第47話 ラブソング
「はい、これで、あなたの人生も大体お仕舞ね」
エマは、大きな分厚いアルバムを閉じてそう言った。
それはとても長い時間だった。しかし、同時に短くもある。
ここにいると、時間なんて特に問題ではない様に感じる。
流れゆく時が、まるで風が吹き抜けるように肌に当たり、零れ落ちる。
十六年という時間をエマと、アレクサンドラは共有したのだ。
「これが、本当に私の人生……」
アレクサンドラは、大きな瞳からあふれ出る涙を抑えきれない。涙袋からそのなめらかな頬へ滑り落ちる涙は銀色に輝きキラキラと反射する。
「さて、じゃあ、そろそろ現実に戻るわよ。アレクサンドラ」
「でも、でも。戻りたくない。私あんなつらい現実に」
さらに声を上げて泣き出すアレクサンドラ。
エマは、アレクサンドラを抱きしめる。
「そうね、でもいつかは必ず立ち向かわなければいけない時が来る。今は逃げてはいけない。大丈夫必ず私がついてる。それに、あなたの痛みは、心も体も全て完璧に修復している。次はそうはならないんだから! 私を信じて一緒に行きましょう。ほら、私の愛がわかる?」
エマはそう言うと立ち上がり、その掌をアレクサンドラの胸に当てる。
すると、胸にある唇のマークが光り、アレクサンドラはエマの手に自分の手を重ねる。すると、顔色が良くなり、アレクサンドラは自分を取り戻すのだった。
「感じます、エマ様の温かい心。エマ様。もう大丈夫です。すみません、ご迷惑を……」
「なーに言ってんのよ!」
エマはアレクサンドラの背中をパンと叩く。
「あんたは私の弟子なのよ! アレクサンドラ、あなたは私なの。そして、私はあなた。これからは、二人で一つ。今から修行して、うんと強くなって、あんたを虐めた奴らを懲らしめてやるんでしょ! さあ、自信をもって、あんたはこれからなんだから! 私が絶対に邪魔させない!」
それは、愛だった。限りなく純粋な愛。そしてエマは、座り込むアレクサンドラにその手を差し伸べる。
(幸いと言うべきか。殴る蹴るの暴力だけで、妙な行為はされていなかった。大丈夫この子なら立ち直れる。そして、この世界を救うのよ、アレクサンドラ)
その手には、エマの大きな期待と沢山の愛が詰まっている。
アレクサンドラがエマの手を取った一瞬で、凍っていたその時間が解け始める。
光が二人を包み、白い服のエマはそのまま、アレクサンドラと溶け合い、その胸のキスマークに吸い込まれていった。
アレクサンドラは、生まれたままの姿で光の中で浮遊する感覚を感じながら、目を閉じ自分の胸に両手を当てる。
「エマ様……師匠。あなたは私の女神です。これほど心強い味方がいるでしょうか。私に人生をやり直すチャンスを下さったこと、感謝します。私のような者をもう出さないためにも、必ずやり遂げます。見ててくださいね。私の小さな女神様」
さらに光は強くなり、辺りは真っ白になる。そのままその世界は幕を閉じるのであった。
「どうかしたのか? エマ」
ジェイが少ししゃがみ、エマの顔を覗き込む。
「あぁ……うん、アレクサンドラの【マハートマー】が帰ってきた」
エマは、ポケットを押えて微笑む。
「へぇー、僕はなんだか分からないけど。エマが嬉しいなら、僕も嬉しいよ」
何事にも捕らわれないような自由な笑みを浮かべているジェイに、エマも笑い返すのだった。
「さて、少し寄り道しようかな。ジェイついて来て。私と競争よ」
エマはそう言うと、ジェイの方へ振り返り、親指を立ててウインクする。
「いいよ。負けないよ!」
ジェイは無邪気にそう言った。
エマのスカートがひらりと舞い、グッと拳を立て構える。
「じゃあ行くわよ。よーい、どん!」
エマがそう言うと、二人は一瞬のうちにその場から消え、その驚異的な跳躍で床がめり込み穴が開く。
凄まじい音が鳴り響きアルファベットの基地、ビュートスターには大きな穴が開く。二人は一瞬にして、その場から消え去ったのだった。
エマはアレクサンドラが帰って来た事が嬉しくて、少し調子に乗ってしまったのだった。
「な、なんだなんだ!」
置いてけぼりを食らったその女は不貞腐れてベッドで寝ていた。
まあ、最初は仲間外れみたいで気に食わなかったが、昼間からのんびり寝てられる事の方が良いことに気づき、自分のベッドに潜り込み気持ちよく寝ていた。
そこへ、突如と響く凄い爆発音。
それと共に、部屋が揺れ、ビュートスター全体が凄まじい振動に襲われる。
廊下では、人が騒いでいる声が聞こえる。
「何々、なにがどうなっちゃってんの?」
流石におちおちと寝ていられないと感じ、音と振動の発信源へ向かう。
「下に行くにつれてすごい風圧だな。おっかしいなー。一番下は【禁止の部屋】のはずなんだけど」
その女は、パンキッシュな革のスカートとジャケット、大きい目の網タイツと紫色のブーツを履いている。
頭髪は逆立ったような髪型で色は青と黄色。両耳と唇にピアスが光っている。
「マンマミーヤ! あちゃー。何これ、すごい穴……」
両手で頭を押さえて、綺麗に引いたアイシャドウに飾られた、大きな目を見開きその小さな顔いっぱいに驚きを表現する。
「とりあえず塞いどくか。使用人たちが落ちたら困るし。マジックゲートオープン。第三門陣階位魔法【モッドエンバディ】」
その女がそう言うと、魔法陣が橙色に光りだし、そこからピンク色の物質が出て来て、グニャグニャと宙を漂う。
「こんなもんかなぁ」
その女がそう言うと、その物質はグニャグニャと穴を塞ぐように付着する。ある程度くっつくと固まり始めた。そしてその塊が、壁の穴を塞ぐと、異常なほどの風圧が収まるのだった。
「よしっ。これでおしまいっと」
パンパンと手を叩き、一息つく。
「それにしてもなんだったんだろ、この穴。なんか、面白い匂いがするなぁ~」
その女の笑みは、その姿とは裏腹に狡猾さを感じさせ、異常な印象を与えとても不気味だった。




