第73話 インボーン2
カロの授業が終わると、リリーはそのまま裏庭で次の講師を迎える準備をしていた。
すると、ウォルシュ邸の裏庭へ続くテラスから一人の人物が入ってくる。姿勢よく歩いてくるその人物は、裏庭に出るや否や言い放つ。
「さて、リリー様。先ほどのことからよくお分かりとは存じますが、本日は予定を変更し、私が放つ剣を全て受け止めていただきます」
入って来たのはエリスであった。その左手にはよく磨かれた片手用の剣を握り、右手を刀身部分に添えている。
エリスは、ダークブロンドの腰まであるストレートヘアーを、後頭部で一本にまとめている。
その身長は、百七十七センチメートルと高く、それに加え顔も小さく美形で10頭身以上あるのではないのかと思うほどだ。すっとした高い鼻の両端には、コバルトブルーの目がよく目立っていた。
服装は動きやすそうな軽装で、ピタッとしたトップスとボトムス、皮のコルセットベストとブーツを履いている。
エリスは剣技に長けており、リリーはウォルシュ家に来て以来エリスの厳しい教育を受けていた。
「えっ、エリスさん! まあ、僕も悪いと思うんだけど、それはちょっと自信ないなあ……」
リリーは自信なさげに小声でぼそぼそとしゃべり恐る恐るエリスを見る。
「リリー様。誠に残念ですが今回ばかりはもう私も許せません。いつもあれほど念押するにもかかわらず何度もお約束を破られ、事もあろうにあのカロ様をお待たせするとは、余程、危機管理のなっていないご様子。この辺りでしっかりとその身に刻んでおいていただかないと、エドワード様、エミリー様、カロ様に私が顔向け出来ません。さあリリー様! 覚悟はよろしいでしょうか!」
そう言うとエリスは勢いよく左手の剣を突き出し、それと同時に右足を大きく踏み出して戦闘の型に入る。
その流れるような動きのなかで、刀身が空を切る音と右足が大地を踏む音が鳴り、それに追従する形で長く美しいポニーテールが波打った。その洗練された所作にリリーは圧倒されたが、
「ちょ、っとまっって」
よろめきながら慌てて剣を取り、そして構えた。
「いざ、勝負! 天津剣技第一型 花真風!」
「えっ! し、勝負って?」
リリーの不安な声など気にもとめず、エリスは準備万端だ。
エリスの気迫に押され、リリーは思わず受け身の姿勢に入る。覚悟を決めたリリーも真剣な顔つきになっていた。
一つ一つ攻撃が正確で早くて重い。リリーは一つ一つを丁寧に受け止める。
かなりの時間そうしている気がした。
身体中から汗が落ち、瞳に入るが、全く動じずしっかりと剣筋を見る。
少しの油断が命取りとなる、その厳しさをエリザベスから教わっている気がした。
「やめ!」
エリスがそう言い放ち、訓練は終った。
「はあ、はあ」
リリーは両手で膝に突っ張りをしてかろうじて立っている。乱れた呼吸に合わせ体が大きく上下する。
「リリー様。よく頑張りました。本日はこれまでとします。ではお風呂場で汗をお流しください。昼食にいたしましょう」
「あり、がとう……ございましたぁ」
リリーはお辞儀をして、かろうじてそう言うと屋敷に向かって歩き始めるのだった。
エリスはリリーを少し目で追ってから、その場の片付けを始める。すると背後に忍び寄る人物。
「いやはや、なんとも厳しい講師だな、エリス」
「カ、カロ様! まだいらしたのですか!」
エリスは驚いて振り向き、少し声が裏返る。
「お前ほどの者が背後に立たれるとは、修業が足らんぞ。それにしても驚きすぎだ。私も、ウォルシュ家の大事な一人息子を見守りたいのだよ」
カロはとても落ち着いた声で話す。
エリスはカロだからと言うのもあったが、必要以上に驚いた自分を反省した。
「ありがとうございます。それは……私もできる限りのことがしたい、と思っています……」
「それでどうなんだ、リリー様は」
「はい、それが……」
エリスは思わず言葉に詰まる。そして、しばらくの間をおいてから、
「根性はあります。それに、剣技の筋も悪くないと思うのですが、しかしながら、あまり成長が見込めない現状です」
ゆっくりとそう言った。カロは口髭をさする。
「なるほど。私もずっと見ておったがそれは薄々気づいておった」
エリスは下唇を噛む。
「なぜ……なぜエドワード様はリリー様をお連れになったのでしょうか?」
「ふふ。エリスよ、そう答えを焦るものでもない。子供と言うのはあっという間に成長するものだ。昨日まで青虫だったとしても、一晩で見違えるような姿になる事もあるのだよ」
カロはそう言うとエリザベスの肩に手を置く。おもわずエリスはうつむく。
そしてそのままその場を立ち去るのだった。
エリザベスは何かに囚われたかのように、太陽の光を反射しキラキラと光る刀身を見つめ、しばらく考えていたが、脳裏をよぎる不安を拭い去るかのように頭を数回振り、また片付けを始めるのだった。
『うーん、どういう事かしら?』
『私なんかには、皆目見当もつきません』
その一部始終を、ウォルシュ家の屋根の上で見ていたエマとアレクサンドラ。
もちろん姿を消し、スルーコミュニケーションを使っている。
『師匠。私は、スルーコミュニケーションって魔法がある事すら知らなかったんですが?』
『うーん、もう謎だらけね。あの子、全然弱いんだもん。そうは見えないんだけど』
『師匠! スルーコミュニケーションってまほーー』
『あーもううっさいわね。アリ、とりあえずあんたはもう面倒なんで、後で魔法の知識を全部ぶち込むから』
『す、すいません。ぜひとも優しくお願いします……』
アレクサンドラは、目を瞑り、恐縮しながら小さい声でそう言った。
『まあ確かに今のあの子の魔力はとても小さいわね。でもあの時、復元魔法を使えてたし……』
エマが首を傾げていると、アレクサンドラが思いついたように口を開く。
『もしかして、魔力障害でしょうか?』
『何それ?』
エマが聞き返す。
『魔力障害と言うのは、先天的に魔力をうまく使えない事を言います。世界中の人々は、個人差はありますが、魔力を持って生まれてくる事が当たり前ですので、体のどこかに問題があってその魔力が使えない事は、生きていく上でかなりの問題なのです』
『そうかぁ、ふーん。この時代では誰もが魔力を持って生まれて来るのね』
『エマ様の時代は違ったのですが?』
『そうね。私の時代では魔法使い自体珍しかったからね』
『そうなんですか……ということは、師匠の時代に魔法の起源があるのかもしれませんね』
アレクサンドラがエマの方を向いてそう言うと、エマは少し沈黙してから、
『たしかに、そうね……』
とだけ思念を送り、遠くを見つめる。
アレクサンドラにはその横顔が酷く悲しそうに映った。
『エ、エマ様……今度エマ様の時代のお話を聞かせてください……何でも聞きますから、私、私、どんな辛い事でも、聞かせてください。し、知りたいです、師匠の事……それで、それで、どんな事があっても、私、私はずっと師匠のそばにいます……」
アレクサンドラは俯きながら思わずそう思念を送った。
すると、エマはアレクサンドラへ目を向けて微笑む。
『ありがとう、アリ。分かったわ。すっごい長い話だけど、覚悟しなさい!』
アレクサンドラは晴れやかな笑顔で顔を上げると、
『も、もちろんです! どんとこいってやつです!』
そして、軽く胸を叩いた。それを見たエマは、とても楽しそうに笑っているのだった。
『それにしても、アンティゴなんて指輪初めて聞いたけど、私の時代から進化した技術かもね』
すると、アレクサンドラはパッチリと目を開けて、
『アンティゴなら知ってますよ! 魔力宝石を埋め込んだ道具で、杖とかアクセサリーとか沢山の種類があります。古い文献を読んだんですが、昔は杖しかなかったらしいですけど』
人差し指を立てて得意げにそう言った
『あーなるほど、私たちの時代で言う魔法の杖が変形したようなものなのか』
『はい、多分そうだと思います。今でも杖は定番です。そして、一番手軽で簡単に作れるのも杖なのです。えっへん』
『物知りね、とでも言って欲しそうね。でも今ので分かった。あんたがトマに杖を頼んだのは、作るのが簡単だと思ったんでしょ?』
『はい、そうです! 杖は、木材さえあれば加工も簡単で、魔法宝石を埋め込めば終わりです。エマ様の弟子となりましたので、何かお二人との絆が欲しいと思いまして……やはり、魔法宝石は高価ですから、無理なお願いだったのでしょうか?』
すると、エマは苦笑いを浮かべる。
『トマとあなたの常識の違いが生んだ妙……いや考えてもしょうがない。調べなかったトマが悪いことにしよう。そうだ、そうしよう』
エマはしっかりと頷き自分だけが納得する。
アレクサンドラは、その様子を横で見ていたが、意味が分からないようでキョトンとしているのだった。




