようだと馬鹿にされ、そのうえ女子からは頼りなさそうだと馬鹿にされていた。
彼の名は、リリー・ウォルシュ。
しかし、リリーは知らなかった。そのいじめを助長していた要因は他にもある。それは、ライザ帝国の貴族階級で、特権階級の通称【ルンガ】という体制に起因するのだが、その話はこれから少しずつ話していく事にしよう。
猫のような動物で自分のことを【ビジュ】だというソフィアとの出会いから五日後にエドワードとエミリーは帰宅した。
そしてその日の夜にリリーとソフィアは、エドワードとエミリーの部屋を訪ねるのだった。
リリーは小さな手で装飾が施された木製のドアを二回叩く。すると中から返事がした。
「はい、リリーかい?」
「そうです、父上。少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
どうぞと促され、ドアを開けて部屋に足を進める。
そこにはエドワードとエミリーがいた。
「父上、母上お話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「あらたまってどうしたの、リリー?」
エミリーがリリーのいつもと違う緊張した面持ちに気付く。
「はい、実は父上と母上が出発した日のことなのですが――」
リリーはソフィアに出会った事とこれまでの経緯を丁寧に説明する。
そして二人はリリーの話を真剣面持ちで耳を傾ける。
一通り説明すると、エドワードが口を開いた。
「そっか、良く分かったよ。それで、今ソフィアはどこにいるのかな?」
「はい。ドアの外で待っています」
そう言うとリリーはドアノブに手をかけて少しだけ開いた。すると、少し警戒しながら、ソフィアは入ってくる。
そして、中に入ると、きちんと前足を揃え丁寧にお辞儀をした。ソフィアの顔はとても不安そうに見えた。
「はじめまして、ソフィア。僕はエドワード。隣は妻のエミリーだよ」
「はじめまして」
紹介され、エミリーが笑顔で挨拶する。
「父上、母上。ソフィアは話す事が出来ませんので、【スルーコミュニケーション】を使用していただけますか?」
「そうだったね。マジックゲートオープン。第三門陣階位魔法、スルーコミュニケーション」
エドワードが唱えるとその場に橙色の光が降り注ぐ
『ソフィア、聞こえるかな?』
『はい、エドワード様。聞こえております』
『まずは君にお礼を言わないといけないな、リリーの友達になってくれてありがとう』
エドワードの口から出た思わぬ言葉にソフィアは慌てて、
『め、滅相もございません! 命を助けていただいたのはわたくしの方でございます。それに、わたしくはリリー様の魔力に、ひ、惹かれたといいますか、お人柄に惹かれたといいますか、つ、つまり、わ、わたくしがリリー様のお側に居たいだけなのでございます』
あたふたと説明をするソフィアを見て、エミリーは何かに感付き微笑む。
続けてリリーが口を開く。
「父上、母上。ソフィアは帰る場所もないようですから、どうにかこの家で生活することをお許しいただけないでしょうか?」
トーマスは腕組みし、少し考えてから、
「はっきり言うよ、リリー」
しっかりとした口調でそう言いながら、両腕を腰に当ててずいっと上半身を乗り出しリリーの顔をしっかりと見る。
「君の友人が困っているのに僕が何もしないとでも思っているのかい? もしも僕に対してそんなに信用がないのなら、僕が自分の息子の事をどれだけ考えているのか、息子の君はもう少ししっかり教える必要があるね!」
そう言うとトーマスは、子供が拗ねるようにプイっと外方を向いた。
それを見てリリーはとても嬉しくなったが、ソフィアはそれよりももっと嬉しい気持ちになった。それと同時にソフィアの喜びがリリーに伝わって来て、二人は笑顔になるのだった。
しかしすぐにリリーの顔色が曇る。
「父上、正直に言うと父上は必ず味方になってくれると確信した上でお話ししておりました。すみません」
リリーはそう言って、エドワードに頭を下げる。
するとエミリーが、
「ふふっ。リリー、正直なのは良いけど、そもそも少なからずそのような気持ちがなければ話そうと考えなかったでしょう。本音は隠しておかなくちゃ、交渉を優位に進める事は出来ないわよ」
エミリーは、人差し指を立てそう言うと、悪戯な笑みを浮かべでリリーの鼻をやさしくつついた。
リリーは頬を赤くし、照れた笑顔でうつむいた。
今ではその場の全員が笑顔になっていた。
『ソフィア、君がここに住みたいならいつまでもここに居ていい、僕らはむしろ大歓迎だ。君はそれでいいかい?』
『あ、ありがとうございます! ぜひこちらでお世話になりたいです!』
「よし! じゃあ決まりだ。今日からソフィアはうちの子だ。家族の一員だ!」
エドワードは両手を広げ、満面の笑みでソフィアに微笑みかける。ソフィアの瞳が少し潤んでいるのがわかった。
するとエミリーは、赤く綺麗な髪を揺らし少し首を傾げて、人差し指を立てる。
「ソフィア、何かあったらすぐに相談してね。本当になんでも話してくれれば嬉しいわ。特にリリーの事とか、ねっ?」
そして、ソフィアに向けて意味ありげな微笑みでウインクする。
ソフィアはとても慌てた様子で、
『え、え、いえ、そんな! えーと……ふう、分かりました。なんでも相談させてください。不束者ですが、何卒よろしくお願いします』
涙でにじんだ大きな瞳を閉じ、しっかりとお辞儀をする。
エミリーはまるで嫁ぐ娘のような挨拶をするのだな、と面白くなったがそれは言わないでおいた。
リリーは良かったと肩を撫で下ろす。するとエドワードが口を開いた。
『そうだな、しかし残念ながら僕もビジュなんて生物は聞いたことがない。ソフィアの外見は絶滅した猫にそっくりだね。だからあまり人目につくのは好ましくないと思う。でもこの屋敷から出れないんじゃあソフィアが不自由すぎるしなあ』
『エドワード様、それには心配は及びません。私は自らの魔力で物質の存在を隠すことができます』
するとソフィアはその場から、スウッと消えて見せた。
「ま、まさか! この魔法は【インビジブル】……第四門だ……」
「だ、第四門! そんな強大な魔法を……? 魔力の消費も凄いはずだけど……」
トーマスとエミリーは驚きの声を上げる。しかし、ソフィアは目を見開き口を開く。
『こ、この魔法はそこまで魔力を使うものではないですが……し、しかし、そんなに驚く事でしたか……』
ソフィアが俯きがちに呟くと、エドワードが聞く。
『魔力を消費しない……? そ、そうなのか……だとしたら、君の特殊魔法に依存するものか……いや、そんな事より君はマジックゲートを開いていない気がするが……』
『マジックゲートですか? 確かに皆様、その様な事を仰っていますが、それはいったい?』
エドワードは少し考えてから口を開く。
『そうだな。確かに君は、私たちにとっては知り得ない生物だ。私たちの常識が通じない事は、なんらおかしい事ではないのかもしれない。しかし、世界は広い。この世界でも、特殊な能力を持って生まれて来る者もいる。誰も知らないだけで、使えないとされた魔法を使える者だっているかもしれないんだ』
エドワードの言葉に、リリーは昼間の出来事と、本の事を思い出していた。まるで出口のない部屋に閉じ込められているような不安を感じる。
そしてソフィアが再び姿を現す。どこか元気のない様子だ。
『ソフィア……抱かせてもらってもいいかしら?』
エミリーが聞くと、ソフィアは頷く。
エミリーはソフィアを両手で抱え上げると、自分の胸に抱き腰を下ろす。
『大丈夫よ。私たちが絶対に探してあげるから。あなたの記憶も家族も。それに、私たちはもうあなたの家族なんだから、何も心配いらないわ。たとえ種族が違っても分かり合えるし、ずっと一緒に居ることだって出来る。そうでしょ? ねっ』
ソフィアを撫でながら、太陽のような笑顔で見つめる。
いつの間にかソフィアの目からは大粒の涙が零れ落ちるのだった。
『そうだね。僕も君に対する配慮が足りなかったようだ。すまない』
エドワードは頭を下げる。
『そ、そんな。やめてください。エドワード様のお気持ちは十分承知しておりますから……』
『ありがとうソフィア。リリーの事をよろしく頼むね。彼の好奇心と探究心は、見ていて心配でもあるし、それに僕たちは仕事が忙しくてあまりそばにいてやれないんだ』
するとソフィアは、「失礼します」とエミリーの膝からスルリと降りる。
『もちろんです。この身に代えましてもお守りいたします』
しっかりと、頭を下げてそう伝えた。
『よろしく頼む』
エドワードもしっかりと頭を下げるのだった。
この夜の話し合いはとても賑やかなまま幕を閉じた。エドワードとエミリーはリリーがこの家に来てからの事をソフィアに話した。それは、慣れない都会での不慣れなエピソードなどで、リリーは恥ずかしそうだったが皆は楽しそうに笑っていた。
ソフィアのなじみのないマジックゲートやこの世界の魔法の事は、リリーに教えてもらう事になった。分からない事は沢山あったが、エドワードとエミリーの力を借りてこれから少しずつ調べて行くことに全員が納得した。
「父上母上、おやすみなさい」
『おやすみなさい』
リリーとソフィアはそう言うと部屋から出て行き、エドワードとエミリーは笑顔で見送るのだった。
ドアが閉まると、エドワードは振っていた右手を下ろし、急に真顔になる。そして、そのままドスンとベットに腰掛けた。
項垂れるように座るエドワードを見てエミリーは声をかける。
「あなた? どうしたの?」
少しの沈黙の後、静かに口を開く。
「原因不明の復活の魔法……いや、僕の考え過ぎかもしれない。もう今は考えるのはよそう」
エミリーがエドワードの隣に腰を下ろす。
「エドワード聞いて。あなたが私の知らない悩みを抱えているのは知っている。それを私に話してくれない理由もなんとなく想像はつくけど、もし一人で抱え込むのが辛いのならいつでも私は受け入れるから」
そう言うとエミリーはエドワードの肩を優しく抱くのだった。
エドワードは肩に回ってきたエミリーの手に自分の手をそっと重ねて、
「ありがとう、エミリー。大丈夫だよ」
そう言葉を発したが、心の中は押し寄せる不安に埋め尽くされていた。
(すまないエミリー、その時がきたら必ず話すから。しかし、君にはとても辛い決断をさせるかもしれない。本当にすまない)
エドワードは、告げる事の出来ない自身の抱えてしまった大きな問題と、それに対する自責の念からいつの間にか血が滲むほど下唇を噛んでいたのだった。




