第46話 レイライト
実はミアは、ステファンの事を恨んだ時期もあった。
当初は、彼の性格も理解していたし、いつ自分を犠牲にしてもおかしくない立場で、そういった人だということは理解していた。
しかし、夫を亡くし日が経つにつれ、募る悲しみの中、どうして自分を置いて先に逝ってしまったのかと、考える日もあったのだ。
しかし、今は違う。
(私は、ステファンの誇り高き意思を守るために生きている!)
徐々に呪いによってその体が蝕まれていくレオナルド。
しかし、彼は弱音を一つも吐かなかった。
それどころか、ただの一つも自分の事を話すことはなかったのだ。ミアが聞くと渋々話すが、自ら話すことはなかった。
その全ては、ミアの事、またはその周辺の人々、そして国民の事だった。
レオナルドは心配していた。自分の事を匿っているミア達の事を。見つかればただでは済まない。
そしてレオナルドが出した答えは、自らの命をミアに放棄させることだった。レオナルドは、ミアに自分の事を見捨てて欲しいと言ったのだった。
しかしミアはこう答えた。
「レオナルド国王。あなたはこの国にあるべき人です。あなたが、生き残れる可能性が少しでもあるのなら、私はこの命に代えてもあなたを守る。ステファンがそうしたように。それが誇り高き戦士だったステファンに私が出来る最善の事です」
そして、まるで一切の曇りもない澄んだ顔をして微笑む。
(ああ、俺はなんて馬鹿な考えを持ったのか。彼女はもう決めている。俺が決めているように。誇り高き意思は何ものにも代えることが出来ない)
そしてレオナルドは彼女の意思、ステファンの意思を尊重することにした。そして、最後のその時まで強く生きようと誓ったのだった。
「ぐはっ!」
「ミア様!」
口から血を流し、倒れこむミヤのもとにミナとモナが駆け寄る。
「卑怯だね。魔力を封じるなんて」
ミナに抱き起されながら、ミアが言う。
「そうか? まあ、これは、最大の賛辞だという事だ。お前に魔力を使われたら、我々でも手を焼くんでな。その横の付き人二人も相当な魔力の使い手の様だな。兵法と言うやつだよ! はっはは」
不気味な笑い声が響く。
(くそ。このままでは、ただの犬死だ。魔法が使えないとなると、置換魔法【ラストフレイム】すら使えない。)
ミアは全ての計算が狂っていた。このままただ自分が死ねば、時間が掛かったとしても城の内部構造は暴かれ、皆の命はないだろう。もしかしたら、城ごと破壊する可能性もあり得る。
ミアには、最終手段として、置換魔法【ラストフレイム】があった。この魔法は、色々なものを置き換えることが可能で、ありとあらゆるものを交換する。しかし、代償は大きく、三人の命を置換するとなると、ミアの魔力も尽き、朽ち果ててしまうだろう。
しかし、魔力を封じられては、それすら使うことが出来ない。
「ふはは! 【ワンダーウィッチ】の異名を持つ貴様も形無しだな。マジックゲートオープン! 第三門陣階位魔法【アイスブレード】」
アルファベットの一人がそう言うと、何本もの鋭い氷の刃が空中に現れ、ミアとミナとモナに襲い掛かる。
それは凄い速さで三人の体を傷つけ、致命傷には至らないが、体には無数の刺し傷が出来た。
「ぐっ、ぐはっ」
中でも、ミアは二人を庇った為、酷いダメージで、口から血を吐く。
「ははは。惨めだな。しかし、俺も拷問するつもりはない。一思いに殺してやろう。第四門陣階位魔法【フローズンナイトランド】」
その呪文と同時に、空中に夥しい数の鋭利な氷の塊が現れた。それらは、まるで刃物のように鋭く輝き、周りの世界を映し出しながらキラキラと揺れる。
すると、それらは次第に、一列に並びだし、一つの形を作り始める。
そして、そこに現れたのは、鏡のようにこの世界を映し出す、氷の騎士だった。
「さて、自慢の兵士と戦ってもらおうか。安心しろ痛みは一瞬だ。残念だがこれで終わりだ、ワンダーウィッチ」
そして、中央に立つアルファベットがその手をかざすと、その騎士はゆっくりと動き始める。
その騎士が放つ、凄まじいほどの魔力にさらされ、ミナとモナは身動きが取れない。
ミアは、あふれ出る血を抑えながら、かろうじて立ち上がり、一歩前に出る。
「私の城でっ! 私の城で、勝手は許さない……ステファンのっ! ステファンの城で勝手は許さない! 私たちの城で、勝手は絶対に許さない!」
ミアは最後の力を振り絞り、握った拳を氷の騎士にぶつける。
「うおおおお!」
それは、すさまじい手数だ。その気迫は、一人の女性のものとは到底思えない。
それはまるで、ステファンを思い起こさせる。
リトマス連合国が建国されて以来、最強の武人と称えられ他国から恐れられたミアの夫、ステファンが乗り移っているかの様だった。
辺りには、血しぶきが飛ぶ。それは、ミアの拳から出るものだった。それでも、ミヤは殴るのをやめない、歯を食いしばり、そのひと振りに鬼人のごとく気迫を感じる。
しかしそれは、魔法の使えないミアにとって時間を稼ぐ事の出来る、最大限の行為だった。
絶対に倒せない、分かっている。それでもミナとモナを逃す隙を作りたかったのだ。
ミアは、ステファンとの思い出、彼と交わした一言一言が、その拳一振り一振りごとに思い出されては消えて行く、そんな自分の命の儚さを感じていた。
知らぬ間に、ミアの瞳には涙が溢れている。どんどんと迫りくる死の影を彼女は感じている。
「ははは、もういい。一思いに殺してしまえ」
アルファベットがそう言い放つと、氷の騎士の腕が鋭い刃ものに変わる。
しかしその時、ミアの血しぶきが頬に飛び、ミナは正気を取り戻す。
そして、ミナはモナの手を取ると、二人は意を決したように頷き、立ち上がり、一瞬にしてミアを守るようにその前に立ったのだ。
「お前たち! 駄目だ!」
しかし、ミアの全身から出た声も、時すでに手遅れだった。
氷の騎士は腕の刃を、鋭い刃筋を残し横に薙ぎ払った。
後ろに立っていたミアの顔に、その血が飛び散る。
ミアは目を見開き身動きが取れない。
ミナとモナは上半身が斜めに切れて、切断され、流れるように滑り落ちる。
ミナとモナのおかげでミアの傷は浅かった。
「ミ、ミナ、モナァー!」
ミアの声が城中に響いた。ミアは力なくその場に崩れ落ちる。もう既に立っている事すら限界だった。
「ふはは、これは困ったな。二人がお前をを庇うのは予想外だったな。おかげで傷が浅い……すぐに楽にしてやる。ふははは。」
目の前の光景を見て、抑えきれないといった様子でアルファベットの三人から笑い声が漏れる。
ミアは、もう動く事も出来ず、床に横顔をつけたまま、涙を流している。
「ゆ、許さん……この思い必ず……」
「ははは、残念だな、死んでしまえばその思いも遂げる事も出来ない。そうだな、まるで惨めなステファンの様にな」
「ぐっ……」
ミヤはあまりの怒りに、歯が欠けるほど食いしばる。
人がこの世を去る時、これほどの悔恨を抱くとは、どれだけ不幸な死に方だろう。
しかし、その時だった。目を開けられないほどの青い光が満ちていく。
ミアの体がその光に包まれると、とたんに体が軽くなり、全身の痛みが取れ、傷が修復されていく。
ミアは、起こっている事の理解が出来ず、自分の体を確認しながら、ゆっくりと起き上がる。
すると、その光はどんどんと流れるように、前に倒れているミナとモナの無残な躯にも伝わっていく。
そしてまるで、光の糸と糸で接合するかの様に、見る間もなく切り離された体がくっつき、修復される。
信じられない光景に絶句とする、ミアと、アルファベット。
すると、その場に跪いたままのミアの肩に柔らかい感触が伝わる。
驚いて振り向くと、そこに立っているのはレオナルドベアだった。
「さて、ミアとミナとモナを虐めたのはお前らか。信じられない後悔を与えてやる」
フワフワの顔でアルファベットを睨みつける。
「レ、レオナルド様! ど、どうして……」
「さて、わしにも分からん。なんだか、お前が窮地に立たされている気がしてな」
ミアは黒く長いまつ毛を振るわせ、目を見開く。
「しかし、その魔力、以前のレオナルド様のものとは別の……そもそも治療魔法などは使えなかったはず……いや、これはもはや治療魔法の域を超えている……」
レオナルドベアは両手を伸ばし、自らの体を見渡しながら、
「……そうだな。それもよく分からん。エマ殿の眷属となり、その魔力のせいかもしれん。エマ殿の力を感じた。まあ、お前はそこで大人しくしていろ。あとは俺が何とかする」
「なんとか……」
ミアは開いた口が塞がらない。
そして、レオナルドベアはアルファベットの三人を見据えながら、その一歩を踏み出した。
威風堂々とした、小さな体がシルエットとして浮かび上がる。
唖然とし、それを見送るミアだったが、その可愛らしい後ろ姿とは裏腹に、あまりにも大きいその存在を感じているのだった。
そして今、ミアの瞳からは、今までとは違った暖かい涙が零れ落ちるのだった。




