第56話 サッカーパンチ
ここは、アルファベットの秘密基地【ビュートスター】。
頂点に行くほど小さくなる平たい円柱の組み合わせで、それは百層以上になる。
円に沿うように窓が配置されて、構造の全ては石材で出来ている。それが、もうほとんど宇宙との境目に浮いているのだ。
魔法により、光の反射を操り、普段はその存在すら誰も気が付かない。
ここでは今現在、【シークレットクラウン】の面々によって不思議な訪問者についての憶測が飛び交っていた。
「それで、貴様は何も見てはいないというのか? そんな、大きな穴が開いていたと言うのに」
「え~、だってぇ。僕置いていかれてたしぃ~。まあ、気持ちよく寝てたんだけどぉ」
「貴様ぁ! なんだその態度は、ワン様の御前だぞ!」
ナンバーフォーが自分の体を隠している、黒いマントを振り払いその怒りを露わにする。
仮面で表情は分からないが、その口調と素振りは今にも飛び掛かりそうな勢いだ。
「何、何? 怒っちゃった? 短気だな~。仮にも組織の四番目に強いんだろぉ? 僕なんか下っ端にそんな感情を露わにしてやって行けるのかな」
目の前のパンキッシュな女は青と黄色の髪をクルクルといじりながら挑発するように体をクネクネとする。
「きっさまぁー」
一瞬でナンバーフォーの拳に鉄のブレードが現れる。
そして、その拳を力いっぱい振りかぶり、まさに殴りかかろうとするその刹那だった。
切り裂かれた白い空間から、緑色の異様な形の腕が現れ、振りかぶったフォーの腕を掴む。
すると、鉄の刃物が付いた拳は消え、それと同時に、空間から現れた緑色の異様な形の手も消えてしまった。
フォーは力なくその場に膝をつく。
「やめろ、フォー。今は身内で争っている場合ではない。」
「ぐっ」
ワンに制止されたのだった。
「お前もだナンバーサーティー。仮にもシークレットクラウンはアルファベットのトップだぞ。口の利き方に気を付けるんだ」
そう言ったワンの背後に白い裂け目が現れ、何者かの影が浮かび上がる。
ナンバーサーティは思わず、顔を歪めて目を背けるのだった。
そして、隣にいたナンバーツーも同じように顔を背ける。体に力が入り硬直し、その拳は、強く握りこまれ震えていた。
「はい、すいません……つい」
サーティはそう言った後、跪いて首を垂れる。
「大体の状況は分かった。予期せぬ訪問者がいた事は確かだな。今まで起こった事を考えれば、何か異常な事態が起こっているかもしれん。もしかしたら、本当に伝承にある金色の勇神なのか? いやしかし、もう関係ない……か。まあいい。お前たちは直ちにその者の気配を探れ、短期間でここまで状況が変わった事から考えると、協力者がいるかもしれん。町中に包囲網を張れ。ナンバーツー、貴様は俺と一緒に来い」
「はい……」
残りのシークレットクラウンとサーティをその場に残し、ワンとツーは部屋を出ていく。
(しかし、ミアの城での件といい。想像以上の相手かもしれんな。ふはは。それでいい。そうでなくてはな)
「ははは、はーはっはっはっは!」
今まで、ビュートスターに侵入された事などない。不可能だからだ。
つまり今はかなり切迫した緊急事態なのだ。しかし、その場の雰囲気に反するどこか楽しそうなワンの笑い声は、その城にこだまして、不気味に響き渡るのだった。
一方ここは、リストン市郊外の森の中。
「しかし、おっかしいわね~」
エマはフワフワのボリュームある髪を揺らして口を尖らして首を傾げる。
「ピタのやつ、まだいるっていってたよね?」
するとトマが答える。
「うん、たしか一週間は滞在するって言ってた。でもなんだか用事がありそうだったから、そのせいじゃないの?」
「嫌、おっかしいのよ~。周辺に効いても誰も知らないし。そもそも泊まるって言ってた友人の家って言うのも見つけられなかったし」
エマとトマは首を傾げる。
「まあでも、さよならを言いに行ったんだろ? なら、もういいじゃない。ピタにだって予定があるんだし」
「それはそうだけど、なんか歯切れが悪いっていうか~」
エマは傾けた頭を水平まで持っていく。
リストン市は魔法科学産業で栄えた。
そのため、街のほとんどは金属で、植物を見かけることはない。
しかし、郊外の一角には不自然に深い森が残されていた。ミアの城がある場所もその一部である。その森は途方もなく広く深い。迷い込んだら出る事が困難な程だ。
そして、そこに地下への入り口があるということで、三人は薄暗い森の中を歩いていた。
ちなみに、ここへ来る前、ピタの所に寄ったのだが、旅立った後だったのか消息がつかめなかった。
「確かこの辺りに、あっ! ありました」
アレクサンドラは、一つの古めかしく苔の生えた腰ぐらいの高さの石を、白く長い指で触りながらそう言った。
「この石が周辺に散らばっています。円状に配置された石の中心が移動地点です」
アレクサンドラが言うには、周辺には同じ形状の石が数個配置され、その中央に立ち呪文を唱えると転移するとのことだった。
「でも大丈夫かな? あんた、もうアルファベットから追われてるじゃん。だから反応しないんじゃないの?」
地面に埋まった円形の石の上に立ちながらエマが聞く。
「いや、でもこれは大丈夫だよ。この装置は多分アルファベットとは関係ないんじゃないかな。つまり、作ったのは奴らじゃないよ」
エマとアレクサンドラは感心した様子で、へぇと言う。
「では、まいります。我が所業は業のうち、力を借りて、心隔を壊しその中心へ。【バネレーションカルマ】」
アレクサンドラは両手を足元にかざしながらそう唱えた。すると、足元の石がドーム状に輝き始め三人を包み込む。
そして、次の瞬間三人の姿は消えてしまった。辺りは一瞬で元通りの森の静寂を取り戻すのだった。
三人は薄暗い一つの部屋の中にいた。目の前には大きく開いた道。
そこへ足を進める。
壁は赤褐色で、等間隔にランプがついている。乾いた空気と独特の古臭い匂いがする。
「へぇ。ここが地下ね。凄いわねなんだか無数に穴が開いているわ。この穴なんて何のために開いてんの?」
エマは、歩きながら自分の顔ぐらいの穴を覗き込む。
「確か、空気を循環する為の穴が張り巡らされていると聞いた事があります」
「それで、息が苦しくないのか。それにしても、どこなの? 結構長い道のり?」
「はい、かなり歩かないといけません。ティアナがいれば魔法で移動出来るのですが」
「えー。なんか面倒ね」
「しっ! なんかいる」
エマが駄々をこねようとしたとき、何かの気配に気づきトマが手のひらを広げて静止する。
「だいぶ、遠いけど。何かいるよ。人なのか、それとも何か良くない存在」
トマの言葉にアレクサンドラは固唾を吞む。
「なんなのよ……怖いわね。トマが言うと怖いのよ。でもいいわ、そんなの私の魔法でちょちょいのちょいよ。ほら、行くわよ!」
エマは元気よく右手を上げて、どしどしと歩き始めた。
「待って下さいよ。エマ様~!」
色々な想像を膨らまし恐怖に固まっていたアレクサンドラは、置いて行かれている事に気づき慌てて後を追うのだった。
その洞窟はどこまで行っても同じ風景が続いていた。
独特の空気と匂いで何とも言えない息苦しさを感じた。音と言えば、三人の靴音、ただそれだけが響いている。
「先ほども言いましたが、こっちは基地への魔法陣とは反対方向ですよ」
アレクサンドラは、二人の後ろに隠れながら付いて来る。
「いいのよ、アリ。トマには何か理由があるみたいだから」
「うん。さっき言ってた、なにかの気配がこっちからするんだ」
「ひぃ! なんなんですか、その意味深な……なんでそっちに向かっていくんですか! ここの雰囲気からして、嫌な予感しかしません!」
トマの、陰りを見せるような難しい顔つきに、アレクサンドラは更に縮こまる。
「あんた、そんなんで良く秘密組織の一員だったわね」
エマが冷ややかな目線を送る。アレクサンドラは、エマの腕に強くくっついて来るのだった。
「多分この扉の向こうに」
目の前には厳重に閉鎖された白と黒のドアがある。
「ふーん。このドアのむこうか。でもかなり強力な魔法鍵ね」
「そうだね。あからさまに怪しい」
そんなことを話していると、急に通路の奥の方から声が聞こえてきた。
「くっくっく。こんな所で会うとはなあ」
声の方を見ると、黒いマントの二人組が立っていた。




