第45話 ディーパーディーパー
顔を上げたレオナルドの前に一人の人物が立っている。
頬はこけ、ボサボサの頭髪。
実に久しぶりのような気がした。バトラー・ノバチェク、そう、息子の顔を見るのは。
しかし、不思議な事に昨日の事の様でもあった。
レオナルドは今初めて、ステイシーが亡くなってから現在までの記憶が何故か曖昧であることに気づく。
バトラーのその薄く、不気味な唇が静かにゆっくりと開かれる。
「おかえり、父さん……実に何年ぶりだろうね。お互いこの世界で出会うのは」
「バ、バトラー……お前、何を言っている……」
理解できない言葉にただただ、その場に立ち尽くす。
「さあ、一緒に行こう。母さんのもとに」
バトラーが、細く長い腕を異常なほどめいっぱいに広げた、その瞬間だった。
その背後から、不気味な緑色の瘴気が現れ、ものすごい勢いで吹き抜ける。それは、とてつもない熱さで、レオナルドは目も明けることは出来ない。瘴気にさらされレオナルドの肌は黒く爛れていき、その皮膚は少しずつ剥がれ落ち始める。
「バ、バトラーな、ぜ……」
レオナルドは、薄れゆく意識の中で、バトラーの後ろに、怪しい人影を見るのだった。
それと、同時刻。
ステファンも、窮地に立たされていた。
秘密組織アルファベットのシークレットクラウンが五人で城に攻め込んできたのだ。
「なんだ、貴様ら! ふざけた事を!」
ステファンが怒号を上げる。その咆哮ともいえる声は、すさまじい威圧でシークレットクラウンの五人も立ち止まる。
「ステファン様。大変申し訳ありませんが。ここでその命を頂戴いたします」
女性の声が響く。
「お前はナンバーツーだな。まさかお前までが反旗を翻すとはな。落ちたな」
ナンバーツーは少したじろぐ。
「すみません。もうおしゃべりは終わりにしましょう」
すると、横からナンバーワンが口を挟んだ。
「ふっ。しかし、俺もただやられるわけにはいかん。刺し違えてでもレオナルドには指一本触れさせん」
ステファンは、鋭く光る眼光を覗かせて剣を構えた。すると、その剣が黄色い光を放つ。
しかし、
「おっと、ステファンさん。その前にこれをご覧ください」
ナンバーワンがそう言うと、両者の間に光の壁が現れ、そこに映像が映し出される。
そこには、両手を鎖で縛られ、魔法で封印されたレオナルドが映っていた。
「き、きさまらぁ~!」
ステファンは、両腕に力を込め、地面を踏み込む。その怒りにより体中から魔力が放出され、その城全体を凄まじい振動が襲う。
(……この魔力……ステファンか。どうやら俺は捕まってしまったらしい。ステファン、俺の事はもういい。お前が国を守ってくれ。頼む)
こちらに気づいたように、映し出された映像のステファンは喋る。
「レオナルド。何を言っている! お前――」
「おっと、ここまでです」
ワンがそう言うと、映像はそこで途切れた。
「さて、冷静に話をしましょう。レオナルド国王の命はもうすでに我が手中にあります。防護魔法結界をはっていたようですが、我々のほうが一枚上手だった、ということでしょう。そこで、あなたとは取引をしたい。レオナルドの命と引き換えにあなたの命を頂きましょう。正直に言いますと、あなたが邪魔なのですよ。膨大な魔力を隠し持つあなたの存在が」
ワンは黒いマントから両手を出し、左右に大きく広げる。怪しく、幻惑させるような動きだ。
「貴様、気づいていたのか……しかし、お前たちがレオナルドの命を奪わないという保証はない」
「確かにそうですね。しかし、あなたも我々全員を相手にしてはただでは済まない。お互い犠牲が出るでしょう。では、魔法契約と行きましょう。絶対に破ることは出来ない契約、暴君と呼ばれ、反することのできない悪魔との契約、その名は【タイラント(暴君)】。その契約を私と結びましょう。レオナルド様とミア様の無事は補償いたします」
ワンは平手を胸に当てて、軽くお辞儀をした。ステファンは少し訝しげに眉をひそめていたが、
「わかった。俺の命と引き換えに二人を守る事が出来るならそれでも構わない。しかし、タイラントとの契約を結べば未来永劫、悪魔に遮られて二人に手出しする事は出来ないが、まさかお前がそのような決断をするとはな」
「ステファン様。私は、少なからずあなたを尊敬していたのですよ。これは、私からのはなむけなのです」
ステファンは俯いて少し笑った。
「まあいい。早くしろ」
ステファンがそう言うと、ワンの顔にさらに笑みが浮かぶ。すると両者の間に緑色の魔法陣が浮かび上がる。
「さあ、古の悪魔よ。我とこの者の契約を交わす」
すると、どこからともなく聞こえてくる、重くしゃがれた不気味な声。
「我を呼び出すのは貴様か。よかろう。ではその契約を述べよ」
「契約はこの者の命と引き換えに、レオナルド国王とミヤ・トレイシーの命を保証するというものだ」
しばらくの沈黙の中、その場の空気が重くなった感覚がした。
「契約完了だ。ではこの者の命はいただく。お前には、消えない刻印を」
悪魔の声が響くと、ステファンは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。そして、ワンの両腕には深い紋章が、火の粉を上げ焼けるように刻まれる。ワンは痛みに耐えかねその場にしゃがみこむ。
「ワン様! 大丈夫ですか?」
ナンバーツーがワンの肩を抱く。
「……大丈夫だ」
「しかし、両腕がこうなってしまっては、ワン様のお力に影響が……」
黒い紋章とともに、焼き爛れたようなワンの両腕は、力が抜けて、まるで作り物の手のようにだらしなく垂れ下がっている。
「心配するな。これは計算のうちだ。対策は考えてある。しかし……ふはは、これで終わった。あのステファンはここで終わりだ。他に私の邪魔を出来る奴はもう存在しない。しかし、馬鹿な奴だ。レオナルドの呪いはすでに発動している。放っておいても死ぬのだ。昔から、率直で紳士……しかし、こうなってしまっては、ただの間抜けだな。ふははははは」
その場には、ワンの笑い声が響く。外では雷鳴とともに雨が降り出していた。




