第75話 インベージョン
ここはリトマス連合国、首都リストンにある王宮。
「メディス様! 【白黒鏡】が見つかりました」
ナンバースリーが、その手に白と黒に塗られた鏡を持ち、玉座の間に入ってくる。
「おお、見つかったか!」
メディスは待ちわびたと言う様子で、玉座から立ち上がりそう叫んだ。
「はい。やはり、ナンバーファイブが持ち出していた模様で、ファイブが倒れていた近くの森に飛ばされていました」
「そうか、あのくそ野郎。はあ……じゃあ後でお仕置きが必要ねぇ。いや、まあ、今は、この中のエネルギーが必要なのぉ。早くこっちによこしなさい!」
メディスは血走った目を吊り上げ、引ったくる様にスリーの手からその鏡を奪う。その手は異常なほどぶるぶると震えている。
そのまま目の前にある大きな台座に鏡面を下向きにして置く。そして、どこからかガラス製の大きな瓶をを取り出してきて、白黒鏡の下にその瓶を設置するのだった。
「は、はあ、はあ、こ、これで、【マジックエキス】が抽出出来る……」
メディスの顔はどこか痩せこけて、今までと印象が違う。とても疲れているのか、少し動いただけなのに息を切らしていた。
「マジックゲートオープン」
メディスの前に赤い文字が現れ、それを操作する。
「は、はは、うふふふ、ふふふ。私としたことが、まさかこれほどまでに追い込まれるとは。第六門陣階魔法【ライフコンバージョン】」
メディスがそう唱えると、黄色い魔法陣が現れ白黒鏡にぴったりと張り付き、白黒鏡は光始める。そこから液体が一滴一滴と落ち始めた。
「よぉーし、よぉーし。さあどんどんと出るのだ。私のぉ、私のぉ、エキスたちよぉ」
血管が浮き出た顔で、真剣にその瓶を見つめる様は、身の毛もよだつほどの恐ろしさを感じる。
「もぉっとだ、もぉっと出ろ――」
そこまで言った瞬間だった。突如として白黒鏡から、大量の虹色の光が放たれ始める。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
「おおおおぉぉぉぉ!」
メディスと、スリーはあまりの眩しさに目を押えてうずくまる。
どんどんとその光は増していき、その場が真っ白に包まれた瞬間、限界を迎えた弦がはじけ飛ぶように、凄まじい音を立てて白黒鏡は粉々に砕け散ってしまった。
メディスは、静けさが戻った空間にゆっくりと目を開ける。
「な、なんだ、なんだこれは!」
目の前にある光景に驚愕する。
「ま、まさか! 白黒鏡が! 粉々に!」
スリーも状況が把握できず、声を荒げる。
「ま、まさか……ま、まさか……」
メディスは、ぶるぶると震え、両腕の手の平を開くともなく上に向け、突っ伏す。
(あの光、見たことがある。虹色の光! 虹色の魔法使い! ば、ばかな! 奴はもういない、もういない、もういないぃ! あの時確実に……)
メディスの顔面には脂汗が浮き上がり、真っ青になる。
「うっ! ごごふぅ!」
次の瞬間、メディスは口から血を吐き出して倒れてしまった。
「メ、メディス様!」
スリーが慌てて叫ぶと、いつの間にかメディスの隣に誰かが立っている。
「メディス……こんなになってしまって。あれだけ言ったのに仕方ないなぁ。こっちの世界に引き戻してあげるよ」
影が差す痩せこけた頬、ボサボサの髪の毛、まるで頭蓋骨にそのまま縁取りを加えたようなギョロっとした目、呆然と立つその人物はバトラー・ノバチェクだった。
「さあ、さあ、こっちだよ、おいで、おいで……」
バトラーは何か不思議なリズムでそう言いながらぐったりとしたメディスの手首を持つと、奥の部屋を目指しそのまま無造作にゆっくりと引きずり始めた。
全く力なく、なすがままになっているメディスを見る限り、もはや死んでいるのか生きているのかも分からなかった。スリーはその光景に微動だにすることも出来きない。
静寂の中に、生物を引きずるなんとも気味の悪い音が響きわたる。
「さあて、次は何して遊ぼうか、メディス。ひひ、ひひひひひ」
バトラーの狂気がその空間を支配していた。
ところかわり、ここはリトマス連合国の軍事基地の一室。
大きな拳が重厚な机を叩く鈍い音が響く。
「ふざけるな! 失敗したで済まされることではないぞ!」
その男は、巨躯な体をした白髪の角刈りで、口ひげを生やし緑色の軍服を着ている。
「ふっ……そう熱くなるのはよしましょう。ミシオ・デリンジャー元帥」
再度叩かれる机。
「何がおかしいのだ! 貴様ぁ!」
そこでは、ミシオ元帥とアルファベットのナンバーワンが話していた。ワンが口を開く。
「失礼しました。どちらにしてもこれは紛れもない事実。しかし今の所、相手も動く気配がない事から、これ以上の事を起こすつもりはないのかもしれない。もしくは起こせない事情がある。相手の所在も何者かすら分からない状態で、こちらも動きようがないのではないですか?」
ミシオは、鷹の様な鋭い目でワンを睨み、
「……貴様、嫌に冷静だな……何かあるのか?」
多大な魔法軍事力を持つリトマス連合国のトップに君臨するミシオ元帥。あれだけの激情に駆られていたかと思うと、次の瞬間には恐ろしいほどの冷静さを見せる。
「……いえ、ありません。しかし、もはやどうすることもできない。私もあなたも今ある問題を先に解決する事が先決ではないでしょうか」
ワンが静かにそう言うと、
「まあ、そうだな。ザイル帝国の動きが活発になっている。もしかしたら、こちらの動きを把握している可能性が出てきた」
「そうですか。それらから考えても、敵はザイル帝国である可能性が高いですね。スパイか……」
「そうだな。その問題の人物、ナンバーフォーとファイブを倒し、施設を破壊した奴だ。我が国の計画をぶち壊した後、ザイルに戻った可能性は高い。まあしかし、ザイルの人間なのか、ただ単純に潜伏しているだけなのかは不明だがな。それで、復旧にどの位の期間を要するのだ?」
「およそ、二年程度かと……しかし問題は、核に施された封印魔法式です。かなり難解で最終的にそれがネックになると思われます」
咆哮の様な怒声が轟く。
「ぐっ……くそぉ!」
次の瞬間凄まじい音が響き渡る。ミシオ元帥が、荒ぶる怒りに任せて机を叩くと、重厚な鉄の机はバラバラに砕け散るのだった。
「……それでは間に合わないかもしれん。ザイル王国の件は早急に手を打つ。貴様も、探りを入れる事を忘れるな。報告もな」
「それはもちろんです。私も今回の敵は個人的に興味がありますので。何か分かりましたら元帥にもお知らせいたしますよ」
「貴様……何か良からぬことを考えているのではないだろうな」
ミシオ元帥の威圧は、まるで、心臓を握りつぶされるかの様な感覚を覚える。通常なら、耐える事も出来ず、どんな真実も自ら吐露するだろう。しかし、ワンは微動だにしない。
「ふっ……貴様だけは、本当に分からんな。どうだ今からでも遅くはない、うちの部隊に入れ。お前なら確実に俺の右腕を任せられる」
ワンは静かに椅子から立ち上がる。
「元帥……何度誘われても私の答えは決まっています。あなたも十分分かっておられるでしょう」
「いや、分からんな。貴様の下らん理由など俺には全く関係がない」
「……ふっ。そうですね。取るに足りない単純な、そしてくだらない理由です」
そう言うと出口に向かい歩き出す。
そのワンの背中には赤く大きな瞳がのぞき、背後にいるミシオ元帥を睨む。
(……ふっ。貴様は何に魅入られてしまったのだ。地の底から湧き上がるような、何と恐ろしい瞳よ……)
ミシオ元帥は、自身の大砲のような腕がブルブルと震えているのが分かった。そして、それは止めようとしても一切止める事の出来ない、まるで本能が拒否しているような、魂が震えあがっている様なそんな震えだった。




