第78話 ストレンジコインシデンス
「トマよ。これはいったいどういった事か……」
シン王が、額にしわを寄せて難しい顔をする。
「えーと、どういう風に話せばいいものか……」
トマもひどく困った顔だ。
「よいではないの、シンちゃん。どうせ誰も来ないんだ。私もたまにはこっちの世界を見てみたいし」
シン王は肩を落とす。
「お前は仮にも流転炎を守る命を受けた者。それを放棄するなど、どれほどこの世界に影響をおよぼすのか計り知れない!」
シン王は腕組みして怒っている。
「いいじゃないの。トマ殿が来たのは実に二万年振りだよ。昔はしょっちゅう来てたのに、もうこの時代は人なんか来やしないよ。本当に暇なんだから。あの空間に一人で。お主には私の苦労は分かるまいなあ。ああやだやだ」
「しかしだなぁ――」
「ちょっと、ちょっとだけだって、何かあったらすぐ戻るからさ。それにほら、私、トマ殿と結婚するんだ」
トマは、片手で顔を覆い項垂れる。
「け、結婚って、なぜそんな話に! お前分かっているのか?」
シン王がそう言った瞬間、部屋の外から大きな声が響く。
「け、結婚! だ、だだだ駄目だ! トマはやらない!」
そう言って、勢いよくドアを開けて、ルーシェアンは入ってくる。
ルーシェアンは、眉間にしわを寄せて大きな目でアステラムを睨む。
不思議な空気が二人の間に流れるが、誰一人として何が起こっているのか正確に理解出来ずにいた。混乱と困惑が一人一人の頭上で入り乱れる。
沈黙を破ったのはトマだった。
「えーと、皆さん、とりあえずどこか座って落ち着いて話をしましょう」
「そ、そうね。ほらあなた、私は飲み物の準備をするから、皆さんをご案内してください」
トマの言葉に、一歩下がり見守っていたミュシィも賛同する。
「おお、そ、そうだな。では、こっちだ。ルーよ、母さんの手伝いをしてくれ。アステラムとトマはわしについて来てくれ」
「うん、おいしいですね。この……紅茶ですか?」
ほわほわと湯気の出るカップに口をつけてトマが喋る。
「そうよ。この地に生えるピッケっていう植物で作るのよ」
ミュシィは、小麦色のお菓子を差し出しながらそう答えた。
ルーシェアンはぎゅっと両手のこぶしを握り、アステラムをじっと見ている。
腕組みしているシン王があきれた様子で口を開く。
「はあ……それで、アステラムよ。お前は何故結婚などと、そんなことを言い出したのだ?」
すると、突然ルーシェアンが立ち上がり、ニコニコしているアステラムに言う。
「そ、そうだぞ。そもそも、トマには大切な人がいるんだ!」
「……大切な人?」
ルーシェアンの言葉を不思議に思いトマが聞くと、
「そ、そうだ。お前言ってたじゃないか。大切な人の為に流転炎を授かりたいって!」
ルーシェアンは、トマの方を凄い勢いで向き直りそう言った。
「ああ、それは意味が違いますよ。大切な人ではありますが、そうですね、つまり愛する人ではありません。僕の姉の弟子の為なんですよ」
トマは笑顔でそう言う。
「えっ! そ、そうなのか? じゃあ、トマの愛する人は?」
「えっと、愛する人ですか……? それは、添い遂げるパートナーという意味ですよね? だとすれば、いません」
「そ、そうなのか! じゃあ、アステか?」
ルーシェアンはどんどんとトマに詰め寄る。
「えーと、いえいえ、アステラムさんは……僕にもどう説明していいのかわかりませんが、僕は承諾していませんし、一度お断りしたのですが」
シン王は、首を振る。
「アステラムよ。お前の事だ、どうせトマが強いから言い寄っているのだろう。前にも、一度あったな」
「うるさいねえ。そんな昔の事は忘れたよ! あの時の思いはもう嫌なんだ。何も告げられないのは」
「しかしだな、アステラム。お前の気持ちはわかるが、相手にその気がないのなら仕方ないじゃないか?」
アステラムは俯く。すると、ミュシィが口を開く。
「あなた……少しは言い方があるでしょう。しかも、気持ちなんて変わることもある。お互いを知れば好きになることだってある。そうやって、結論を急ぐのはあなたの悪い癖ね」
「しかしだな……」
「アーちゃんもずっと守っていたんだし、たまには外へ出てもいいと思うわ。時間とは短いけど同時に無限でもある。選択が運命を導くの。そうでしょ?」
「し、しかしだなぁ」
煮え切らないシン王にミュシィが叱咤する。
「あー、もう、面倒だわね! あなたそれでも山神の王ですか! ドンとかまえなさいよ! ほらしゃきっとする!」
「お、おお!」
シン王はビクッとなる。
(ああ、全然違うと思ったけど、ルーシェアンがエマに似てるって感じたのはお母さんに似たんだな)
はっきりしないシン王に対し、堂々と発言するミュシィのその様はエマと重なって見えた。トマは思わず笑顔になるのだった。
かくして、アステラムは少しの間だけこの世界を見て回る事となった。それが決まってからのアストラムは終始ニコニコとしていた。しかし、ルーシェアンはずっとムスッとしているのだった。
「では、アステラムよ。トマに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「わかってる! 大人しくするさ、安心してくれ」
アステラムは笑顔でそう言った。
「トマよ。すまないな、君に大変な事を押し付けてしまって」
シン王が頭を下げる。
「いえ、僕はこういった事には慣れていますから、別に大丈夫ですよ。それに、仲間は多い方が楽しいものです」
屈託のない笑顔でトマがそう言う。
するとミュシェは、自分の背中に隠れているルーシェアンに向かって、
「ほら、言いたいことがあったらはっきり言いなさい」
そう言って、ルーシェアンの肩を持ち、トマの前に突き出す。
「わ、わた、わた……」
ルーシェアンは、顔を真っ赤にしている。
「私も、連れてってぇ!」
目を瞑り、こぶしを握って思いっきりそう言い放った。トマは微笑んでルーシェアンを見つめる。
「良いですよ。行きましょう。でも、ミュシェさん、シン王、いいんですか?」
「この子には、もっと、勉強が必要です。あまりに世界を知らなすぎる。トマよ、あなたが教えてやってくれませんか?」
トマは少し考えてから、
「僕に出来るか分かりませんが、任せて下さると言うのなら全力を尽くしましょう。少なくとも僕の命にかけても娘さんは守ります」
その言葉を聞いたルーシェアンは頬を赤くする。
こうして、トマとアステラムとルーシェアンは一緒に行くことになったのだった。
「それでは、すまないが、二人をよろしく頼む」
シン王がそう告げると、
「はい、分かりました。今度来るときは姉達も連れてきますね」
「うん、それは楽しみね。ご馳走を作るわ」
お互いに手を振ってお別れするのであった。
登場人物だけでも少しまとめようと思います。できれば次に差し込めればとか考えています。いつもご覧いただきありがとうございます。




