第63話 ウェアバウトサイン
「ついに動き出したか……」
「はい、間違いないですね」
パステは、空を見ながら答える。
心地の良い風が吹き抜け、草原の草を揺らす。
「トマは上手くやったようじゃの。流石は僕の子だ」
「トマがやり遂げる事なんて分かってたんでしょう」
「ははは。わしもそんなにあの子達を分かっている訳ではないよ」
草原に座ったアークは、楽しそうに笑う。
「でも、大丈夫かしらね。たぶん、彼女ももう気づき始めている」
「だろうね」
「どうするんですか? また同じ結果になるかもしれませんよ! いやもしかしたらもっと酷いことに」
パステは、アークの方を向き必死に訴える。
「そうだね。さて、どうするか」
「そんな、悠長な……もう知りませんから」
パステは、呆れたようにアークから顔を背ける。アークはそんなパステに憂い視線を向け、また前を向き微笑む。そこには、いつも通りの爽やかな風が、駆けるように軽快に吹き続けているのだった。
辺りに見えるのは様々な大きさの無数に点在する赤いマグマ溜りだった。
そこはとても暗く、そのマグマが照らす明かりでかろうじて周囲が見渡せる。
「おい! 早く持ってこい!」
薄っすらと浮かび上がるその世界で、とても大きな体躯をした黒き魔獣はそう叫んだ。
「ま、まって! ぼぼぼ、ご、ごれ、重い!」
「うるさい!」
その瞬間大きな破裂音と風を切る音が響く。
パッと明るく光ったと思うと継ぎはぎだらけの片腕が地面に落ちた。
「いぎゃぎゃぎゃ! 痛い!」
「ひゃははは! そんなんでも痛いのか? もともと気持ち悪い出来損ないの外装のくせに。はははっ!」
黒き魔獣の肩に乗った、若い男は、黒い髪から片目だけを見せてけらけらと笑っている。
その若い男が指先から放った光線がその結果をもたらしたのだ。
「じゃあつけてやるよ。ほら」
その男が手をかざすと、青色の煙が出て、その煙が落ちた腕を拾い上げ痛がっている人物にくっつける。その人物は、継ぎはぎだらけの体、色々な皮膚の集合体、デボスであった。
「どぼぼぼ、いてぇ、いてぇ!」
デボスは自分の血溜りの中で蹲り叫ぶ。
「こいつ、くっついてるのに痛がってるよ」
「そうだな。しかし、こいつはどこから来たのか。この空間にアクセスできる権限を持った者は我ら以外にいないはずでなないのか」
黒き魔獣がそう言うと、黒い髪の男はその肩の上で答える。
「うーん。俺はあんまり考える方じゃないからな。面白いヘンテコな生き物だなって感じ」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった。まあいい、おい、お前! 早く持ってくるんだ」
「は、はい、すいません。ぼぼぼ」
黒き魔獣と黒い髪の男は青きまがまがしい魔力を纏っている。デボスはその力の差にただ従うしかない。重い石の塊を持ってゆっくりと歩き出すのだった。
「が、がはっ!」
チャールズは耐えられずに跪く。
「ちょっと! 大丈夫?」
エマは、心配そうにチャールズに手を伸ばす。チャールズはその手をとりながらその瞳にやどった冷めない闘志をぶつける。
「だ、大丈夫です。まだまだ!」
(は、はあ! エマ様の手だ! 温かい……あなたの愛情、やさしさ、思いやり、全て私の中を駆け巡っていくぅ! フルッチャージ!!)
「チャールズ。分かったから、手を放してよ……」
チャールズは、修行によりボロボロになった衣服で跪き、エマの手を握りニヤニヤと別の世界に飛んでいる。危険を感じてエマはサッと手を引いた。
「はっ! 私とした事がすいません」
とっさに紳士に戻るチャールズ。
「いや、あんた、もう確信犯でしょ?」
エマは、身を引いたまま呆れた顔をする。
「ご、ごほん。それで、エマ様。技を教わっていて分かったのですがなんとも、私の知る古に封印された、心眼神威武術【心水流 風林綬滅拳】とは少し違う気がします。」
「ふーん、そうなの。私のはただ、相手の攻撃を受け流し、そして繰り出す正義の鉄拳! だけどね」
エマは、肘を曲げ、力強く拳を握る。
「は、はぁ。それは、それは……単純にして至極。普通はそれが出来ないのですが……しかし、エマ様の教えでかなり上手く魔力を体に混ぜ込めるようになりました。ありがとうございます」
チャールズは片膝をついて頭を垂れる。
「こんなの全然気にする事でも何でもないわ。あの国を取り戻すのでしょう? さあ、まだまだこれからよ! がんばりましょっ!」
エマは笑って弾んで見せた。
(エ、エマ様なんて神々しいのだ。はあ、もはやエマ様の中に取り込まれたい、そして永遠に一体となり……)
「はっ! やめなさいよ、変態の深淵を覗くのは!」
悟りを開くような清々しい顔をするチャールズを見て、エマは今までないくらいの恐怖を覚えるのだった。
そんなこんなで、エマ達の日々は過ぎていく。
今はただ、かつてのリトマス連合国の繁栄を取り戻す事だけを未来に見据えて意識を集中させていた。
しかし、不穏の影はどこからともなく忍び寄る。
この世界は力に支配された世界なのだ。誰も守ってくれないし、隙あらばこちらの懐に忍び寄る死の影。
そして、この世界の謎。
世界の裏側から覗き込む、暗き悍ましい目線が今まさに、エマ達の方へ向かい始めている事をその誰もが知る由もなかった。
「確かに、これはおかしい事態ですね」
「うんうん、おかしいねぇ~」
白い服に身を包んだ眼鏡の男は、なにやら空を見上げながらそう言うと、同じく白い服の白い長い髪の女はそう答えた。
「これは、誰かがこちらの世界の干渉を無視しているのではないでしょうか?」
「そうだね~、こんな事始まって以来だけど、誰がこんなこと出来るんだって感じだけど、そうかもしんないね~」
「マーディフォルタよ。あなたは、気にならないのですか?」
「リーセンブルグこそぉ、私の事全然分かってないんだね~私がそんなの気にすると思う?」
「ふっ。そうですね。わたくしとした事がとても浅はかな質問でした。お忘れ下さい。しかし、これはマスターを上回る力の使い手が現れたという事なのか? いや、そもそもこの世界の構築に使われた魔力量はマスターにとっては微々たるもの……」
リーゼンブルグは銀色に輝く眼鏡を人差し指で上げながらぶつぶつと考えている。
「もう、そんな事どうでもいいでしょ? どうせマスターに勝てる訳ないんだし。それに私達にも」
マーディフォルタは輝く白い髪を跳ね上げて、ソファに寝っ転がる。身長は低く、そのソファにぴったりと納まった。
「まあ……確かにそうなんですが。少し気になりましてね」
「リーゼは細かい事気にし過ぎなんだよ。それよりさぁ、ポーカーしようよ。ここには紅茶もクッキーもあるしぃ」
そういうと、人差し指を数回曲げ挑発する。
「はあ。わたくしからすれば、あなたは気にしなさ過ぎであるように思われますがね。そして、リーゼと呼ぶのはお止めいただきたい。しかし……またポーカーですか? どうやったってあなたは私に勝つことなどできないというのに」
「うー。だからするんだよ! なんで勝てないんだ! リーゼ強すぎ!」
マーディフォルタはソファに思い切り寝っ転がり、両腕をバタバタと動かす。。
「やれやれ……」
リーセンブルグは、呆れたように少し首を振って席に着く。そして、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと首を上げそのテーブルの一番奥に目を向ける。
「あーあ、この人も、やる気ですよ……今からしないといけないのは、ポーカーよりも戦争かもしれないというのに……」
そのテーブルの一番奥には、白い人物。頭にはフワフワと動く三角形のひれ。その口は不気味に吊り上がり笑っている。
「ふっふっふっふ、くっくっきっき。はーっはっはっは! さあぁ、始めましょうかぁ! イッツ! ショォータァイム!」
不気味に開いたその口からは、心の底からの喜びに満ちた歪んだ声が叫び出される。
その者の名はピタ・クリスティ。
ピタは、両腕を広げて声を高々にあげる。それはまるで、悪戯な神がこの世界の命運を操作する危険なゲームに心からの喜びを感じている、そんな様子だった。
この世界の秘密の迫る時、避けては通れない道がある。
この混沌の世界にある秘密。それはきっと複雑に絡み合う運命に違いない。
魔法という人々の希望が、絶望に変わらないようにエマ達はその道を歩き続けるのだった。
我が魔法の道は茨の道。故に咲くっ! 我が足跡には綺麗な薔薇が。大慈大悲の心を持って勧善懲悪、天下無敵の大魔導士エマ・ブリスティアンとは私の事だ。
さあ、覚悟しなさい悪党ども! 私の正義の鉄拳をお見舞いしてあげるわ!




