第52話 オールドベイビー
そこは、土のレンガで作られた簡素な建物だった。
まるで、手で捏ねてそのまま焼いたようなそんな歪なレンガが規則正しく積み上げられ、屋根はアーチ状になっている。
「いるかな、じじぃ~! 来たよ~」
エマが元気よく玄関を開ける。
「あれ、居ないのかな?」
返事のない部屋には誰の姿も見えない。
すると、不意に角ばった異音が響き、
「痛っ!」
床下の方から声が聞こえ、それと同時に沢山の物が崩れ落ちるような音が聞こえた。
「なんか崩れたわね……下にいるのね。行ってみよっか」
「そうだね」
エマとトマはありとあらゆる種類の道具が散らかったその部屋を抜け、地下へと続く木製の階段を下りてく。
「アークじじ~?」
エマが聞くと、
「あ、ああ。エマか! 何やら声がすると思ったんだよ。こっちだこっち。今、世界書を整理しておってな」
無数の本が山積みになっている部屋の中、エマとトマは声のする方向へ歩いていく。
倒さないように慎重に中に入って行く。
そこには、お尻だけ外に出して、本の中に頭を突っ込んでいる人物がいた。
「おお、来たか。ちょっと待っておれ。これをこうして、こっちをこうして。よし、とりあえずこれでいいな」
その人物は、そう言うと、ごそごそとお尻を振りながら後ずさりして這い出てきた。そして、そのまま、振り返り、床にへたり込んで、一息つく。
「ふぅ。エマとトマ、久しぶりじゃのう」
「うん。久しぶりね、じじ」
「じいちゃん、久しぶり」
エマが言うと、続いてトマも挨拶をした。
アークじじと呼ばれた人物は、埃だらけの頭と体を払っている。
短い頭髪は前髪部分が栗の様にちょこんと飛び出て、くるんと回っている。肌は、小麦色でモチモチとして、見た目はまるでプリンのようで、触ると気持ちがよ良さそうだ。
しかし、その外見はどう見ても、一歳にも満たないように見える。
「あら、久しぶりね。ほっとくと全然来ないのね、あなたたち」
上の方から声が聞こえる。
目で追うと、そこには一匹の緑色の目をした黒猫が本の上に綺麗に前足をそろえ立っている。
「あっ! パステ! ごめんね。私も来たいのだけど、なかなか」
「別に良いのよ。ただ、アーク様とはいつも顔を突き合わせているから、たまには違う人とお喋りしたいだけ」
「はは。いいじゃないか。僕と二人で今までもこれからもずっと」
アークは、キャッキャと笑う。
「ところで、じいちゃんだいぶ外見が変わったね、この間会った時より大分若くなってる」
トマが言うと、
「そうだな。今の姿になってだいぶ経ったがなんだか、慣れんでの」
アークは、頭をかく。
「そうよ。アーク様ったら、僕やら、わしやら言葉遣いもままならないんだから。何度も繰り返しているはずなのにね。いったい何回目で慣れるんですか?」
パステが、少し冷たく言い放つ。お互いの事が分かっているからこその態度だ。アークは笑っている。
「それで、エマよ。わしに用事だろ?」
アークが聞くと、
「うん。私久しぶりに弟子にした子がいるんだけど、一度じじに会ってもらおうと思って」
アークは、腕を組み、頷きながら聞いている。
「じゃあ、会わせてもらおうかの。ここじゃあ、なんだから泉まで行こうか」
アークがそう言うと、全員が頷き、移動を始める。パステは軽快に本の上を移動していくのだった。
その泉は驚くほど透明で、いや、それでは少し語弊がある。その泉の前に立った時思うことは、本当に水は入っているのか、と言う事だろう。
あまりの透明度で、そこには何もないようにしか見えない。しかし、近づき手を付けると、確かに水で満たされているのだ。
泉の畔は全てフワフワした鮮やかな苔で覆われており、なぜか泉の湖底まで全てがその苔で覆われているのだった。
その泉の中心は小島になっており、ただ一本の細い若木が垂直に立っていた。
「では、行こうか」
アークがそう言った瞬間に全員は若木の前に移動していた。
「ここは、【永遠の木の根源】だ。ここで起こしてやるのがいいんじゃないかな」
するとエマはポケットから小さなベッドを取り出す。よく見ると、すやすやとよく寝ているアレクサンドラの顔が、布団から覗いていた。
エマは慎重にそのベッドを置くと、魔法を唱える。
「次元魔法【セーブタイム】」
すると、小さなアレクサンドラの目がパチッと開いて、辺りの様子をキョロキョロと見回す。
「ちょっと、エマ。なんで小さなまま起こすんだよ」
小さなアレクサンドラは、むくッと起き上がると、何やらピーピーと喋っているが、小さ過ぎて聞き取れない。次第に跳ねるように訴える。
「もう、順番が逆だろ? なんで急にポンコツになるんだよ。気を抜き過ぎだって」
「えへへ。久しぶりにじじ達にあって、気が抜けちゃった。てへ」
「あんたたち、相変わらずね。まあ、変わりがなくて安心するわ」
エマとトマのやり取りを見ていたパステが、片眼をつぶりながらすましているが、口は笑って嬉しそうにしている。その間もアレクサンドラは、ピーピーと騒いでいるのだった。
「ごめんね、アレクサンドラ」
エマは腰を下ろして、小さなアレクサンドラに声を掛けてから、呪文を唱える。
「次元魔法【マニホールドスペース】」
すると、一瞬でアレクサンドラは大きくなり、元の大きさに戻るのだった。
「はっ! 大きくなった! 私は? ここは?」
あまりの状況の変化に依然として状況を呑み込めず、自分の体を見回しながら可笑しな挙動をとるアレクサンドラ。
綺麗なうす紫色のフワッとした、丸みを帯びたかわいいローブを着ている。
赤毛のショートレイヤ―は艶やかで、さらさらと風になびく。
「そこにいるのはエマ様! それにトマさんも。そして……この赤ちゃんは? ね、猫! そんなことより、エマ様! なんか色々とすいません~! すいません、すいません、すいませんんん、不束な弟子でぇぇ~!」
アレクサンドラは、這いつくばるようにエマに頭を下げた。
「なんか、この落ち着かない感じは直らないんだね」
トマは、凄い勢いで捲し立てるアレクサンドラを見てそう言った。
「まあ、彼女が彼女である理由だから。私は好きだ」
エマがそう言うと、
「そうだね。そう言われればこれで良いのかもしれない」
トマも納得する。
相変わらず、アレクサンドラは頭を草に押し付けたまま、何やらもぞもぞとしているのだった。




