第5話 ワールドミステリー
キャンプの中心で、透明なまま二人は観察していた。
トマは一つのテントのてっぺんに立って眺め、エマは、その下で行き交う人々をひらひらとかわしながら思念で通信する。
『うーん、でもよく見るとやっぱり酷いね。この状況は』
キャンプには大小様々な大きさのテントがあり、大規模だ。そして、広大な敷地にはかなりの数の奴隷たちが捕らえられていた。
『どっちにしても、このままには出来ないし、あいつらが言ってたお頭ってやつに会いに行くかな。えーと、この中で一番魔力が強い奴は――』
そう言いながら、全体を見る。
『あそこだな』
二人は同時に、ひときわ大きなテントに目を向けてそう言った。
その広いテントの中では、低く濁った声が響いている
「へへ、今回はいい金になりそうだぜ。まさかあんな上玉が、あんな辺鄙な村にいやがるとはな」
そう言った巨躯な男は、酒を片手に奴隷に足をマッサージさせている。厚い胸板には無数の傷があり、かなりの歴戦を物語っていた。
「うへへへへ……リカオンさま。今回の引き渡しが終わったら、わたくしめの懐にも弾んでいただけるお約束、忘れておりませよね?」
その横では下卑た薄ら笑いを浮かべ、手下どもが二人、もみ手をしながら立っていた。
「安心しろ。女も金も色つけてやるから......って、痛いんだよ!」
そう叫ぶと、リカオンはマッサージさせている女性を思いっきり蹴る。
女性は口から血を流し、砂の床に滑り飛ぶ。
「はは、ちゃんとやらないとだめじゃねーかぁ? 役立たずはいらねーなー」
「す、すみません! お許しを、二度といたしません!」
女性の顔は擦り切れ、血が滲み、それでも泣きながら必死に謝るのだった。
「……下劣ね……」
「ああ、下劣だね」
「だ、だれだ!」
リカオン達は辺りを見回す。
「てゆうか、本当に地球は一九九X年みたいになっちゃったわね。世紀末だ、こりゃ」
スウッとエマが姿を現す。
「そうだね。モヒカンだったら完璧だった」
続いてトマも姿を現す。
「ん? なんだ、このガキどもは? どこから入ってきやがった。おい、つまみだせ!」
リカオンは特に動じることもなく手下に命じた。
すると、手下の一人がこちらに向かって下卑た笑いを浮かべる。
「おいおい、ぼくちゃんたち。だめじゃないか、こんな所に来ちゃあ。お父さんお母さんはどうしたんだい。げへへぇ、でももう会うことはできないな。君たちのような綺麗な子供の需要は計り知れないんだよ。世の中にはお金を持て余している頭のおかしい人間が沢山居るんだから」
その手下は、少し涎を垂らしながら、気色の悪い手つきで近寄ってくる。
「げっ、こいつは生理的に無理!」
「エマと意見が合うのは珍しいけど、僕も同感だね」
「えい!」
突如響くエマの声。
すると、手下の一人は膝から崩れ落ちる。
「んっ? どうした、ルシアス?」
倒れた手下をもう一人の手下が抱き起し揺するが、ルシアスと呼ばれた男は沈黙している。
「し、死んでる……」
「これなら、血は出ないでしょ?」
「うーん、でも、ちょっと今後面倒なんで」
トマがそういって人差し指をかざすと、黒い光が放たれ、ルシアスを包む。
すると、ルシアスの目がパチッと開き、
「ゆ、許してください! 閻魔様ぁ! は、はぁ、はぁ。あ、あれ、ここは?」
涙と鼻水を流しながら大声で叫ぶのだった。
「……エマ、君は迂闊に動かないで」
トマが首を振る。
「もうっ! なんなの! 私のやることなすこと否定して! 心外!」
エマは両腕を組んで大変ご立腹である。
呆然として焦点がさだまらないルシアスを抱えながら、もう一人の手下が、
「貴様ら、いったい何者――」
そう言いかけた時、手下の二人が白目をむいて、床に崩れる。
「トマ、何したの?」
「スリープだよ」
「呪文を唱えないで?」
「えっ? 先に何も言わなかったのはエマじゃん。そもそも魔法使うのに、呪文とかいらないよね。今まではわかりやすく口にしてただけだし」
(誰にだよ)と、エマは思った。
「じゃあ、これからも分かりやすく口にしてよ!」
エマの要望にトマは適当に頷くのだった。
エマ達が緊張感のないやり取りをしている中、リカオンが、ずいっと前に出てくる。
「おいおい、おめえら、どうしたんだ? だらしねえ、やつらだ。しかし、お前達は子供にしてはやる様だな。スリープか? まあ、俺には所詮そんな低級魔法なんて効かないけどな」
「ねえ。あいつかなり自信ある見たいだけど。魔力弱いよね?」
エマはトマの肩をつつき、こそこそと話す。
「うん、かなり小さい」
「なに言ってやがんだ、魔力量が目視でわかるわけねえだろ。ガキが。まあ、いいや。腕の一本や二本なくてもいいだろう、それはそれだ。ちょっと、おいたが過ぎたようだなぁ。【マジックゲートオープン】」
リカオンがそう叫ぶと、リカオンの前に光のブロックが浮かび上がる。それを、手で操作し始めた。
「なにあれ! 超かっこいい!」
「きっとあれだよ、僕たちの時代にもあったじゃん。コンピューターを仮想空間から引き出して現実世界で使うやつ。仮想世界技術の発達とAIプログラムとデバイスによって仮想空間は現実化していたから。それの魔法版ってことじゃないかな?」
ふーんと言ってエマは羨ましそうに見ている。
「ねえ、それどうやんの?」
エマがリカオンに聞く。
「なに言ってやがんだ、魔法を使うにはこのゲートを開かないと使えないのは一般常識だ。ふざけたことぬかしやがる。ゲートを隠して魔法を発動させたみたいだが、そんな子供だましは俺様には通用しねえ」
(どういう風になったら魔法がそんなに使いにくくなるんだ?)
リカオンの話を聞いてトマは首をひねる。
「ははぁ! 乗ってきた、乗ってきたぜぇ! すこし加減できないかもしれないが、奴隷なんていくらでもいるんだ、もうどうでもいい! 憂さ晴らしで消し炭にしてやるぜ!」
リカオンがそう言うと、目の前に橙色の魔法陣が浮かび上がり、そこから赤黒い炎が浮かび上がる。
「魔法使いが到達できるレベルでも最高クラスの魔法だ。ありがたく食らうがいい、第四門陣階位魔法【バーンドラゴンプレミアム】」
リカオンが叫ぶと、赤黒い炎はみるみる大きくなり、五メートルはあろうかという大きな竜となった。
「ねえ、あんたのそれ凄いの?」
見上げながらエマは聞く。
「へははは! 魔法の強さすら理解できない馬鹿なガキだったとはな! 当たり前だろう、炎魔法で第一門のバーンだったら、掌に小さな炎を出すのがやっとだろうが!」
「あら、そうなの」
エマがきょとんとする。
「うーん」
トマも不思議そうに、グッドサインの様に親指を立て、その手を顎に当てる。
これは、何か考えるときのトマの癖だった。
そうこうしていると、リカオンは異常なほどの興奮を見せて、その勢いを増す。
「ぐはははぁ! もう止められねえぜ、命乞いなら聞いてやるぜぇ! うひゃはぁー!」
大口を開け唾をまき散らしながら叫ぶ。今にも襲い掛かかって来そうな勢いだ。
しかし、突如それは起こった。
「えい!」
エマが目をつぶり、両手を振り下ろすと、リカオンは白目をむきものすごい勢いで崩れ落ちる。
机、樽、壺、ありとあらゆるものにぶつかり、凄い音が響く。
リカオンはまるで糸の切れた操り人形のように、そこら中の物にぶつかりながら倒れるのだった。
「もう! だから、だめだって! 機能停止魔法は! リザレクションからのスリープ!」
トマは、とても面倒そうに咄嗟に手をかざす。
「だって、なんか気持ち悪いほどの興奮で、怖かったんだもん。それよりトマ、ちょっと面倒になってるでしょ?」
「当たり前だよ! ちょん切れてなくたって、死んだらいろいろ大変なんだ!」
「わかったわよ。以後気を付けまーす」
おでこに手を当て、半開きの目で敬礼するエマを見て。
(こいつはだめだ)と、トマは思った。




