第7話 スクラッチハート
「終わったわ」
エマの言葉を受けて、三人が外に出る。
「ほぉ! こりゃまた見事なもんじゃなぁ。一杯やりとうなる」
見上げながらアーブがそう言った。
「それいいね! お花見か~」
エマとアーブの話が盛り上がっている最中、
「こ、これは一体!」
テントから出たキャロラインは、いろとりどりの木々を見上げながら驚きの声を上げる。
「キャロラインさん、またお会いしましたね」
トマが声をかける。
「ト、トマさん! こ、これは一体?」
眼を見開き真っすぐにこちらを見つめて尋ねるキャロラインに、トマは慌てて目をそらす。
「えーと……」
(困ったな、僕たちは目立つわけにはいかないんだった)
トマの脳裏に、ある人達との約束が浮かび上がる。
(しかし、キャロラインさんを納得させるのは面倒そうだな......)
しかし、すぐにトマの口角が少し上がり目が輝く。
「あっ! そうそう、これは僕たちが呼んできた助っ人による魔法です」
「なんと、大規模な。これほどの魔法は見たことがありません!」
キャロラインは腕を広げて、前に向き直る。
「さぞ名のある大魔導士様なのでしょう。ぜひともお会いしたいです」
「……は、はあ。あの人です」
トマが遠慮がちにアーブを指さす。
「ほえ、わ、わし?」
「な、なんと。さすが大魔導士様! 長き年月による研鑽がここまでの魔力を作り上げるのですね。その御召し物も、なんとも……し、しかし、そんなことはどうでもいい事です。人は見かけによりませんから」
(キャロラインさん、結構大雑把な人だな。彼女の中で子供だけは見かけによるんだろう)
トマは考えている。
(いやしかし、この世界で子供の魔力は、例外なくたかが知れているという事かもしれない)
トマがグッドサインを顎に当て色々と思考を巡らせていると、アーブがトマに耳打ちする。
『なんでわしなんじゃ?』
『ちょっと頭の固い人で説明が面倒なんだよ。目立つわけにはいかないじゃん。ごめん』
『まあ、それはそうじゃが……』
アーブとトマがこそこそしていると、キャロラインは魅了されるかのように木々を見つめ歩き回っていた。
「それより、ほれ、何人か盗賊も残ってるが、失敗したのか?」
アーブは、キャンプを見渡し、へたり込んでいる奴隷たちとは別に、何人か盗賊の様な輩が残っている事に気が付いた。
エマは顎に人差し指を当てながら答える。
「違うわよ。えーと、罪人を除いたから、その人たちはまだ犯罪に手を染める前だったか、無理やり働かされてたんじゃないかしら」
「なるほどのう。よく見ればあんな子供も盗賊の一員だったんじゃな」
アーブの目線の先には、黒い頭髪の少年がいる。
その少年はなにやらキャロラインと話しているようだ。
しばらくすると、その少年はずんずんとこっちに向かって歩いてくるのがわかった。
そして、アーブの前まで来て立ち止まり、少し俯いたままこう言った。
「このじいちゃんが盗賊団をやっつけたの?」
アーブが慌てて答える。
「お、おお、そうじゃ、そうじゃ。もうやつらに従わなくても良いぞ」
アーブが笑いかけるが少年は俯いたままだ。
「……なんでだよ」
少年は顔に影を落としたまま、静かに口を動かす。
「んっ? なんじゃ?」
余りにも小さい言葉だった為、アーブが聞き返す。
しかし、突如として発せられる怒声。
「なんでだよ!」
不意の事で、アーブとエマとトマは少したじろぐ。
すると、男の子は泣きじゃくりながらアーブに突っかかって行くのだった。
「あいつらは僕が殺してやるはずだったんだ! 勝手なことして!」
少年は、アーブの体を押し続け、その瞳からは大粒の涙が零れ落ちている。
アーブはしっかりとそれを受け止めた。
「おお……そ、そうか……それは、知らんかった。勝手なことして悪かったのう。でも、もう終わったんじゃ。しばらくゆっくり休むとよい」
幾重にも重なったしわの奥でアーブの瞳はじっくりとその男の子を見つめる。
優しくその手でその子を抱き、頭をなでると急に安堵したかのような表情で男の子は眠りについた。
「……ひどい世界になったもんじゃのう。なぜ人間は過ちを繰り返すのか……」
鮮やかな花を咲かせたその木々は、ささやかな海風にそよぎ、囁き合う。
アーブのその言葉は、深くゆっくりとその大地に沈み込むように響くのだった。
「馬車がいるわね」
エマがそう言った。
エマの提案では、まず生き残った人々を馬車に乗せ、キャロラインが捕まった村まで運ぶ。
その後に記憶の消去と体の復元をして、その村で新しい生活を迎えると言うのはどうかということだった。
トマとアーブもおおよそ賛成した。
しかし、記憶を操作することはかなりのリスクを有するのでその点が懸念された。少しでも辻褄が合わないと、その違和感は次第に大きな崩壊へとつながるからだ。
そこで、徹底的に一人ひとりの記憶を探り、緻密に組み替えるしかなかった。
それには少しの時間と新たな土地が必要だ。
あいにく馬車は盗賊たちが使っていた物があった。それに乗り、全員で移動を始める。
すべてを移動させた時にはもう日も落ちて、辺りはすっかりと暗くなっていた。
その夜、三人は一つの家に集まっていた。
「さてと、村の住民と、運んできた人達は眠ってもらってるから、今の所はいいとして、何かしらの情報はあった?」
エマは、その部屋を歩き、埃だらけのコップの端っこを指で軽く弾く。
その家は、長らく使われていなかったようだが、生活用品はさっきまで誰かが生活していたようにそのままになっていた。
それはまるで忽然と消えた主を待っているように。
「あの盗賊たちはこの近隣を根城としていたみたいだね。食べ物とか奴隷とか定期的に要求していたみたい」
トマによればその実情は悲惨なものだった。
逆らうこともできず廃墟となった村がこの付近には多くあるらしい。
「あの男の子……ほら、じいちゃんにかかっていった」
「ああ、あの子じゃな」
「うん、名前はカイト・ムカイ。ここから少し離れた場所から連れてこられたらしい。カイトの記憶も探ってみたんだけど、かなりむごい方法で父親と弟が殺されてたね。特に弟は最近までキャンプにいたみたいだけど、最近になって酷い殺され方をしていた。母親は生きてたみたいだけど、その母親を人質にして、あの子を操っていたようだね」
「なんともなぁ、惨い事をするのぉ」
椅子に腰かけたアーブはあごひげをさすりながらぼんやりと遠くを見つめる。
「とりあえず、明日でいいかしら村の復興は!」
エマが空気を断ち切るかのように言う。
「そうだね。今日は皆ゆっくり寝かせてあげよう。現状でほとんどの人間をこの村の住人とした方が無難かな、近隣の村に戻すとその周辺の記憶まで書き換えなくちゃいけないからね。この村に来た盗賊団を、僕たちが退治した、なんてあらすじがいいんじゃないかな」
「よし、じゃあその手筈でいくかの。それにしても今頃、上は大忙しじゃろうなぁ」
アーブの言葉に二人は頷いた。
空には、きれいな月が浮いている。今日は満月だった。
月明かりが、少しゆがんだガラス越しに差し込み、カイトの頬に光を落とす。
カイトが、盗賊団に襲われてから三か月が経とうとしていた。
その3か月間は壮絶な日々だった。常に不安と緊張状態の極限の中にいたのだ。
カイトは、この日ようやく心穏やかに眠りにつくことが出来た。
美しい月明かりの下、外ではトマが体中から黒い光を放ち、手を合わせて何かを唱えているのだった。
一方そのころ頃、エマたちがいる村からおよそ五十キロ遠方にある王都アグラザリアは壊滅的な状況だった。
そこは火の海と化し、建物は崩れ、すでに物言わぬ人々が無数に横たわっている。
その至る所には人間とはかけ離れた、とても背の高い、まるで筋肉の塊のような生物が歩き回っていた。
そして残された人々は、とある地下施設でひっそりと生活している。
「オースティン様、また一人命を落としました」
頑丈な鎧に身をまとった兵士が、片膝をついて告げる。
オースティンと呼ばれた青年は、その報告を背に受けながら書きかけた書類の手が止まる。
しばらくの沈黙の後、静かに口を開く。
「ディスカスか......?」
「はい、そうでございます。物体エックスから受けた腹部への傷が深すぎました。残念です......」
静かなその空間に、言葉の余韻が残る。
オースティンは机についたまま動かない。
次第にその肩が震える。
「ぐっ! く、くそ!」
思わず力が入り、手に持ったペンが音を立てて折れた。
(これではもう助けを呼ぶ時間はない! こんなものもう必要ない!)
折れたペンを床にたたきつける。
もう、打つ手はなかった。
地下施設に残された残り少ない王都の人々は、ただ最後の時を、首に死神の鎌がかかった状態でその死をひっそりと待つしかないのだった。




