第61話 ウィッシュクロス
「そうと、決まれば、まずは拠点が必要だな」
レオナルドベアが言うと、
「それなら、国境を越えてはいかがでしょうか?」
ミナとモナが口を開く。
「そうか、ミナとモナの故郷に行けばいいわね」
「はい、そうです」
ミアが目を見開き笑顔で納得する。ミナとモナも艶やかな青いボブを揺らして頷く。
「そうか、しかし、今気が付いたが、お前たちは服を着替えた方がいいな」
レオナルドベアは顔を背ける。
ミアとミナとモナは先の戦いで服はボロボロになっていた。
ミナとモナはお腹が丸出しで、モナは胸の下部が少し見えているし、ミアの服はかろうじてその形を保ってはいるが、穴だらけで肌の露出が凄い。
三人とも、控えめに適度に膨らんだ胸が腰のくびれは相まって、とても美しくすっきりとした緩やかな曲線を生んでいる。
「た、たしかに! そ、そうですね。それは早急に対処いたします」
三人は頬を赤らめてそう言った。
(どうして私が話すのをさえぎったのよ?)
エマがトマに向かって【スルーコミュニュケーション】の魔法を使う。
すると、トマはエマに向かって目だけ動かす。それはとても冷ややかな目である。
(あれだけ、じいちゃんに言われたのにまだ分かんないかな。とにかく、僕たちはあまり干渉すべきじゃないの。なるべく今の時代のこの地の者で解決させるんだ)
(うーん。そりゃわかっちゃいるけどさー。一様私も、今の時代のこの地の者なんだけど……つまんないじゃん)
(……まあ、エマの性分じゃないのは分かるけど。べつに表立って力を見せつける必要もないだろ? 力を隠したって発揮する場所を選べばいいんだし。悪を滅ぼすのに人目に付かない方法もあるだろって事だよ)
(ふーん。トマはいつも通りなんだか面倒なことばかり言う。まあ、しょうがないから従ってあげるわ)
(別に僕が命令している訳じゃないけど……)
トマは、何か理不尽な思いを感じるが、まあいつもの事だと諦める。
すると、不意に部屋のドアが開く。
「だ、誰だ!」
チャールズが身構える。
すると、そこにいたのはダンダだった。
「俺も連れて行ってくれ」
入り口の鴨居を大きな手で掴み、身をかがめながらそう言った。
唐突だったため、誰もが呆気に取られて手が止まる。
「……そうか。しかし、お前が管理していた墓はいいのか?」
レオナルドベアが聞くと、
「それはもういい。このままここにいても、自分の事は分からない。それなら、ついて行って探して見ようと思う。それにレオナルド様には恩もある、友人との約束も。どうせいつか朽ちるならそれまであなた達の助けになりたい」
「お前もついにこの地を離れ自分の身内を探すという事だな。俺は一向にかまわんが、皆はいいだろうか?」
「もちろんです。一緒に行きましょう。」
トマは笑顔で受け入れる。
「私も付いて行ってもいいでしょうか?」
少し、控えめな様子で、ダンダの後ろから青い服の妖精がひょっこり顔を出す。ブロンドのベリーショートが動くたびにふわふわと揺れている。
「もちろんです」
トマがそう言うと、誰もが頷くのだった。
こうして、大所帯となった一行はまだ見ぬ地へと移動することになった。
それぞれの胸には色々な思惑が浮かぶ、それは決意であったり、不安であった。
一時撤退は、最終目的達成の為だと理解してはいるが、一旦引くことはとても勇気がいる事でもあった。
しかし、今のまま突入したところで、勝負は五分、いや、確実に分が悪い。
焦る気持ちを押し殺し、今はただ、目的の地に向かうことに集中するしかないのだった。
一方ここは、【リストン王宮群】にある、木造建築の庭にある円柱状の墓石。
そこにはダンダの姿があった。髭もすっかりと剃り、さっぱりとした姿だ。武骨な骨格に、鋭い目がさらに印象的に映る。
「すまないな、友よ。俺はもう行こうと思う。俺の力不足で……すまない」
そして、他の墓石に向き、
「すまない。結局俺は誰なのか思い出すことは出来なかった。俺のために命を落とした者達よ。必ず、お前たちが誰なのか思い出し、またこの地に立つその時まで待っていてくれ」
そう言うと、手に持った小さな花を手向けるのだった。
辺りは黄金色に染まり、ささやかな風が吹き抜けていく。正確な直線で描かれた真っ白な王宮群も今はオレンジ色に染まっている。
世界は美しく、人々の争いとは無縁であるかの様だった。
しかしこの街の実態は、悪が蔓延り巣くっているのだ。今はまだ序章に過ぎないが、このままにしておく訳にはいかない。
今、少数先鋭が立ち上がり、その悪に立ち向かおうとしている。
しかし、この機械だらけの巨大な産業都市に存在する、悪の実態、古代兵器の謎、わからない事は沢山ある。巨大な力に立ち向かうには不確定な要素が多すぎて、誰も見通しが立たない。
まるで、崖の上を一本の綱で渡るような状態だった。しかし、それでも前に進むしかない。かつての国を取り戻すために、不安の中にも一筋の希望という名の光を見出すのだ。
今は小さなろうそくの光かもしれない、しかしその小さな光が、やがて全てを照らす太陽の様に大きくなる事を信じてその一歩を踏み出したのだった。
ノスタビール山岳地帯。
そこは立っていることもままならない程のとても強い風が吹いていた。標高十万メートルにも上る山々が連なるこの地帯は、決して動物の住めるような環境ではない。ましてや、草や木も存在しない。
ここの気温は昼間に約千度まで上昇する。
だが、特に熱さは感じない。それは、大気がほとんど存在しないからだ。
つまり、誰も存在することは出来ない。ましてや住むなんてことは不可能だ。
しかし、そこには特殊な生命体が存在する。
あまりに希少な種族。登る事さえ困難なこの山で発見する事は不可能に近い。
ゆえに迷信のようにまことしやかに語り継がれていた。
ノスタビールの天使と称されるその種族を発見することは、己の魔法を駆使しこの世界の謎に挑戦している【魔道冒険者】たちの憧れとなっていた。
ただでさえ過酷な条件であることに加え、この山岳地帯は広大であった。
この世の果てとも言える様なノスタビール山岳地帯のその奥の奥に入っていくと、ある一つの黒い塊。
それはその場所には不釣り合いな程の人工物で、黒く四角い箱のような物質だった。
そして、それはカタカタと揺れ少しずつ形を変えていく。やがてまるで犬のような、しかし二本足で立つ奇妙な動物の形を模した。
見た目は犬のようだが、その質感は硬質的で、さらに四角く角が立っている。
「そろそろじゃな」
その黒く四角い犬は不釣り合いな口調で落ち着いた調子でそう呟いた。
すると、地面に急に現れる魔法陣。そこから光が溢れ出てその光はやがて、人型を作り出す。
「ただいま」
そこに立っていたのは、革製のスカートとジャケット、パンキッシュな青と黄色の頭髪のナンバーサーティだった。
「ヒイラギ。帰ったか。して、本日の業務はどうであった?」
「うん。きょうもいつも通りだったよ。あ、そうそう、気になる事があったんだ。今日の昼間に特別な魔力を感じた。今まで感じたことがない魔力だったよ」
「お前が、そう言うのなら、本当に珍しい魔力だったんだろうな」
「うん。全く感じたことのない魔力だった。まるで体が溶けるような」
「……溶ける……?」
「うん、そうそう、溶ける。ジワーって感じ。僕の方はそんなとこだけど、博士は?」
「決まっておるじゃろう。わしは一切変わりはない。時間というものは無限でありゼロ。今ここにある存在はないに等しい」
「ははっ。僕には分かんないけど、博士がそう言うのならそうなんだね」
ヒイラギは、逆立ったカラフルな頭髪を揺らして屈託無く笑う。
「お前は非常に歓楽的であるが、それは良い事であろう。それこそが人間が人間である証拠」
「でも、いつまでも笑っていられないかもしれないね。また壊す必要があるのかもしれない」
ヒイラギは急に真顔にになり、まっすぐに前を見る。その鋭い眼光はまるで、空間を切り裂き、その先に見据える対象物を確実に狩る捕食者の目だった。




