第8話 ファーストデイ
その村は海の見える丘に佇んでいる。
その名はディディア。エマたちが復活させようとしている村だ。
空はとても晴れていた。降り注ぐ光は緑の絨毯に降り注ぎ、きらきらと銀色になる。
海から吹く風は、暖かで心地よい。
村の周りは草原で囲まれており、頭のそろった綺麗な草たちは、風の行き先を示すように並んでお辞儀をする。
草原の波に揺られて沢山の花や虫たちも楽しそうに見えた。
この村の住人たちは少数だがまだ生存していた。
しかし、盗賊たちがあのままなら時間の問題だっただろう。
エマ達は、盗賊たちのキャンプから連れ帰ってきた人々が、もともとこの村の住人であった事にしようと考えている。
ディディアにある一つの木製の家の中で、三人は胡坐を組み、手のひらを上にして膝の上に置き瞑想していた。
目を閉じた三人の手は、ほのかに黄色く光っている。
『こっちは終わったわ。トマはどう?』
『こっちもオッケーだよ。じいちゃんも終わってるみたいだし』
『もち、オッケイじゃ』
三人は目を閉じ、瞑想したまま思念通信している。
『思ったより早く終わりそうね』
準備は順調に進んでいる。この分では昼頃には終わるだろう。
『じゃあ、もうひと踏ん張りじゃな』
アーブの言葉に二人は無言のまま頷く。
ゆっくりと時間は経過していく。村人たちは心地よく眠っているのだった。
「本当にありがとうございます。なんとお礼と言っていいやら」
「いやいや、まったく問題ありませんぞ!」
村長は、アーブの両手を一心に握り、掲げるようにお礼を言う。
「お孫さんにもなんとお礼を言ったらいいか。村の者を介抱していただいたようで」
「いやいや、いいんじゃ。この子達が望んでしたこと。良い経験になりましたわい」
アーブは賢者として世界を回る旅をしていて、エマとトマは後継者としてお供をしている、と言うことにした。
村長と三人の傍らに、カイトと母親の姿が見える。二人ともとても笑顔だ。他の人々も皆良い笑顔でその光景を見守っている。
しかし、家族を失った悲しみを消したわけではない。悲惨な記憶は書き換えて警戒心として残し、その悲しみを乗り越えるための手助けをしたのだ。
エマ達は三人とも同じようにこの村の復興を切に願っていた。
「皆様、どうか今夜はこの村でお過ごしください。できる限りのおもてなしをさせていただきます」
三人は村長に言われるがまま、一晩その村で過ごすことにしたのだった。
その晩はささやかながら宴が開かれた。
村の中心で沢山の薪を積み、火をともす。
そして、次々と運ばれてくる様々な料理。
誰もが、とても楽しそうに語らっている。
料理も飲み物もとても美味しい。この周辺の自然の恵みの豊かさが垣間見えた。
村長曰くこの辺りの村は、ほとんどが自給自足による生活だそうだ。
ここに暮らす人々は、生み出すことで生きている。
そういった人達から盗賊達は奪うことしかしなかったのだ。それは、とてもではないが人道的とは言えない行いだと言わざるを得ない。
「うん! この赤いやつ、めちゃうま! なにこれ?」
「うん! 確かにおいしいね! とても香り豊かで」
エマとトマは飛び切りの笑顔でその赤い食べ物にかぶりつく。
「おお、そうじゃな! これほどの味は今まで食べた中でも一二を争うわい。コクがあって、そしてこの酒にも完璧にマッチしておる」
三人はその赤い肉のような、それでいてゼラチン質のような料理を食べて、とても感動している。
「ノールベールという竜の老廃物ですよ」
そこへグラスを片手にキャロラインが声をかけてきた。
不意に三人の手が止まる。
(老廃物か……)と、三人は思った。
「はは、安心してください。老廃物と言っても、果実と筋肉の塊なのです。その竜はこのあたりの特産品である、ピョコの実しか食べません。通常ピョコの実は酸味が強すぎて人間は食べることができないのですが、その竜はその実しか食べず、それを食べると体のいたるところからその赤い物質を出します。それを採取し炭火でじっくりと焼くとこの料理【ピノール】が出来上がるのです」
「なるほど。そう聞くとまあ何とか大丈夫かしら。でも知らぬが仏とはよく言ったものね、なんだか色々聞くとあまり食が進まなくなるわね」
「まあ、なんじゃ、旨いのだから、余計なことは考えぬことじゃ」
そう言ってアーブは、エマの隣でバクバクと食べる。
「悟りの境地かな……」エマがつぶやく。
「それはそうと、キャロラインさん。確か国にお兄さんがいると言ってましたよね?」
トマが尋ねると、急にキャロラインの顔が曇る。
「はい……しかし、もしかすると、もう……」
キャロラインの瞳が潤んでいくのがわかる。
「それは、じじんば――、げほっげほっ!」
「ちょっと、じじ! のどに詰まるわよ」
慌ててしゃべるアーブがのどにピノールを詰まらせる。エマは一生懸命その背中をさすった。
「いやー、すまんすまん。キャロラインさん、それは心配じゃな。どういった状況なのじゃ?」
(あんたの方が心配だよ)と、エマは心の中で呟いた。
「はい。ほとんどの者は病と天魔族に殺されてしまいました。天魔王は早々に引き上げて行ったのですが、後に残った手下達がとても強く、まったく歯が立ちませんでした。我々は残った人々と共に地下にある隠しシェルターに避難していますが、貯蔵された食料も長くは持たないでしょう」
涙をこらえるように気丈に説明する。
そして、言いにくそうに下唇を噛み、ゆっくりと次の言葉を出す。
「あの……大変不躾であるのは重々承知ではあるのですが、しかし、もう私たちには残された時間はありません。ぜひ……ぜひ、アーブ様のお力をお借りしたいのです」
キャロラインの瞳は力強くアーブを見つめる。
その唇と手は小刻みに震えていた。
三人は顔を見合わせ思念で通信する。
『どうするかの』
『まあ、私は世界を救うことが目的だけど。流れで、じじになんか面倒な事押し付けちゃったみたいでごめんね』
『いや、まあ、わしも一日することと言ったら、しがない趣味の音楽制作ぐらいじゃからいいんじゃが』
『ならお願いします』エマはアーブに頼む。
「そうじゃな。乗り掛かった舟というもの。キャロラインさん、その手伝いをさせていただきますぞ」
アーブがそう言うと、キャロランはそれを聞いた瞬間、驚いたように目を見開き、次に俯いて肩を揺らす。
「あ、ありがとう、ございます。うっ、うう、ありがとうございます!」
大粒の涙が折り曲げた膝に向かって、ポタポタと零れ落ちる。
「それで、お礼の方じゃががががが――」
「いや、今そんなシーンじゃないから、まじで!」
エマはアーブの肩を持ち、信じられない速度でブルブルと揺らしながら言った。
それを見たキャロラインは自然と笑顔になるのだった。




