第48話 ストレンジパワー
今はただ誰も一言も話すことはなかった。
わずかな息遣い、地面と靴の裏がこすれる音、氷の騎士の鎧がかすかに触れ合い出す小さな高い音が断続的に響く。
その場にいる誰もが次の動作を考えて硬直していた。
そして、その張り詰めた空気を切ったのは、フワフワで黄金色の毛並みを持つクマのぬいぐるみ。
「さて、どいつから懲らしめてやろうか」
丸みを帯びた右腕をアルファベットの三人に向ける。
少したじろぐアルファベットの三人。しかし、
「ふ、ふははは! ク、クマ、クマ? いや、そこではないな、ぬいぐるみが喋っているが、何の冗談だ?」
一人が笑い始めると、三人ともが馬鹿にしたように笑う。
「ふっ、笑っていろ。しかし、お前たちは後悔することになる。マジック――」
「ナンバーエイト!」
レオナルドベアが魔法を使おうとマジックゲートを開こうとしたその時、アルファベットの一人がそう叫ぶと、レオナルドベアの手からは何も出てこない。
レオナルドベアは、少し俯いてから、アルファベットに向き直る。
「なるほど、そうか。中心のお前はナンバーセブンだな。そして両脇はナインとエイト。いつも三人で行動していた」
「な、何故それを……」
セブンは明らかに動揺しているが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……しかし、もはやどうだろうと構わないか。この人形も後ろの死にぞこない三人も、ただ寿命が少し伸びただけ、後悔しろ。お前の治療魔法のせいで、また同じ苦しみを味わうことになるのだからな」
そう言うと、右手を下から上に払うような動作をする。
その合図とともに、待機状態だった氷の騎士はゆっくりと動き出すのだった。
「レオナルド様! 逃げて!」
ミアが叫ぶが、レオナルドは微動だにしない。
そして、無情にもその氷の刃が襲い掛かる。
「ぐはぁ!」
受け止めきれずに、レオナルドベアは吹き飛ばされる。しかし、レオナルドベアはすぐに起き上がり、
「ミア! みんなを連れて早く逃げろ。この体はひどく丈夫だが、魔法が使えないとなると、戦況はかなり不利だ。しかも、まだこの体に慣れていない。上手く動かせないんだ」
「だ、駄目です。あなたを置いて逃げるぐらいなら私はここで死ぬ! ミナ、モナあなたたちが皆さんを逃がすのです!」
ミアがそう言うと、ミナとモナは少し躊躇していたが、顔を見合わせて頷きサッと立ち上がりスカートを捲り、その白く綺麗な足を露わにして力強くその一歩を踏み出す。
自分たちが足手纏いになっている事は十分承知だった。
「逃がすと思うか!」
氷の騎士がミナとモナに向かって行こうとした瞬間、レオナルドベアの強烈なドロップキックが炸裂する。
氷の騎士は吹き飛び、壁に激突する。
「ちっ、面倒だな。やはり先にお前たちを殺す」
ナンバーセブンはそう言い放った。
(くそっ、このままでは……)
レオナルドべアは、どうしようもないこの状況からの打開策を見いだせない。
「面倒なクマだ。仕方がないもう一体呼ぶか」
セブンはそう言うと、魔法を唱え始める。
(まずい、二体を相手にするとなると流石にきついな)
レオナルドベアが、絶望を感じていると、
「ちょ、ちょっと、ちょっと! レオナルド様……?」
ミアから驚きに満ちた声を上げ、必死にレオナルドに伝えようとするが、レオナルドベアは考え込んで聞こえていない。
「くそっ! 二体はまずい! その前に――」
ミアの声も聞かず、レオナルドベアは飛び出してしまった。
しかし、どこかぎこちない動きのため、簡単にはじけ飛ばされてしまうレオナルドベア。何度も向かっていくが、その都度ナインや、エイトが出てきて殴り飛ばされてしまう。生地が少しずつ毛羽立っていくのが分かった。
そしてついに氷の騎士の二体目が現れるのだった。
「全然聞いてないわね……」
ミアは切れ長の妖艶な目を見開いて床を見つめている。
「あ、あなたはエマさん?」
ミヤは両手両膝を床につけたままそう尋ねる。
「えーと。なんて言えばいいのかしら。私はエマの思念体って感じかな」
「し、思念体……」
そこには、身長が十センチ程度のエマが両手を腰に当て得意げに胸を張っている。
その間も、レオナルドベアは二体になった氷の騎士を、何とか食い止めようと立ち向かっていた。
レオナルドベアは既に何度も何度も殴られ、ボロボロになっているが、しかしそのおかげで少しの時間を作ることが出来ていた。
「そ、それで、エマさんはどうして、その、思念体を? もしかして治療魔法は……」
「うん、三人を治療したのは私よ。帰るのが少し遅くなりそうだったから、念のため残してたのよ。でも良かったわ。そんな事より、レオナルドはどうしちゃったの魔法使ってないけど」
ミアが事情を話すと、
「何やってんのよ。そんじょそこらの魔法で、私の魔力を抑えられるはずないじゃない。まあ、最初だから、力が上手く使えないのね。でも、私もそろそろ消えそうなのよね。そうだ、あなたが助けてあげて」
エマは閃いたように、ミヤを見てそう言った。
「しかし、私に出来る事は何も……」
「いいのいいの。ちょっと私に顔を近づけて」
エマは、人差し指を自分の方へと曲げ前後させ、近づくように合図する。ミアはどこまで近づけばいいかわからず恐る恐る距離を縮めていくと、
「ちゅっ」
エマがミヤの唇に口づけをしてきたのだ。驚いて少し身を引くミア。
しかし、その唇は赤く光り輝く。ミヤは目を寄せるようにして自分の唇を見ながら、
「エ、エマさん、これはどういう……?」
「あっ、まずい。もう消えそう!」
よく見ると、エマの下半身はうっすらと透けている。
「私と同じことをレオナルドにもして。そうすれば分かるから、後は頼んだ!」
エマはビシッと敬礼をして、跡形もなく消えてしまった。
「同じこと……ま、まさか、私がレオナルド様に口づけを? 出来ない! 出来ないわ、そんな事。出来るわけない。」
ミヤは少し頬を染めて、両手をその頬に当て首を振る。普段の堂々とした大人な立ち居振る舞いとは、想像もつかないほど動揺しているようだ。
「いや……しかし、ここはそんな事を気にしてる場合じゃない! レオナルド様は、今クマのぬいぐるみなんだし、これも戦いに勝つためよ! 大丈夫」
しかし、流石にすぐに冷静を取り戻し、立ち上がる。レオナルドベアが吹き飛ばされたタイミングを見計らい飛びつき上手くキャッチして一緒に物陰に転がり込んだ。
「ど、どうしたんだ! ミア」
慌てるレオナルドベアを無視し、ミアは勢いに任せる。レオナルドの胴体を抱え込み思いっきりそのフワフワな口にキスをした。
「ミ、ミア――」




