第79話 トラディショナルレリック
山神族のテントから出た三人は、岩場を軽快に飛び移っていく。
「トマ殿よ、これからどこに行くんだい?」
飛びながらアステラムが聞く。
「はい、次は木材を取りに、リトマス連合国の森へ行きます。山を下りましょう」
トマがそう言うと、ふいに一人の人物が目の前に降り立つ。
「な、何者!」
ルーシェアンと、アステラムは身構える。目の前に立っていたのは、青と黄色の頭髪をしたパンキッシュな女。ヒイラギだった。
「なんだ、お前か……」
ルーシェアンは、構えを解く。
「ルーシェアンさん、知り合いですか?」
トマが聞くと、
「そうだ、こいつはここで暮らす人族。いつからかここに住んでる。ここに住む人族は珍しいけど、こいつは悪い奴じゃない」
「何か、不思議な気配がすると思って来てみたら、珍しいお客さんだね。どうも、僕はヒイラギ。ヒイラギ・ネバーノバーと言う者だよ」
ヒイラギは胸に手を当てて挨拶する。
「ああ、初めまして、僕はトマ・ブリスティアンです」
トマも頭を下げた。するとヒイラギは肩をすくめる。
「凄いんだね、君は。ここは、人間族が生存出来る環境じゃないよ」
「はは、あなたもお見受けする限り、人間の様ですが」
「うん、そうだね。あはは、お互い様かー」
ヒイラギはいぶかしげな表情を浮かべる。
(このトマっていう男の子の潜在魔力は凄まじいな。隠している様で正確には分からないが。先代の魔法使い……それ以上か? まさかね……)
「それで、君たちは何処へ行くんだい?」
ヒイラギは笑顔で尋ねる。
「私たちは、リトマス連合国という所に行くんだ! 私は初めてこの山を下りるのだ。すごいだろ! えっへん」
ルーシェアンは胸を張ってそう言った。
「リトマス……?」
ヒイラギの顔色が変わる。
「……少し野暮用がありまして。それにしてもヒイラギさんは、何故このような所へ?」
「うーん、まあ人生の休息って感じ?」
「そうですか。まあお互い、深い詮索は無用でしょう……」
トマはそう言うと、怪しく微笑んで見せる。
「う……」
トマの威圧に言葉につまるヒイラギ。
「そ、そうだな。まあ、僕もそんな無粋な真似をする気はないよ。ただ面白い匂いがしたもんだからね」
「そうですね。それは僕も同意見です。あなたも面白そうだ。しかし、先を急ぎますので、また機会があったらお話ししましょう」
「うん、そうだね。またの機会に……どうせすぐ会えそうだけどね」
別れ際にヒイラギは含みのある言い方をする。
そして、トマ達は、山を下っていくのだった。
「ルーシェアンさん。今度からでいいので、あまり自分たちの行き先を他人には言わないで下さいね」
「いっちゃだめなのか?」
「えーとですね。この世には色々な者がいます。いい人もいれば悪い人もいる」
「でもヒイラギは良いやつだぞ!」
「そうですね。あまりこんな事は言いたくはないのですが。えーと、例えば動物が獲物を狩る時どうやって相手に近づきますか?」
ルーシェアンは少し考えてから、
「そうだな、相手に気付かれずに近づいて……」
「そうですね。それはつまり、気付かれたら食べ物にありつけないからです。狩る方も命がけです。そして、相手を狩る時に一番重要なのは、相手に気付かれない事なのです」
「……騙すってこと?」
ルーシェアンは、うつむきながら聞く。
「そうです。確実に倒す為には、油断してもらうのが一番ですからね。だからこそ、本当に理解している者にしか、心を許すべきではありません。寂しいと思うかもしれませんが、もっと経験を積んで色々な事を知れば、判断できる基準は多くなってきます。それが分かるまでは、迂闊な行動や発言は控えてください。特に一人の時は」
(少し厳しいかもしれないけど、ルーシェアンを守るためには仕方がない)
「わかった……」
ルーシェアンは少し落ち込んでいるようだ。
(やっぱり言い過ぎたかな?)
トマが考えていると、
「じゃあ、私の事は、ルーって呼んで!」
突然ルーシェアンが、声を上げるので驚く。
「えっと……今の流れでどうしてそうなったのか分かりませんが。そうですね。じゃあ、ルーと呼ばせてもらいます。よろしくお願いしますね、ルー」
「うん! よろしく、トマ!」
輝くほどの笑顔を見せるルーシェアン。すると、
「ちょっとまって! ずるいぞ! じゃあ私のことも、アステと呼んでくれ!」
「分かりました。よろしくお願いします、アステ。僕のこともトマと呼んでください」
「トマ! よろしく~! ひゃっほー!」
そして、三人はもの凄い勢いで山を駆け降りるのだった。
(しかし、あのヒイラギと言う人物。確か人間族と言葉にしていた。ほかの種族を強く意識していないとあんな言い方はしないかもな……実力といい、警戒したほうがいいことは確かだな)
トマは、下りながらそんなことを考えていた。
三人はリトマス連合国の深い森の中に立っていた。
到着した三人は、草木の匂いがする、涼しい森林の中を散策している。
「トマ殿、どこにいくのだ?」
「この先に、老木がありまして、その木が今回の杖を制作するのに一番適しているんです」
「なるほど、その姉上の弟子とやらに何か強い繋がりがあるんだな?」
「はい、そうです。ああ、見えてきました」
暖かく差す太陽の光を遮るように大きく広がる大樹。至る所から木漏れ日が漏れ、キラキラととても美しくその世界を表現する。
「わあ! 凄い、凄いな! トマ!」
ルーシェアンは、美しい光景に楽しそうに飛び跳ねる。初めて見る世界に心が躍っているのだ。
舞うルーシェアンを、所々から漏れる光がちらちらと浮き上がらせ、色素の薄い容姿を更に透かし、まるで光そのものの様な幻想的な美の糸を紡ぐ。
楽しそうなルーシェアンを見て、トマは何故かうれしくなる。
「さてと、では、よろしくお願いします」
トマはそう言うと、その掌を巨大な老木の胴体に当てる。
小さな手はフサフサの苔に覆われて見えなくなるが、黒い光がその中心に浮かび上がる。
すると、頭上から大きく重い声が響く。
「我の名は、ローピシン。リトマスの大森林のもっとも古くからいる精霊のひとつ。汝の名を示せ」
「お初にお目にかかります。トマ・ブリスティアンと申します」
大地を揺るがすような、雄大な声が響きわたる。
「そうか……トマよ。お主に問う。我に何用であるか」
「はい。あなたの、霊核を頂きたいのですが?」
トマがそう言うと、ローピシンは答える。
「我らの霊核は、常に作られ、生まれ変わる。汝の【マハートマー】の美しさであれば、信用できそうだ。渡しても良いが、その理由を聞かせてもらおうか」
「はい。実は先日、この木の根元でその命を絶った者がいます」
「ああ、そうか。わかったぞ。あの者か。なんと悲しく、儚いことか」
「はい。その際は、お助け頂いたみたいでありがとうございました」
「そういえば、お前は助けに来たあの娘に似ているな」
「はい、僕の姉です。その後あの者は姉の弟子となりました。あの者に渡す杖に霊核が必要なのです」
「不思議な姉弟よ。よくわかった。いいだろう、喜んで力になろう。我が最大の霊力をこの核に込めて!」
その瞬間、大地を揺るがす振動が駆け巡る。
「きゃ!」
「うわっ!」
不意に揺れ動く大地に、ルーシェアンとアステラムから驚嘆の声が上がる。
すると、その老木から、緑色に光り輝く玉がゆっくりと空中に浮き出てくる。トマが両掌を広げると、その球はポトッと落ちてきた。
「それは自由に使えばいい。しかしトマよ、我が願いを一つ聞いてはくれまいか」
「はい、なんなりと」
トマは胸に手を当てて、頭を下げる。
「この森の寿命は近い。もう、数年も持たないかもしれない。心愚かな者達が我らの命を脅かすだろう。どうか、そうなった時我らを助けてくれ。ここにはまたまだ若い精霊も沢山いる。その者達が行き場を無くすと、大変な事が起こる可能性が高いのだ」
「はい。わかりました。その時は僕が何とかします。安心してください」
トマは、笑顔でそう言った。
「なんとも頼もしい言葉か。我の心の荷が少し降りた気がする。ありがとう、トマよ」
「いえ、古くから、精霊族を助ける事は、魔法使いの大切な仕事の一つ。気になさる必要はありません」
「今は古きその言葉。どこに廃れてしまったにだろうか。本当にありがとう」
その声は、深く森の中に染み入るのだった。
「じゃあ、帰りましょうか!」
トマが振り返りそう言うと、
「うん、帰ろう。トマの姉さま見てみたい!」
「そうだね。トマの仲間に会わせておくれ」
三人は、頷くと、もの凄いスピードで飛び立つのだった。




