第69話 キャントハイド
「それにしても良い天気ねー。うーん、きっもちい―!」
エマは、金色にキラキラと輝くフワフワの髪を揺らして高々と背伸びをする。
ふっくらした頬から小さな顎にかけて、ゆでたての卵の様につるつるな肌が光に照らされ、透きとおる程の透明感を生む。
「本当ですね。最高です!」
そう言うとアレクサンドラは、エマの腕につかまる。
(師匠! 最高にキュートです!)
「ちょっと、歩きにくいでしょ」
二人は、白く磨かれた石が敷かれた街道を歩いていた。視察も兼ねてライザ帝国に来た。
ライアンストリートは活気で溢れ、街道の脇を埋め尽くすほどの行商人が物を売り、それを求めて沢山の人で溢れている。
「いいじゃないですか! デートとはこういうものです」
「もう……アリ、私を慕ってくれるのは嬉しいんだけど、何時かはあなたも自分の道を――」
「あーあー、私はずっとエマ様と一緒です。添い遂げます!」
アレクサンドラは、耳を塞ぎ、はっきりとそう言った。
「添い遂げって、ふふ」
思わず笑みがこぼれるエマ。
「エマ様?」
「ご、ごほん、いいのよ別に。それより、あれ見て!」
アレクサンドラが聞くと、エマはごまかす様に露店の一つを指さした。
「いらっしゃい、いらっしゃい! ルバン大陸から特別に取り寄せた魔水晶だよ! ほらお客さん! 見てってくれよ!」
バッファローの頭を持つ店主は、その店先に曇りなく透き通る綺麗な石を沢山並べていた。
「へー、珍しいわね。この時代にも魔水晶はあるのね」
「魔水晶ですか?」
「うん、その人が持つ【マジカルソウル】に反応して、色が変わるのよ」
「へぇー、おもしろい。透き通っていてとても綺麗です」
アレクサンドラは、興味深そうに見つめている。
エマはその横顔を少し見つめて言う。
「欲しいの? そうだ、アリに買ってあげるわ」
その言葉にアレクサンドラは思いがけない顔をした後、頬が緩む。
「えー、えへへへへへへへ」
「なにそれ。ふふ」
「はい、お嬢さん! 四パーシのお返しだ。ありがとうよ!」
そう言うと店主は、小指大の大きさの魔水晶がついたピアスを差し出した。エマはそれを受け取り、アレクサンドラに手渡す。
「はい、アリ。言っとくけど、まだつけないで――」
「えへへへへ~」
アレクサンドラはうれしさのあまり顔が緩み、上の空だ。エマの忠告は届かず、受け取ったピアスを右耳に付ける。
「あっ! ちょ、だめだって!」
その瞬間だった、魔水晶から眩いばかりの虹色の光が放たれる。
「うわおっ!! お、お客さん! ななな、なんだいその色は!」
「きゃあー!」
バッファローの店主が大声で叫び、周りの客も騒然とする。
「長年、魔水晶を見ているが、そんな色に輝く人は見たことがない! まさかあんた伝説の虹色の魔法使いじゃ――」
「ドリーミングワールド!」
エマがそう唱えると、店の店主と集まっていた客が膝からゆっくりと倒れる。
「ほら、こっち!」
エマはそう言うと、アレクサンドラの手を掴み路地裏に駆け込んだ。
「もー、人の話は聞きなさいよ。あんたの魔力は特殊なんだから、魔水晶は髪に隠しときなさい」
エマが、物陰から露店の様子を伺うと、倒れている人々が少しづつ起き上がる。
「あ、あれ……どうしたんだっけ? なんか素敵な夢を見たような」
「おお、俺は、寝てたのか……? なんだか、頭がすっきりしたな、よぉーし、バリバリ売るぞ! いらっしゃい、いらっしゃーい!」
そのだれもが清々しい顔をして起き上がる。あたりは一時騒然となりそうだったが、起き上がってきた人々が無事だとわかるとその関心も薄れていった。
「ふぅー。大丈夫だった見たいね。もお、気をつけなさいよ」
「す、すいません」
「ばれちゃだめだからね。まあ、じゃあ、お腹すいた? 何か食べよっか?」
「あっ、エマ様。良ければこれつけて頂けませんか?」
アレクサンドラは、先ほど買ったピアスの片方をエマに差し出す。
「えっと、せせ、折角なんで、ペ、ペアと言う事で……」
エマは受け取りながら、
「もうっ、しょうがないわね。じゃあはい、これでいい」
左耳にピアスをすると、魔水晶は黒く染まるのだった。
「師匠の色も珍しいですね」
「うん、まあね――」
エマが言いかけると、大きな声が街道の方から上がる。
「おい! なんだ!」
「きゃ! 何? 何?」
何やら街道が騒然としている。
「どうしたのかしら?」
エマとアレクサンドラは、路地裏から顔を覗かせる。
「えーと、あ、あれじゃないですか?」
アレクサンドラが指さす先には黒い物体が、人の足元を縫うように走っていた。
「あれは、何でしょうか? 黒い動物ですね。なんだか、パステ様みたいな……」
「うーん。確かに。パステみたい。しかし、こっちには来てないと思うし、猫みたいだけど? しかし、それにしても妙に素早いわね。普通の人達は目で追う事も出来ないみたい」
「なんだか、かなり急いでいるようですね」
「そうね。ちょっと気になるから追いかけてみようか」
エマが言うと、アレクサンドラは頷く。
「じゃあさ、アリ。インビジブルお願い」
「エー、急にできるかな……まだ習ってから日も浅いし」
「修行よ、修行! それが出来たら、浮遊魔法もお願い」
「そんあぁ、難しいですよお!」
「ほらほら、ダレてないでシャキッとする! ずっと一緒にいるんでしょ!」
エマが人差し指を立ててそう言った。
「は、はい! やります、やりますともぉ!」
アレクサンドラは真剣な顔でそう言うのだった。
上空から逃げる動物を見ているエマ。
「うーん、どこに行こうとしてるのかしら。なんか迷ってるのか、何かから逃げている様な……ちょっとどう思うアリ」
「……」
「ねえ、ちょっと、アリ?」
「ううう、今話しかけないでください……」
空中でアレクサンドラは、難しい顔をして、集中している。
インビジブルの魔法で、光の屈折を操作し、自分たちの反射を無くす、そして、重力を操り、二人分の質量を綿毛のように軽くし、大気を操る。
(やっぱりマジックゲートを開く魔法に慣れていたから、自分のイメージだけで魔法を使う事が難しいんでしょうね。しかも、まだまだ自分の新しい魔力に慣れていない。言うならば、自分の中にある魔力の引き出しから、自由にそれを取り出すことが出来ない状態ね)
「大丈夫よ! 上手いわ、アリ! その調子!」
「は、はい!」
二人は、街の上空から黒い動物の行く先を見ている。。
「テレスコープ」
エマが魔法を唱えると、金色の装飾が施された大きな望遠鏡が現れる。
「うーん、それにしても、街の中心に近づくほど、立派な建物が多いわね。それとは反対に外に行くほどボロボロ……」
エマは望遠鏡を覗き、上空から街を見回しながらそう言った。
「ほら、アリも見てみ」
少し慣れてきたアレクサンドラに望遠鏡を渡す。
「あー確かに、中心に王宮があって、そこから層みたいに、壁で仕切られてますよ、街道沿いはほとんど壁なんですね。それにしてもとてつもなく大きい都市ですね」
「うん、凄く大きいわ。ミナに習った事は本当だったわね。端から端まで三百キロぐらいあるらしいわよ。それにしても、良くこんな都市が成立してるわね」
「そうですね。何か特別な理由がありそうです」
「あっ! あれ?」
エマが何かに気付く。アレクサンドラがその視線の先を見ると、一人の少年がいた。
「あの子、あの動物に気付いたみたいね」
見ると、黒い動物を追うようにして走っている。
「行ってみましょう」
二人は、少年に付いて行くことにしたのだった。




