第55話 ワンムーブ
ここはダンダの酒場。
「さて、とりあえず一時的にこの場所に来たが、どちらにせよ長居は出来ないだろうな」
テーブルの上に座ったレオナルドベアはそう言った。
「それはそうと、ここはどういった場所なのですか? ここの店主はただならぬ気配がしたのですが」
レオナルドベアにディンガが聞く。
「ああ、ここの店主は、もともと名のある武人だったらしいのだが、どこの誰かまでは良く分からないらしい」
「それは、不思議な言い回しですね」
ティアナが聞くと、
「実は俺もよく知らんのだ。道すがらであった一行に頼まれてな。ダンダ自身も名前程度しか覚えておらず、その一行は何かの攻撃を受けていたようで、全員瀕死の状態だった。城に連れ帰り、治療をしたのだが、もうほとんどが手遅れでダンダ以外の者の命を繋ぎ止めることは出来なかったのだ」
「そうなのですね。では、どこかの国の争いに負けて逃げてきたのか」
ディンガが言うと、
「そうだな。そんな所だろう。しかし、少し気になるところはあるのだが……嫌、今はそんな事よりも今後の事を早急に決めなければならないな」
「そうですね、しかし、どう動けばいいものか。アルファベット全員を相手にすることなど流石に出来る訳がないですしね。レオナルド様はかなり強いとは思いますが、【シークレットクラウン】は底がしれません。エマさん達であればかなり健闘出来ると思いますが、流石に無謀かと……」
ティオナが俯き話す。その顔には陰りが見られ、彼らの実力を目の当たりにして来たからこその絶望を感じている。
(しかし、ふふ……我がエマ様が、そんな程度の奴らにやられるはずはないですがね。いや、しかし、やはり多勢に無勢か? そうなった時は、傷ついたエマ様を助けるのは私だ! そ、そうだな。介護するのなら当然あの白魚のような透き通った肌に触れなければならない。いや、断じて不純な動機ではない、違う、これは違うぞ!)
「あんた。またなんか変な事考えてるでしょ」
顎に手を当てそれを擦りながら、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべているチャールズに部屋のドアの方から指摘する声が聞こえる。
「エ、エマ殿!」
レオナルドベアはテーブルに立ち上がり、声を荒げた。
そこにはエマとトマが立っていた。
「ずいぶん待たせちゃったわね。さっき帰って来たわよ」
「それはそれは、私は色々と話したい事があります。どうぞ、中に入ってください」
レオナルドベアがそう言うと、二人は室内に入る。すると、二人に続いてもう一つの人影。
「あ、あ、アレクサンドラ……」
ティオナが震えた声で言う。
「おお、お、アレクサンドラァ!」
ディンガは、思わず駆け出し、感情を押し殺す事が出来ず、力任せに抱きしめていた。
「ディンガ、ティアナ。心配かけちゃってごめんね」
「お、お前、心配どころじゃないぞ!」
押しつぶされそうに抱きしめられているアレクサンドラはなすがままになっている。
「本当にごめん」
三人は涙を流して、抱きしめ合うのだった。
「まあ、とりあえず。落ち着くために紅茶でも入れますか」
トマは、笑顔でティーポットを持ち上げた。少し戸惑っている皆も笑顔で頷くのだった。
全員が思い思いの場所に腰かけ、そばには湯気の上がったティーカップがある。
ルナは、アレクサンドラの事が気に入ったらしく、その膝の上に乗っていた。
「アレクサンドラよ。大変すまなかった。お前がそんな窮地に追い込まれているとは。俺の配慮が足りなかった、本当にすまん」
レオナルドベアは、自害するほど追い込まれていたアレクサンドラの事を気に掛けていた。自分を責めていたのだろう、床に這いつくばるように頭を下げる。
「いえ、レオナルド様。お顔を上げてください。私が対処する問題……早くにレオナルド様に報告すれば良かっただけです。未熟でした。でも、今はもう元気ですから! こんな素敵な師匠に出会えたんで!」
アレクサンドラはそう言うと、エマの腕をつかむ。
「ちょっと、アリ。くっつきすぎよ」
「まあ、まあ。いいじゃないですか」
放す気はないらしい。
「それよりレオナルド、ボロボロね」
レオナルドベアは先の戦いで生地がボロボロになっていたのだった。
エマはそう言うと、レオナルドベアを一瞬で修復する。
レオナルドベアは、どういった生地で作られているのか不思議がったが、エマは、分からないと言っていた。出してきた本人が分からないと言うのだから、誰にも分かるはずはない。
トマが湯気の立つティーカップ持ち上げながら、
「えーと、それで、エマの方はどうだったの?」
と聞き、カップに口をつける。
「それが、もぬけの殻だったわよ。少しは生命反応もあったけど小さい魔力ばかりで、アルファベットの人員じゃないと思ったから調べなかったわ。ジェイの事もあったしね。」
エマは、右手を上にあげて、左右に細かく仰ぎながらそう言った。
「はて、ジェイとは何ですかな?」
チャールズが聞くと、トマが答える。
「アルファベットの城の一室から出れなくなっていたみたいで、それをエマが助けた人物です」
チャールズは、ほう、と合図ちを打つ。
「それはさておき、今のエマが言った通り、基地がもぬけの殻だったとしたら間違いなく、アレクサンドラとディンガさんとティアナさんの捜索でしょうね」
「はい。まず間違いないと思います。アルファベットから、記憶の操作なくして脱退した者は今まで存在しないと思いますから」
トマの問いにティアナはそう答えた後俯く。
綺麗な羽が小さな音を立てて揺れる。明らかに、その顔には陰りが見える。脅威と恐怖が入り混じっているようだ。
「そういえば、トマは何してたのよ」
腕組みしながらエマが聞く。
「僕は、戦争の事を調べてたんだ。どんな兵器が使われていたのかをね。ただ、やはりあまり情報はなかった。でも二万年前の大戦時に使用された兵器は、全部で十二個あって、それは各地に封印されているらしいよ。実はこのリトマス連合国のリストンにも一機あるらしい」
「な、なんと。そんな情報が……しかし、これで確実になったな。すでに兵器は奴らの手中にあると言う事か」
レオナルドベアがそう言うと、トマがレオナルドベアの方を向いて話す。
「そうですね。マジッククリスタルの件といい、もう兵器の復活へ向けて進み出してる、もしくはすでに秒読み段階かもしれません。しかし、これ以上の情報を得ることは出来ませんでしたが。あっいや、もう一つあった、どうもこの国の地下に秘密があるみたいです」
「そう言えば、モモちゃんも言ってたわね。常識では考えられないほどの洞窟が張り巡らされているって」
「それを早く言いなよ」
トマが呆れた様子で言うと、忘れてたと言っておどけて舌を出すエマ。
「まあいいや、それよりも、ディンガさん、ティアナさん何かご存じですか?」
「あ、ああ。アルファベットの基地へと行く為に利用していた地下道の事なら知っています。ほら、アレクサンドラも知っているはず」
ティアナが言うと、アレクサンドラとディンガも順番に口を開く。
「はい、基地に行く為の転送の魔法陣が地下道にあります。地下への入り口は、郊外の森の中に隠されています」
「そうだな、あの地下道が国中に張り巡らされていたという事か……」
トマは、グッドサインを顎に当てながら言う。
「そこへ行ってみましょう」
かくして、その地下に行く事となった。
しかし、大勢で動くのは良くないということで、トマとエマとアレクサンドラの三人で行く事にした。
「アリちゃん行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるね。ルナちゃん、皆でお利口にしててね」
アレクサンドラは腰を落とし、ルナの頭をなでながら言う。
三人以外の皆は、迂闊に動くことが出来ない。例えば、魔法を使って調べる事も出来るのだが、それすら誰かに探知される可能性があるからだ。
その為、部屋に最大限の魔法防御を施し、大人しく連絡を待つ事にするのだった。
「じゃあ、何かあったら教えてね、レオナルド」
「はい、エマ殿。すぐに連絡いたします」
こうして、三人は部屋を後にする。木製の古びたドアは少し軋みながらゆっくりと閉じるのだった。




