第74話 フーアーユー
エリスとの猛特訓の後、その日は午後からの授業はなかった。
授業がない時は必ずと言っていい程リリーは書庫に入り浸るのだが、この日は違った。
今リリーは自室に篭っている。
こじんまりとしたその部屋には、綺麗な白い鉄のパイプで作られたベッドと椅子があり、床には淡いオレンジ色をしたタイルが貼られていた。
リリーは椅子に座り、ベッドの一点を見つめている。その目線の先には黒い動物。
『じゃあソフィアは、どうしてこのザイル帝国にいるのか覚えてないって事?』
『そうでございますリリー様。気が付いた時にはこの王国の噴水のそばで倒れておりました』
その黒い動物の名はソフィア。ソフィアは前足を揃えて綺麗な姿勢で答える。
『じゃあ、ソフィアは【ビジュ】という生物なんだよね? そんな生物聞いたことないけど……書庫の本には君に似た猫っていう動物はのっていたよ。でも君ほど小さくなかったし、絶滅したらしいけど」
『わたくしもその話は母親に聞かされただけでビジュという生物の事はあまり詳しくは知りません。噴水で目覚めた時、ここはどこかも分からず魔力も著しく消費していました。そこにあの子供達に見つかってしまい追いかけられていたのであります。逃げ切れたと思ったのですが、待ち伏せされてしまいました。魔力不足で何も抵抗出来ずにあのような結果に……』
リリーの頭に先ほどの悲惨な光景が蘇る。
『ごめん、ソフィア。僕がもっと早く出て行って止めていれば……」
リリーはすぐに出ていかず、気後れした自分に罪の意識を感じていた。
あの少年達は近所に住むルンガの子供だった。実はいつもリリーをいじめているメンバーだったのだ。
『とんでもございません。貴方様がいなければわたくしはあのまま冷たい石の床で名もわからぬ亡骸となっておりました。私はリリー様に感謝しか感じておりません、本当にありがとうございます。つきましては、一生を賭けリリー様のお役に立つ所存でございます』
『えぇ〜、そんな、いいよ! それは僕が困る! ソフィアには自分の人生があるんだから! 僕のことを考えてくれるのは嬉しいけど……』
リリーはソフィアの思いがけない発言に、驚き、少し考える。
『じゃあ友達でいいんじゃないかな? 友達にになろうよ、なんでも言い合うような親友に!』
『友達ですか……? うーん、少し納得がいきませんが、分かりました! リリー様がそうおっしゃるなら一生の友達と言う事で!』
『い、一生の……まあ、いっか……』
リリーは、あまり上手く事態を把握できないが、今の所納得することにする。
すると、急にソフィアは神妙な面持ちに変わる。
『ところでリリー様。先ほどの復活の魔法の件ですが』
『……うん』
『リリー様が授業を受けておられる間、私もここから裏庭を見ておりましたが、残念ながらリリー様からはそれほど強力な魔力を感じ取れませんでした。本来復活の魔法とはとても膨大な量の魔力を使います。それゆえ、魔法を行使した本人は死んでしまうことがあるほどなのです』
リリーは思わず眉間にしわがよる。
『それでは何故あの場で、術者が死んでしまう程の、復活の魔法が行われたのか……それは……』
『それは……?』
リリーはソフィアの次の思念を待ち、身を乗り出し息を飲む。
『全くもって不明でございます!』
ソフィアは、この上なく真剣な面持ちから打って変わって、あっけらかんとした顔で思念を送る。これは多分本当にお手上げなのだろう。
リリーはあっけにとられ、どうしていいか分からなくなってしまった。そこへ察したようにソフィアが口を開く。
『リリー様、古代魔法には謎が多いのです。それは少しずつでも調べるしか方法がありません。さしあたって疑問なのは、なぜ使えたのか、リリー様が使えたのではない可能性も含めるなら第三者の誰かによるものなのか、そしてなぜ我々に魔力による絆が生まれたのか、と言う所でしょうか。少しずつでも調べて行くしかありませんね』
その言葉にリリーは気を取り直した。
『そうだね、僕はもうすぐ魔法学校に通うからそこでも調べられるかもしれない。分からない事はあまり考えてもしょうがないし、気長にやっていこう!』
『そうですね! わたくし達は一生の友達であり運命共同体と言う訳です!』
そして、二人は笑うのだった。それはとても楽しい時間だった。
『とりあえず、父上が帰ってきたらソフィアのことを話すよ。それまでは大変だけどこの部屋にいてね』
それを聞くとおもむろにソフィアは右手を頭に乗せる。その仕草はどうやら考え事がある時の癖のようだ。
『それは大丈夫でしょうか?』
ソフィアの不安な気持ちが瞬時に伝わる。
『ソフィア安心して、父上と母上は必ず受け入れてくれる。二人は色々な事を知っているから、ソフィアの事も何か解るかもしれない』
『そうですか。リリー様がそうおっしゃるならわたくしは信じる事にいたします』
そう伝えながらもソフィアは不安でいっぱいだった。
自分を受け入れてもらえるのだろうか。そもそもソフィアにはほとんど記憶がないのだ。その事も不安に大きく拍車をかける。
自分の名前や母親に教えてもらった事や、魔法などの記憶はあるのだが、ここまでどういった経緯で来たのか、家族は今どこにいるのか、ビジュとはそもそも何なのか、全く分からなかった。
それは偶然にもリリーの身の上と重なるようで、リリーにはその不安がよく理解できた。
そしてリリーは、今朝の失敗を思い返し、次こそはこの命に変えてもソフィアを守ろうと心に固く誓うのだった。
「エマ様、良かったんですか、あの少年の事」
アレクサンドラは、緑色のスープにスプーンを浸しながら口を開く。ピカピカの白いお皿に照明があたりキラキラと輝いている。
「うん。もういいわ。彼とはまた会える気がするし、家の中に入ってまで盗み聞きしてたら流石に居たたまれないし。それにお腹すいたしね」
エマは、パンを片手に少し顔を傾けてそう言った。
「わあ、このスープ凄く美味しいですよ! なんのスープだろ? でも、エマ様がデートに戻ってくれるのは嬉しいですが、私は逆に少年が気になり始めています……」
「なんなのよ、あんた。あれだけ、デート、デートって言ってたくせに」
「へへ~いいんです。どうせいつでも出来るから、明日も明後日もデートですから」
「なんだか良く分かんないけど、あんたは明日も明後日もその次の日も修行よ」
「え~! いや、しかし、まあいっか、そうか、考えようによってはずっと一緒にいるのだからデートとみなせばいいんじゃ……」
「何ぶつぶついってんのよ」
エマは、いぶかしげにアレクサンドラを見ながら、スープに口をつける。
「うんっ! 確かに美味しいわね! この店は当たりね」
外は昼下がりで、まだまだ活気が溢れている。
「よし、じゃあ。食べ終わったら王宮の方へ行ってみましょうよ」
「いいですね! 私甘い物が食べたいです」
「アリ、あんた、食事しながら違う食べ物の話するって、結構食いしん坊なのね」
「てへ」
アレクサンドラは、右手で拳を作り自分の頭に乗せて、下をペロッと出してウインクした。
「……かわいいけど、なんかムカつくわね、わざとでしょ? お茶目なところ、あるのね」
エマがどう言おうとアレクサンドラはそのポーズとったまま微動だにしない。
エマは思わず手が出そうになったが、アレクサンドラの笑顔を見ているとどうでもよくなって、つられて笑うのだった。




